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12. 役人さんとの話し合い
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九時の鐘が鳴る頃、時間ぴったりにその役人はカーステン家へやって来た。
オデール・サーヴォルト 26歳
制服をキッチリ着こなした、銀縁メガネの彼は、まさにザ・役人という感じの人だった。
彼は、ここに来る前に目を通したカーステン家の兄妹の事情に同情をしていた。
両親が友人の借金を肩代わりした直後に馬車事故で亡くなり、残されたまだ十七歳と十五歳の兄妹がそれを払っていかなくてはならないというではないか。
なんとも無慈悲な話であると、オデールは二人の境遇に心を痛めていたのだ。
だから、大人である自分がなんとかしてこの可哀想な子供たちを救ってやらなくてはと、彼は勝手に使命感に燃えていたのだった。
「こんにちは、カーステンさん。本日担当します、オデール・サーヴォルトと申します。」
「こんにちは、サーヴォルトさん。今日はよろしくお願いします。」
ティルミオとティティルナは、緊張した面持ちで、オデールを出迎えた。
そして問題のミッケは、部屋の奥で丸くなっていて、一瞬顔を上げてやって来た人間をチラリと見たが、その姿を一目見ると直ぐに興味なさそうに再び丸くなった。
その様子は、ただの猫そのものだった。
「それで、本日は廃業の手続きでしたね。」
話し合いは穏やかに始まった。
やって来た役人が優しそうな人で兄妹は少しだけホッとしていた。この人なら自分たちの話をちゃんと聞いてくれると思えたのだ。
だから兄妹はお互いに目で合図して、昨日決めたその意思に変わりがない事を確認し合うと、兄のティルミオが代表して、神妙な面持ちで自分たちの新しい考えを、オデールに切り出したのだった。
「それなんですが、折角来て貰ったのにすみません……サーヴォルトさん、やっぱり俺たちお店を辞めるのを辞めます!!」
そう言ってティルミオは、テーブルに額が付くくらい頭を深く下げた。横に座るティティルナも、兄に合わせて一緒に頭を深く下げている。
二人は、自分たちから廃業したいと呼びつけておいてそれを反故にしたのだから、怒られて当然だと思って、とにかく誠意を見せる為に先ず謝ったのだ。
しかし、怒ると思っていた役人の反応は兄妹が思っていたのとは全く違った。オデールの反応は実に薄かったのだ。彼は落ち着いてティルミオの話を受け止めた上で、淡々と兄妹を諭すように問いかけて来たのだった。
「……そうですか、しかし、それで税金を払える当てはあるのですか?借金もあるのでしょう?」
オデールは冷静に話を聞いているように見えて、実は内心酷く取り乱していた。
彼には目の前に座る子供たちが、冷静な判断を出来ずに、茨の道を進もうとしているように見えたのだ。
だから、大人としてここは軌道修正してあげないとと思い、彼らが不安がらないように感情的にならずに、事務的に己の無計画さを気付けるような誘導尋問したのだ。
けれども、ティルミオだって無計画でこんな事を言っている訳ではない。その事は昨日散々話し合い済みだった。
だからそのように問われる事は想定済みだったので、ティルミオは自分たちに迷いがない事を分かってもらう為、堂々とオデールの目を見て彼の質問に答えたのだった。
「俺が冒険者になります。そして妹が少量だけど、ここでパンを作って売り続けて、そうやって二人で手分けしてお金を作ります。」
すると今度は兄の話を黙って神妙に聞いていたティティルナが、凄い勢いで横に座る兄の顔を凝視すると、とても驚いた声を上げたのだった。
「えっ、待って?!お兄ちゃん冒険者になるの?それ聞いてないよ!」
そうなのだ、ティルミオのこの発言は、ティティルナにとって初耳だったのだ。
「昨日、お前が寝た後で決めたんだ。手っ取り早く金を稼ぐなら、俺は別で稼いだ方がいい。」
「けど、二人でお店を守って行こうって言ったじゃん!!それに、冒険者だなんて、危険だよ。」
「勿論、店の仕事もやるよ。そこは大丈夫。
危険なこともしない。自分の出来る事しかしないよ。」
「でも冒険者って街の外に出るんでしょう?街の外は魔物がいるし、やっぱり危険だよ!」
「何も魔物の巣に突撃する訳じゃないんだ。薬草摘みとか、鉱石採掘とか、危険じゃない仕事もあるんだよ。」
「でも……」
兄がどれだけ大丈夫だと口にしても、それでもティティルナはティルミオが冒険者になる事は不安だった。だって、どんなに危険な事はしないと言っていても、街の外に出たら絶対に安全だとは言い切れない世の中だから。例え可能性が殆どないとしても、魔物に襲われる危険は付いて来るのだ。
だからティティルナは何を聞いても大丈夫だと言って会話を終わらそうとする兄に食い下がって、彼の身を案じる言葉を更に投げかけようとしたのだが、けれどもその時に、ティティルナの話を遮って、二人の会話に他の人物が割って入って来たのだった。
