上 下
14 / 116

12. 役人さんとの話し合い

しおりを挟む
 九時の鐘が鳴る頃、時間ぴったりにその役人はカーステン家へやって来た。

 オデール・サーヴォルト 26歳

 制服をキッチリ着こなした、銀縁メガネの彼は、まさにザ・役人という感じの人だった。

 彼は、ここに来る前に目を通したカーステン家の兄妹の事情に同情をしていた。
 両親が友人の借金を肩代わりした直後に馬車事故で亡くなり、残されたまだ十七歳と十五歳の兄妹がそれを払っていかなくてはならないというではないか。
 なんとも無慈悲な話であると、オデールは二人の境遇に心を痛めていたのだ。

 だから、大人である自分がなんとかしてこの可哀想な子供たちを救ってやらなくてはと、彼は勝手に使命感に燃えていたのだった。

「こんにちは、カーステンさん。本日担当します、オデール・サーヴォルトと申します。」
「こんにちは、サーヴォルトさん。今日はよろしくお願いします。」

 ティルミオとティティルナは、緊張した面持ちで、オデールを出迎えた。
 そして問題のミッケは、部屋の奥で丸くなっていて、一瞬顔を上げてやって来た人間をチラリと見たが、その姿を一目見ると直ぐに興味なさそうに再び丸くなった。
 その様子は、ただの猫そのものだった。



「それで、本日は廃業の手続きでしたね。」

 話し合いは穏やかに始まった。

 やって来た役人が優しそうな人で兄妹は少しだけホッとしていた。この人なら自分たちの話をちゃんと聞いてくれると思えたのだ。

 だから兄妹はお互いに目で合図して、昨日決めたその意思に変わりがない事を確認し合うと、兄のティルミオが代表して、神妙な面持ちで自分たちの新しい考えを、オデールに切り出したのだった。

「それなんですが、折角来て貰ったのにすみません……サーヴォルトさん、やっぱり俺たちお店を辞めるのを辞めます!!」

 そう言ってティルミオは、テーブルに額が付くくらい頭を深く下げた。横に座るティティルナも、兄に合わせて一緒に頭を深く下げている。

 二人は、自分たちから廃業したいと呼びつけておいてそれを反故にしたのだから、怒られて当然だと思って、とにかく誠意を見せる為に先ず謝ったのだ。

 しかし、怒ると思っていた役人の反応は兄妹が思っていたのとは全く違った。オデールの反応は実に薄かったのだ。彼は落ち着いてティルミオの話を受け止めた上で、淡々と兄妹を諭すように問いかけて来たのだった。

「……そうですか、しかし、それで税金を払える当てはあるのですか?借金もあるのでしょう?」

 オデールは冷静に話を聞いているように見えて、実は内心酷く取り乱していた。
 彼には目の前に座る子供たちが、冷静な判断を出来ずに、茨の道を進もうとしているように見えたのだ。
 だから、大人としてここは軌道修正してあげないとと思い、彼らが不安がらないように感情的にならずに、事務的に己の無計画さを気付けるような誘導尋問したのだ。

 けれども、ティルミオだって無計画でこんな事を言っている訳ではない。その事は昨日散々話し合い済みだった。
 だからそのように問われる事は想定済みだったので、ティルミオは自分たちに迷いがない事を分かってもらう為、堂々とオデールの目を見て彼の質問に答えたのだった。

「俺が冒険者になります。そして妹が少量だけど、ここでパンを作って売り続けて、そうやって二人で手分けしてお金を作ります。」

 すると今度は兄の話を黙って神妙に聞いていたティティルナが、凄い勢いで横に座る兄の顔を凝視すると、とても驚いた声を上げたのだった。

「えっ、待って?!お兄ちゃん冒険者になるの?それ聞いてないよ!」

 そうなのだ、ティルミオのこの発言は、ティティルナにとって初耳だったのだ。

「昨日、お前が寝た後で決めたんだ。手っ取り早く金を稼ぐなら、俺は別で稼いだ方がいい。」
「けど、二人でお店を守って行こうって言ったじゃん!!それに、冒険者だなんて、危険だよ。」
「勿論、店の仕事もやるよ。そこは大丈夫。
危険なこともしない。自分の出来る事しかしないよ。」
「でも冒険者って街の外に出るんでしょう?街の外は魔物がいるし、やっぱり危険だよ!」
「何も魔物の巣に突撃する訳じゃないんだ。薬草摘みとか、鉱石採掘とか、危険じゃない仕事もあるんだよ。」
「でも……」

 兄がどれだけ大丈夫だと口にしても、それでもティティルナはティルミオが冒険者になる事は不安だった。だって、どんなに危険な事はしないと言っていても、街の外に出たら絶対に安全だとは言い切れない世の中だから。例え可能性が殆どないとしても、魔物に襲われる危険は付いて来るのだ。

 だからティティルナは何を聞いても大丈夫だと言って会話を終わらそうとする兄に食い下がって、彼の身を案じる言葉を更に投げかけようとしたのだが、けれどもその時に、ティティルナの話を遮って、二人の会話に他の人物が割って入って来たのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

宮廷魔術師のお仕事日誌

らる鳥
ファンタジー
宮廷魔術師のお仕事って何だろう? 国王陛下の隣で偉そうに頷いてたら良いのかな。 けれども実際になってみた宮廷魔術師の仕事は思っていたのと全然違って……。 この話は冒険者から宮廷魔術師になった少年が色んな人や事件に振り回されながら、少しずつ成長していくお話です。 古めのファンタジーやTRPGなんかの雰囲気を思い出して書いてみました。

やり直し令嬢の備忘録

西藤島 みや
ファンタジー
レイノルズの悪魔、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードの婚約者レミを拐かし、暴漢に襲わせた罪で塔に幽閉され、呪詛を吐いて死んだ……しかし、その呪詛が余りに強かったのか、10年前へと再び蘇ってしまう。 これを好機に、今度こそレミを追い落とそうと誓うアイリスだが、前とはずいぶん違ってしまい…… 王道悪役令嬢もの、どこかで見たようなテンプレ展開です。ちょこちょこ過去アイリスの残酷描写があります。 また、外伝は、ざまあされたレミ嬢視点となりますので、お好みにならないかたは、ご注意のほど、お願いします。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

婚約破棄なんてどうでもいい脇役だし。この肉うめぇ

ゼロ
恋愛
婚約破棄を傍観する主人公の話。傍観出来てないが。 42話の“私の婚約者”を“俺の婚約者”に変更いたしました。 43話のセオの発言に一部追加しました。 40話のメイド長の名前をメリアに直します。 ご迷惑おかけしてすみません。 牢屋と思い出、順番間違え間違えて公開にしていたので一旦さげます。代わりに明日公開する予定だった101話を公開させてもらいます。ご迷惑をおかけしてすいませんでした。 説明1と2を追加しました。

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

【10話完結】 後妻になりました後継者に、女の子の扱いを授業しています。

BBやっこ
恋愛
親子仲はまあまあでしょうか? 元は娼館に居た女。お客だった貴族から後妻にと望まれた。 迷ったが、本当に出ていくことを決める。 彼の家に行くと、そこには後継者として育てられているお子様がいて?

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...