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どれもこれも花は毒でしかない
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愛している、と最後に言えば良かっただろうか。記憶の中で何度も繰り返す別れの場面でも結局俺は毎回同じ選択をして同じ結論に辿り着いてしまうのだから始末に悪い。それでも心の片隅でいまだに、ifを想わずにはいられない自分の弱さが嫌になる。
学部が分かれてキャンパスも分かれて卒業が近づいても相変わらず大学にへばりついている俺は友人伝手にアイツも院に進むことを知り、欠けたきり埋まることのないアイツの居場所を心の中に宿したまま、院に進んだ。もう修士も終わろうという頃、結婚するという噂を聞いた。
当然招待状は来なかったし、かける言葉なんて見つからない。ただ、本当に僅かだが、本当に本当に爪の先程の大きさではあるけれど確かに、
俺はアイツの幸せを願った。
彼女とでもいい、家族に囲まれて幸せそうに笑う顔を想像して引き絞られるような胸の痛みを感じるのと引き換えに祈った。アイツの未来にどうかたくさんの希望と幸せが訪れますように、と。
俺では叶えてやれなかった家族という枠組み。俺では与えてやれなかった類の幸せを彼女が与えてくれているなら、むしろ感謝すべきは俺の方だ。俺が生涯誰よりも愛した男を幸せにしてくれる人がいるなら俺でなくても構わないんだ。成功も栄光も俺が持てそうなものは全部譲っていいから、どうか笑顔に溢れた人生をアイツが送れますように。そのくらいのお願いはきいてくれてもいいんじゃないかと、心の中で神様とやらに文句を言っておいた。
共通の友人たちから後日聞いた式の様子は盛大で晴れがましくて、やっぱりこれで正解だったんだと確信を深めただけだった。アイツには皆に祝福される未来が似合う。
ご祝儀もメッセージカードも贈れないからと、後輩に俺の想いを託した。両手いっぱいの白銀の百合を花束にしてもらった。俺はあれ以来、花を見るのも触るのも苦手というか嫌悪するようになってしまったから手配は全て友人に頼んだ。消えモノであれば許されるだろうかという淡い甘えと、もし気づいてくれたとしても誤魔化せるだろうという打算と、本当は俺の心に気づいて欲しいという浅ましさの産物が結婚式を飾る。なんていう仄暗い復讐だろうか。許されようとは思っていない。だけど不幸になればいいとも思っていない。だからもう思い切らせてくれ。
止めといた方がいいですよ、と何度も忠告されたのを振り切って、渋々見せてもらった教会の扉の前に立つ二人の写真。心底幸せそうに笑う彼女。良かったな、アンタは全てを手に入れた勝ち組だもんな。
そして、その横に立つアイツの顔。
久し振りに見る笑顔だった。少し頬に影が射している、痩せたのかな。元気でいるだろうか。画面越しにスルリと頬を撫でる。
さようなら。
あいしてる。
どちらも云えなかった言葉だ。
溜め息と共に吐き出した後悔を目ざとく見つけた後輩が、軽く俺の肩を叩いた。慰めてくれる気持ちは嬉しいが、情けない姿を晒すのも先輩としての沽券に係わる。ぐっと背中を丸めた拍子に、背後でハッと息をのむ音が聞こえた。
「…ねえ、こんなところにこんなアザ、ありました?」
恐る恐るかけられた声と共に、震える指先が首筋をなぞり、ちょうど背骨の突き出ている部分を軽く擦った。
「いや?ぶつけた憶えなんぞないが」
そんなところに痣が出来る程強くぶつけていたら割と生命の危機だろう。
「…ちょっと動かないでね」
後輩の声が聞こえたすぐ後に、パシャリと機械音が耳に届く。そして数秒の沈黙。
「なに?見せてよ」