オデール・サーヴォルト 26歳
制服をキッチリ着こなした、銀縁メガネの彼は、まさにザ・役人という感じの人だった。
彼は、ここに来る前に目を通したカーステン家の兄妹の事情に同情をしていた。
両親が友人の借金を肩代わりした直後に馬車事故で亡くなり、残されたまだ十七歳と十五歳の兄妹がそれを払っていかなくてはならないというではないか。
なんとも無慈悲な話であると、オデールは二人の境遇に心を痛めていたのだ。
だから、大人である自分がなんとかしてこの可哀想な子供たちを救ってやらなくてはと、彼は勝手に使命感に燃えていたのだった。
「こんにちは、カーステンさん。本日担当します、オデール・サーヴォルトと申します。」
「こんにちは、サーヴォルトさん。今日はよろしくお願いします。」
ティルミオとティティルナは、緊張した面持ちで、オデールを出迎えた。
そして問題のミッケは、部屋の奥で丸くなっていて、一瞬顔を上げてやって来た人間をチラリと見たが、その姿を一目見ると直ぐに興味なさそうに再び丸くなった。
その様子は、ただの猫そのものだった。
「それで、本日は廃業の手続きでしたね。」
話し合いは穏やかに始まった。
やって来た役人が優しそうな人で兄妹は少しだけホッとしていた。この人なら自分たちの話をちゃんと聞いてくれると思えたのだ。
だから兄妹はお互いに目で合図して、昨日決めたその意思に変わりがない事を確認し合うと、兄のティルミオが代表して、神妙な面持ちで自分たちの新しい考えを、オデールに切り出したのだった。
「それなんですが、折角来て貰ったのにすみません……サーヴォルトさん、やっぱり俺たちお店を辞めるのを辞めます!!」
そう言ってティルミオは、テーブルに額が付くくらい頭を深く下げた。横に座るティティルナも、兄に合わせて一緒に頭を深く下げている。
二人は、自分たちから廃業したいと呼びつけておいてそれを反故にしたのだから、怒られて当然だと思って、とにかく誠意を見せる為に先ず謝ったのだ。
しかし、怒ると思っていた役人の反応は兄妹が思っていたのとは全く違った。オデールの反応は実に薄かったのだ。彼は落ち着いてティルミオの話を受け止めた上で、淡々と兄妹を諭すように問いかけて来たのだった。
「……そうですか、しかし、それで税金を払える当てはあるのですか?借金もあるのでしょう?」
オデールは冷静に話を聞いているように見えて、実は内心酷く取り乱していた。
彼には目の前に座る子供たちが、冷静な判断を出来ずに、茨の道を進もうとしているように見えたのだ。
だから、大人としてここは軌道修正してあげないとと思い、彼らが不安がらないように感情的にならずに、事務的に己の無計画さを気付けるような誘導尋問したのだ。
けれども、ティルミオだって無計画でこんな事を言っている訳ではない。その事は昨日散々話し合い済みだった。
だからそのように問われる事は想定済みだったので、ティルミオは自分たちに迷いがない事を分かってもらう為、堂々とオデールの目を見て彼の質問に答えたのだった。
「俺が冒険者になります。そして妹が少量だけど、ここでパンを作って売り続けて、そうやって二人で手分けしてお金を作ります。」
すると今度は兄の話を黙って神妙に聞いていたティティルナが、凄い勢いで横に座る兄の顔を凝視すると、とても驚いた声を上げたのだった。
「えっ、待って?!お兄ちゃん冒険者になるの?それ聞いてないよ!」
そうなのだ、ティルミオのこの発言は、ティティルナにとって初耳だったのだ。
「昨日、お前が寝た後で決めたんだ。手っ取り早く金を稼ぐなら、俺は別で稼いだ方がいい。」
「けど、二人でお店を守って行こうって言ったじゃん!!それに、冒険者だなんて、危険だよ。」
「勿論、店の仕事もやるよ。そこは大丈夫。
危険なこともしない。自分の出来る事しかしないよ。」
「でも冒険者って街の外に出るんでしょう?街の外は魔物がいるし、やっぱり危険だよ!」
「何も魔物の巣に突撃する訳じゃないんだ。薬草摘みとか、鉱石採掘とか、危険じゃない仕事もあるんだよ。」
「でも……」
兄がどれだけ大丈夫だと口にしても、それでもティティルナはティルミオが冒険者になる事は不安だった。だって、どんなに危険な事はしないと言っていても、街の外に出たら絶対に安全だとは言い切れない世の中だから。例え可能性が殆どないとしても、魔物に襲われる危険は付いて来るのだ。
だからティティルナは何を聞いても大丈夫だと言って会話を終わらそうとする兄に食い下がって、彼の身を案じる言葉を更に投げかけようとしたのだが、けれどもその時に、ティティルナの話を遮って、二人の会話に他の人物が割って入って来たのだった。
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