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12. 嫉妬と洗礼
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「貴女が、アイリス・サーフェスかしら?」
王城へ来てから五日。結局レナードの侍女として側仕えをする事になったアイリスは、レナードの執務室へと向かう道中に、見知らぬ令嬢に呼び止められた。
侍女となってからは、常にルカスと一緒にレナードの側に仕えていたので王城の中でアイリス一人になる時間は殆どないのだが、出仕前の女官の居住エリアに居る僅かな時間に、一人で歩いているところを見知らぬ御令嬢に道を塞がれて、声をかけられたのだ。
(わぁ、派手な人だなぁ……)
夜会でも無いのにびっしりと化粧を施して華美なドレスを身にまとい、首や耳元に宝飾品をあしらったその令嬢の姿にアイリスは圧倒された。これが王都での普通なのだろか。
それから、この御令嬢は誰なのか自分の記憶を辿ってみたが、社交の場に全然出なかったアイリスには、この御令嬢に関する覚えは何もなかった。恐らく今が初対面なのだろう。
ただし、その装いや雰囲気から、自分より身分が高い令嬢である事は察したので、不本意ながら足を止めて彼女に対して、その場で頭を下げたのだった。
「はい。私がアイリス・サーフェスです。」
形ばかりであるが、相手を敬うように頭を下げたまま、次の言葉がかかるのを待った。
「何でこんな田舎娘が……。見目はまぁ、美しい方なのかも知れないですが、私の方がどう見ても優れていますし、家柄だってこちらの方が上なのに……。貴女、一体どんな卑怯な手を使って殿下に近づいたのかしら?!」
(私が近づいたんではなくて向こうから近づかれたんだけど……)
敵意剥き出しの御令嬢にその事実を言いたかったけれど、具体的な事は何一つ言えなかった。そう言う契約なのだから。
「……上が決めた事ですから、私からは何も申し上げられません。」
アイリスは事実の代わりに予め打ち合わせてあった模範解答を、練習通りに淀みなく答えた。
(これで納得して引いてくれると良いんだけど……)
けれども、そんなアイリスの願いは一瞬で消え去ってしまった。
この模範解答はどうやら御令嬢の癪に触ってしまったようで、彼女は目をつり上げると、鋭い視線でアイリスを睨みつけたのだった。
「随分生意気な態度をとるのですね。アイリス・サーフェス。貴女田舎の伯爵家なんでしょう?私がお父様に頼めば、今後貴女を王都の社交界に出られなくする事だって出来るのよ?」
それは彼女にとっては最大級の嫌がらせであったのかもしれないが、社交を好まないアイリスにとっては、そんな事をされても全く何も困らないのだ。
しかし、それをそのまま口に出した所で余計にこの御令嬢を怒らせるだけなのは明白だったので、アイリスは形だけでもしおらしく項垂れて見せたのだった。
(さて一体どうしたらこの場を解放してくれるのだろうか……)
アイリスは黙ったまま頭を下げ続けながらも思案を巡らせたのだが、目の前で憤怒する御令嬢を鎮める妙案は中々浮かんで来なかった。
(いい加減、頭を上げても良いかしらね……?)