振り返った俺の目に映ったのは蒼白と云っていいほど色を失くした後輩の顔と、画面に釘付けになっている視線。携帯の画面をこちらに向けさせてみれば、見慣れた自前のパーカーと少し色の落ちた茶色の髪の間、首の窪みの辺りにはっきりと、青い痣に似た、
数枚の花弁らしきものが浮かび上がっていた。
学部が分かれてキャンパスも分かれて卒業が近づいても相変わらず大学にへばりついている俺は友人伝手にアイツも院に進むことを知り、欠けたきり埋まることのないアイツの居場所を心の中に宿したまま、院に進んだ。もう修士も終わろうという頃、結婚するという噂を聞いた。
当然招待状は来なかったし、かける言葉なんて見つからない。ただ、本当に僅かだが、本当に本当に爪の先程の大きさではあるけれど確かに、
俺はアイツの幸せを願った。
彼女とでもいい、家族に囲まれて幸せそうに笑う顔を想像して引き絞られるような胸の痛みを感じるのと引き換えに祈った。アイツの未来にどうかたくさんの希望と幸せが訪れますように、と。
俺では叶えてやれなかった家族という枠組み。俺では与えてやれなかった類の幸せを彼女が与えてくれているなら、むしろ感謝すべきは俺の方だ。俺が生涯誰よりも愛した男を幸せにしてくれる人がいるなら俺でなくても構わないんだ。成功も栄光も俺が持てそうなものは全部譲っていいから、どうか笑顔に溢れた人生をアイツが送れますように。そのくらいのお願いはきいてくれてもいいんじゃないかと、心の中で神様とやらに文句を言っておいた。
共通の友人たちから後日聞いた式の様子は盛大で晴れがましくて、やっぱりこれで正解だったんだと確信を深めただけだった。アイツには皆に祝福される未来が似合う。
ご祝儀もメッセージカードも贈れないからと、後輩に俺の想いを託した。両手いっぱいの白銀の百合を花束にしてもらった。俺はあれ以来、花を見るのも触るのも苦手というか嫌悪するようになってしまったから手配は全て友人に頼んだ。消えモノであれば許されるだろうかという淡い甘えと、もし気づいてくれたとしても誤魔化せるだろうという打算と、本当は俺の心に気づいて欲しいという浅ましさの産物が結婚式を飾る。なんていう仄暗い復讐だろうか。許されようとは思っていない。だけど不幸になればいいとも思っていない。だからもう思い切らせてくれ。
止めといた方がいいですよ、と何度も忠告されたのを振り切って、渋々見せてもらった教会の扉の前に立つ二人の写真。心底幸せそうに笑う彼女。良かったな、アンタは全てを手に入れた勝ち組だもんな。
そして、その横に立つアイツの顔。
久し振りに見る笑顔だった。少し頬に影が射している、痩せたのかな。元気でいるだろうか。画面越しにスルリと頬を撫でる。
さようなら。
あいしてる。
どちらも云えなかった言葉だ。
溜め息と共に吐き出した後悔を目ざとく見つけた後輩が、軽く俺の肩を叩いた。慰めてくれる気持ちは嬉しいが、情けない姿を晒すのも先輩としての沽券に係わる。ぐっと背中を丸めた拍子に、背後でハッと息をのむ音が聞こえた。
「…ねえ、こんなところにこんなアザ、ありました?」
恐る恐るかけられた声と共に、震える指先が首筋をなぞり、ちょうど背骨の突き出ている部分を軽く擦った。
「いや?ぶつけた憶えなんぞないが」
そんなところに痣が出来る程強くぶつけていたら割と生命の危機だろう。
「…ちょっと動かないでね」
後輩の声が聞こえたすぐ後に、パシャリと機械音が耳に届く。そして数秒の沈黙。
「なに?見せてよ」
振り返った俺の目に映ったのは蒼白と云っていいほど色を失くした後輩の顔と、画面に釘付けになっている視線。携帯の画面をこちらに向けさせてみれば、見慣れた自前のパーカーと少し色の落ちた茶色の髪の間、首の窪みの辺りにはっきりと、青い痣に似た、
数枚の花弁らしきものが浮かび上がっていた。
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