三度目の衝撃。

帯刀通

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解放の解法

02

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次に目が覚めたのは朝だった。熱も下がり、汗にまみれて軋む身体を叱咤しながらシャワーを浴びるとだいぶアタマもスッキリした。

「あ、おはよー」

従業員用の食堂でのんびり朝ご飯を食べている後輩がいた。

「お前、まだいたの」
「あ、冷たい!でも先輩っぽい!治ったんだね」
「朝から声がデカいよ」
「あ!またそんなヨーグルトと野菜ジュースで済ませようとして!どこのJKだよ、ちゃんと食べて!」
「…うるさいなぁ」

ほら行くよ、と手を引かれてプレートに何でもかんでも乗せてこようとする後輩と戦っていたら、入り口から顔を覗かせた高塚さんと目が合った。

「おう、あんちゃん!元気になったか!」
「はい、ご迷惑おかけしました」

頭を下げると、ガシガシとゴツい手で髪を掻き回された。撫でられているのだろうか。

「良かった良かった。後でちっと顔出してくれるかい?色々あるからよ」
「はい」
「それにしても、おい、そこのあんちゃんも病み上がりの人間にカレー食わそうとすんな!いくら若けぇっても無理だわそりゃ」

お粥にするかと訊かれ、そこまで弱ってないと答えると、とりあえず和食にしとけとプレートに乗せられる旅館の定番朝ごはんみたいなラインナップ。

「ほらよ、しっかり食って元気つけな」
「ありがとうございます」
「それにしてもよ、あんちゃん、いい友達持ったな」
「はい?」

高塚さんはお茶を取りに行った後輩の背中にチラっと視線を送るとニヤリと笑った。

「アイツ、あんちゃんが倒れたって聞いて実家から駆けつけてきたんだってよ、結構遠いのによ」

つられて振り返る。見慣れた背中。

「顔真っ青にしてさ、先輩はどこなんですか!ってえっらい剣幕でさあ、あんなに必死に心配してくれる友達がいるなんて、アンタ幸せだね」

仲良くしろよ、と肩を叩いて去っていく高塚さんの背中を何とも言えない気持ちで見つめた。

友達、か。
ただの後輩なんだけど。
 触れられた肩が妙に熱かった。

「ねえ、先輩」
「なに」
「もう熱も下がったし東京帰るでしょ?オレも乗せっててよ」
「嫌だ」

即答すると盛大にええーっとゴネる。いちいちリアクションがデカくて煩い。もうアラサーだっていうのに落ち着きのカケラもなくて、馴れ馴れしくて、いつだって人のことを引っ掻き回して、でも多分そういう所に時々、救われている。

「俺、電車で帰るお金持ってきてないもん。乗せてよー」
「もう煩い、分かったから黙って」
「やった!俺運転してもいいよ!」
「誰がさせるか」

ブツブツ言ってる後輩は放っておいて、朝食を平らげる。体調は戻ってきてるようだ。ということは、長いようで短かったこの場所とももうお別れだ。

呼び出された事情聴取ってヤツは案外アッサリしていた。もう随分日が経っていたからだろうか、或いは現行犯で犯人はもう捕まっているからか、簡単な事実確認と連絡先なんかを訊かれて終わった。何時間も拘束されて事細かに訊かれる、なんてドラマの光景はやっぱり作り事なんだろうか。

「おう、お疲れだったなあんちゃん」

昼過ぎに管理棟に戻ると何故か高塚さんは後輩と囲碁を打っていた。茶飲み友達か。

「高塚さん、もう一局しましょ」
「イヤだよ、これ以上やったら負けちまうだろうが」
「えー!もうちょいで勝てそうなのにー!」
「…何してんですか」

高塚さんは湯呑みに入ったお茶を啜ると、呆れた顔でこっちを見る。

「あんちゃんが倒れてる間は暇だからって最初は将棋打ってたのよ、そしたらすぐに憶えてあっという間に勝っちまうからさ、今度は囲碁に変えたのよ、そしたらこっちも負けそうでさ。ったく、このあんちゃん、頭ン中どうなってんのかねえ」
「無駄に頭はいいんです、そいつ。無駄に頭だけは」
「何その言い方!悪意を感じる!」
「声がデカい」

結局囲碁は高塚さんの勝ち逃げで終わった。後輩に将棋も囲碁も出来たのかと訊ねると、大まかなルールは知っていたけれど実際にやるのは初めてだと宣った。本当に頭だけはいいんだよな、要領は悪いけど。

「そんで、あんちゃんたちよ、いつ帰るんだい」

急に向けられた矛先に一瞬喉が詰まった。

「…もう事情聴取も終わりましたし、熱も下がったんで、明日にでも帰ろうかと」

長居をする理由もないし、そろそろ本来の仕事に戻らなければいけない時期だ。幾ら上司命令とはいえ休み過ぎた気もしている、とはいえ後半は散々な目に遭っていたわけだから危険手当か労災くらい貰っても罰は当たらないだろうに。

「そうかい、淋しくなるねぇ」

高塚さんは皺の寄った顎を撫でながら眉を寄せ、何度か小さく頷いた。また遊びに来るといい、今度はうちに泊めてやる、と走り書きの住所を渡される。有難く受け取ったそれをポケットにしまいながら後輩に視線を投げると、オレも来ますねーなんてニコニコと笑いながら約束を取り付けている。あっという間に場に馴染んでしまう人懐っこさは相変わらずだった。

夕飯前に荷造りでもしようかと席を立つと、後輩も一緒についてきた。傾き始めた太陽は山並みに遮られて夕暮れより前に姿を消す。淡い光が青く澄み渡った空を照らして稜線をくっきりと浮かび上がらせる。吹き抜ける風にほんの少し涼が混じり始める。隣りを歩く後輩が流行りの歌を小さく口ずさむ。ハミングみたいな音の羅列が流されて消えていく。今夜もきっと晴れるだろう、と薄ら姿を現した白い月を見つめた。

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