若干うんざりしながら、チラリと御令嬢の様子を伺うも、彼女は恐ろしい形相のまま相変わらずアイリスのことを睨みつけていたので、今はまだ頭を上げるタイミングでは無いと察して、礼の姿勢を継続するしかなかった。
「いいこと、貴女はとにかく目障りなんですの。私がどんなに王城に通っても殿下は会って下さらないのに、何で貴女なんかが急に出てきて殿下の周りをウロチョロしているのよ!!」
その怒りは余りに理不尽だと思ったが、アイリスは色々な言葉をグッと我慢した。
そして、冷静に想定問答を思い出して、模範解答で彼女を宥めようと試みたのだが、彼女は聞く耳を全く持ってくれず、アイリスの話はことごとく遮られてしまったのだった。
「お言葉ですが、私はただ王太子殿下の……」
「お黙りなさい!侯爵家の私の話を遮るんなんて無礼ですわよ!! そもそもね、たかが伯爵家の小娘が、どうしてあんなに素晴らしい王子の側にいるのよ!汚い手を使ったに違いないわ!なんて卑しく恐ろしい人なんでしょう!!」
「どうかお聞きください。私は……」
「だから誰の許可を得て喋っているの?!私は貴女に発言を許可してませんわよ?!」
どんどん一人でヒートアップしていく御令嬢に、アイリスはもうお手上げだった。
きっと彼女は目の前にいるアイリスの事が憎き恋敵に映っていて、アイリスが何を言っても彼女の気持ちを逆撫でしてしまうのであろう。
一体どうしたらこの事態を切り抜けられるのかが分からずに、途方に暮れるしかなかった。
その時だった。
「まぁアイリス様、こんな所で油を売っていらしたのね。ルカス様が貴女を探していらっしゃったわよ。早く出仕しなさい?」
「……ドロテア様?!」
現れたのは、白い肌に黒髪がよく映える、まるで人形のように美しい公爵令嬢のドロテアだった。
彼女はレナードやルカスの幼馴染であり、そして殿下の呪いの件を知っている数少ない協力者の一人だ。
恐らく中々執務室へアイリスがやって来ない事に不安を覚えて、女官の居住エリアまで様子を見てくるようにルカスに頼まれたのだなと想像が出来た。
「さぁ、ルカス様が待っているのだから、早く行きましょう。お待たせするのは失礼だわ。」
「あ、はい、ドロテア様。承知いたしました。」
失礼しますと件の御令嬢に一礼をしてから、アイリスはドロテアの後ろについてこの場を立ち去った。
王族についで位の高い公爵家のドロテアには、流石にこの御令嬢も逆らう事は出来なかったので、彼女は不服そうな顔で去っていくアイリスの事をじっと睨んで見送ったのだった。
王城へ来てから五日。結局レナードの侍女として側仕えをする事になったアイリスは、レナードの執務室へと向かう道中に、見知らぬ令嬢に呼び止められた。
侍女となってからは、常にルカスと一緒にレナードの側に仕えていたので王城の中でアイリス一人になる時間は殆どないのだが、出仕前の女官の居住エリアに居る僅かな時間に、一人で歩いているところを見知らぬ御令嬢に道を塞がれて、声をかけられたのだ。
(わぁ、派手な人だなぁ……)
夜会でも無いのにびっしりと化粧を施して華美なドレスを身にまとい、首や耳元に宝飾品をあしらったその令嬢の姿にアイリスは圧倒された。これが王都での普通なのだろか。
それから、この御令嬢は誰なのか自分の記憶を辿ってみたが、社交の場に全然出なかったアイリスには、この御令嬢に関する覚えは何もなかった。恐らく今が初対面なのだろう。
ただし、その装いや雰囲気から、自分より身分が高い令嬢である事は察したので、不本意ながら足を止めて彼女に対して、その場で頭を下げたのだった。
「はい。私がアイリス・サーフェスです。」
形ばかりであるが、相手を敬うように頭を下げたまま、次の言葉がかかるのを待った。
「何でこんな田舎娘が……。見目はまぁ、美しい方なのかも知れないですが、私の方がどう見ても優れていますし、家柄だってこちらの方が上なのに……。貴女、一体どんな卑怯な手を使って殿下に近づいたのかしら?!」
(私が近づいたんではなくて向こうから近づかれたんだけど……)
敵意剥き出しの御令嬢にその事実を言いたかったけれど、具体的な事は何一つ言えなかった。そう言う契約なのだから。
「……上が決めた事ですから、私からは何も申し上げられません。」
アイリスは事実の代わりに予め打ち合わせてあった模範解答を、練習通りに淀みなく答えた。
(これで納得して引いてくれると良いんだけど……)
けれども、そんなアイリスの願いは一瞬で消え去ってしまった。
この模範解答はどうやら御令嬢の癪に触ってしまったようで、彼女は目をつり上げると、鋭い視線でアイリスを睨みつけたのだった。
「随分生意気な態度をとるのですね。アイリス・サーフェス。貴女田舎の伯爵家なんでしょう?私がお父様に頼めば、今後貴女を王都の社交界に出られなくする事だって出来るのよ?」
それは彼女にとっては最大級の嫌がらせであったのかもしれないが、社交を好まないアイリスにとっては、そんな事をされても全く何も困らないのだ。
しかし、それをそのまま口に出した所で余計にこの御令嬢を怒らせるだけなのは明白だったので、アイリスは形だけでもしおらしく項垂れて見せたのだった。
(さて一体どうしたらこの場を解放してくれるのだろうか……)
アイリスは黙ったまま頭を下げ続けながらも思案を巡らせたのだが、目の前で憤怒する御令嬢を鎮める妙案は中々浮かんで来なかった。
(いい加減、頭を上げても良いかしらね……?)
