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turn B - 破 -
03
しおりを挟むそれから数日後の週末。新宿東口の改札で夜21時、と指定された待ち合わせ。キャップを被って目立つ髪色を隠した。時間きっかり5分前、改札から姿を現した先輩は、白いTシャツに、暗い色のクロップドパンツのシンプルな組み合わせ。それだけでも俺の目には眩しく見えて、恋は盲目ってホントだよなって思った。
「お待たせ」
ほんの一瞬だけ笑って見せたあの人は、まるで素通りするみたいにスタスタと目の前を歩き去っていく。置いていかれないように慌てて広い背中を追いかけた。
一定の距離をおいて歩くオレを時々確かめるように振り返って、迷いのない足取りで夜の街に踏み込んでいく様子に、何度も来ているのかとゲスな詮索がこみあげてくるのを何とか飲み下す。嫉妬深くて器の小さい男だとは思われたくなかった。ただでさえ年下で形勢は不利極まりないのに、これ以上嫌われたくない。
いかわがしいネオンのけばけばしさに目を細めながら、じめっとした路地裏を縫うように歩く。何の装飾もないただの雑居ビルみたいな外見のホテルの前で、一瞬先輩は立ち止まって、確かめるように俺を見た。本当にいいのか、覚悟は出来ているのか、と聞くように。オレは頷く代わりに、立ち止まることなく足早に近づいていく。呆れた顔でそっと息を吐いて、先に自動ドアの向こうに消えていく先輩の背中が暗がりに溶けていく。
二人だけの夜が、始まる。
──────────
「え、ヤですよ」
反射的に拒む言葉が口をついてでた。
すると、目の前の愛しいひとはその顔を歪ませて、じゃおしまいな、と踵を返そうとする。え、待って、とその腕を掴んではみたものの納得は出来なかった。だって、見るな、触るな、キスするな、って何なのそれ。
いかわがしいピンク色の間接照明に、流行りの曲ばかりが流れている。いかにもな部屋に入るなり、シャワーを浴びるかどうか確認された。…ムードって、と思いつつも、既に済ませてきたと告げると、そっかと小さく頷いた。手近なソファに荷物をおろして、所在なく立っていると、トンと肩を軽く押されてベッドに座らせられた。そこで言い渡されたのは信じられないルール。だって、まがりなりにもこれから、その、二人で色々イタすって時に。
「お前は何もせんでええから。この条件が飲めないなら、俺は帰る」
「いや、いくらなんで「帰る」」
えぇぇぇぇ。納得出来るわけない。でも帰したくもない。何でこんなラブホの一室で究極の選択を迫られてんの、オレ。
グルグルと高速で駆け回る頭の中をひとまず脇に押しやって先輩を見れば、苦しそうな寂しそうな顔をふいっとオレから背けた。そんな表情させたいわけじゃないのに。
「…わかりました」
渋々、本当にイヤイヤだけど頷けば、少しだけホッとしたのか、ピリっとしていた空気が和らいで小さく"ありがと"と呟いた。その声があまりに心細く頼りなかったから、不満も不安も口に出せないまま、ただ頷くしかなかった。
だけど。
ベッドにひとり、目隠しをされたまま置き去りにされている気持ち、ってなかなか言葉にしがたいもんだなって初めて知った。
シャワー浴びてくるから待ってろ、と言われ、何故か目隠しをされた。あらかじめ準備されていたらしいその手触りの良いビロードみたいな布が視界を奪って、先輩の指先と気配が離れていく。触れた指先が、やけに冷たかった。
遠ざかる足音とドアを閉める音、衣擦れの後に勢いよく流れ出す水音。奪われた視覚の代わりに、鋭敏さを増して鮮明になる音や匂いが、これから始まる行為を想像させて否が応でも胸が高鳴った。
これからあの人を抱けるんだと思うと、身体は正直に反応して、ジクジクとした欲望が腹の底で渦巻いている。キレイゴトじゃなく、丸ごとオレで埋め尽くしたいと、オレの手で組み敷いて泣いて善がらせたいと、獣じみた本能がチラリと顔を出す。ヨコシマな劣情が暴走してあの人を壊さないように。その理性だけを頼りに、手のひらに爪が食い込むほど自分を戒めた。
ありきたりなホテルの、ありきたりな一室。でも、そこに男同士で入るのはもちろん初めてのことで、今から始まる同性での密事もオレにとっては未知の領域で、何とも落ち着かない。繰り返される耳慣れたポップスだけがこの場で唯一の拠り所だった。
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