若干うんざりしながら、チラリと御令嬢の様子を伺うも、彼女は恐ろしい形相のまま相変わらずアイリスのことを睨みつけていたので、今はまだ頭を上げるタイミングでは無いと察して、礼の姿勢を継続するしかなかった。
「いいこと、貴女はとにかく目障りなんですの。私がどんなに王城に通っても殿下は会って下さらないのに、何で貴女なんかが急に出てきて殿下の周りをウロチョロしているのよ!!」
その怒りは余りに理不尽だと思ったが、アイリスは色々な言葉をグッと我慢した。
そして、冷静に想定問答を思い出して、模範解答で彼女を宥めようと試みたのだが、彼女は聞く耳を全く持ってくれず、アイリスの話はことごとく遮られてしまったのだった。
「お言葉ですが、私はただ王太子殿下の……」
「お黙りなさい!侯爵家の私の話を遮るんなんて無礼ですわよ!! そもそもね、たかが伯爵家の小娘が、どうしてあんなに素晴らしい王子の側にいるのよ!汚い手を使ったに違いないわ!なんて卑しく恐ろしい人なんでしょう!!」
「どうかお聞きください。私は……」
「だから誰の許可を得て喋っているの?!私は貴女に発言を許可してませんわよ?!」
どんどん一人でヒートアップしていく御令嬢に、アイリスはもうお手上げだった。
きっと彼女は目の前にいるアイリスの事が憎き恋敵に映っていて、アイリスが何を言っても彼女の気持ちを逆撫でしてしまうのであろう。
一体どうしたらこの事態を切り抜けられるのかが分からずに、途方に暮れるしかなかった。
その時だった。
「まぁアイリス様、こんな所で油を売っていらしたのね。ルカス様が貴女を探していらっしゃったわよ。早く出仕しなさい?」
「……ドロテア様?!」
現れたのは、白い肌に黒髪がよく映える、まるで人形のように美しい公爵令嬢のドロテアだった。
彼女はレナードやルカスの幼馴染であり、そして殿下の呪いの件を知っている数少ない協力者の一人だ。
恐らく中々執務室へアイリスがやって来ない事に不安を覚えて、女官の居住エリアまで様子を見てくるようにルカスに頼まれたのだなと想像が出来た。
「さぁ、ルカス様が待っているのだから、早く行きましょう。お待たせするのは失礼だわ。」
「あ、はい、ドロテア様。承知いたしました。」
失礼しますと件の御令嬢に一礼をしてから、アイリスはドロテアの後ろについてこの場を立ち去った。
王族についで位の高い公爵家のドロテアには、流石にこの御令嬢も逆らう事は出来なかったので、彼女は不服そうな顔で去っていくアイリスの事をじっと睨んで見送ったのだった。
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