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1. 残されたのは借金と猫一匹
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光の王国フィルニア。王都の城下町の一角で、ひっそりとある中年夫婦の葬式がとりおこなわれた。
下町でパン屋を営んでいた夫婦が、不慮の馬車の事故で呆気なく死んでしまったのだ。二人の子供と借金を残して。
残された子供……兄のティルミオは十七歳、妹のティティルナは十五歳と、幸いにも自活出来るくらいの年齢であったが、それでも、突然両親を失った悲しみと、残された多額の借金に、二人は打ちのめされていたのだった。
「……お兄ちゃん、私たちこれからどうすればいいの……?」
妹のティティルナが、泣き腫らした目で不安そうに兄に問いかけた。赤毛の髪をおさげに結いたあどけない顔の少女は、まだ十五歳。急に両親が居なくなり、借金の形に家中の金目の物を目の前で根こそぎ持っていかれるのを見てしまったら、不安にならない訳がなかった。
「……」
兄のティルミオは妹の問いかけに何も言えなかった。
少女と良く似た容姿の彼もまだ、十七歳という大人とも子供とも言えない年齢なのだ。
両親を手伝って家業のパン作りをしていたけれども、パンを焼く為のオーブンも金型も、借金の形に持っていかれてしまって残っているのは、必要最低限の生活用品と飼っていた猫一匹だけ。これで一体この先どうやって生計を立てていくのか、全く持って見通せないのだ。
兄妹は物が無くなりがらんとした店舗兼家の中で、これからについて光明を見出せずに暗い顔で俯いたまま沈黙するしか無かった。
するとそんな二人を見兼ねてか、どこからともなく優しい声がかかったのだった。
「どうやら、二人ともお困りの様だにゃ?」
「ん??」
「えっ、今の声……何……?」
突如聞こえてきた声に、ティティルナは兄の服をギュッと掴むと怯えて周囲を見回した。けれども、周囲には自分と兄以外の人影は無いのだ。自分の幻聴かと思って兄を見るも、ティルミオも同じ様にきょろきょろと辺りを見回していたので、二人は顔を見合わすと謎の声に困惑して首を捻った。
すると、そんな様子の二人に再び声がかかったのだった。
「急にキョロキョロして、お前たち何してるんだにゃ?」
「お兄ちゃん、どうしよう変な声が聴こえるよ……」
「俺にも聴こえる……一体なんなんだ……?」
「まさか幽霊……?!!」
再び聞こえてきた謎めいた声に、ティティルナは怖くてなって兄にしがみついた。ティルミオも得体の知れない声に不安ではあったが、妹を安心させるように彼女をぎゅっと抱きしめると、周囲を警戒するようにぐるりと視線を動かした。けれどもやはり誰もいないのだ。
すると、勘の悪い兄妹に痺れを切らした声の主が、ティルミオの頭の上をトンと踏み台にすると、棚の上から二人の目の前のテーブルの上に降り立ったのだった。
「幽霊とは失礼だにゃ!お前たちの目はふしあにゃかっ!!」
二人の目の前には、家で飼っている三毛猫のミッケが躍り出たのだった。
「……ミッケが喋った……?」
「そうだにゃ。やっと気付いたかにゃ。」
呆気に取られている二人の前で、三毛猫のミッケは どうだ! と言わんばかりに尻尾をパタパタと振って得意げに胸を張った。
しかし、ティルミオもティティルナも飼い猫のミッケが喋ったという現実を、そうすんなりとは受け入れる事は出来なかった。そう、普通猫は喋らないから。
「……これは、夢だ。」
「……そうだねお兄ちゃん。猫が喋る訳ないものね。」
「俺たちは疲れてるんだ。今日は色々なことが有り過ぎたからね。さぁティナ、もう休もうか。」
「そうね、お兄ちゃん。早く休みましょうか。」
二人はお互いの顔を見合わせて、納得したかのような表情で うん と大きく一つ肯くと、揃って部屋を出て行こうとした。
するとミッケは、心外だとばかりに、背を向けたティルミオの背中に飛びかかって張り付いて、抗議の声を上げたのだった。
「勝手に現実逃避するんじゃにゃいっ!これは現実にゃっ!!!」
「痛い!痛い!ミッケ、爪を立てるな!!」
「どうにゃ!夢にゃら痛いはずにゃいだろう?現実だと認めるにゃ?」
「分かった!分かったから!!ティナ、ミッケを下ろしてくれ!」
兄の悲痛な叫びに、ティティルナは慌てて背中のミッケを引き剥がして抱き抱えると、そのまま元のテーブルの上へと降ろした。
するとミッケは少し不満そうではあったがその場に鎮座したので、兄妹と言葉を話す飼い猫は改めて向き合ったのだった。
「いいか、このミッケは長年お前たちカーステン家を見守ってきた有難い存在にゃんだぞ!まずは敬えにゃ!!」
そう言ってミッケは背筋をピンと伸ばして、誇らしげに威張って見せたが、なにせ三毛猫である。威厳よりも可愛さが勝るのであった。
「見守ってたって言うけどさ……強いて言うならネズミは取ってくれていたけど、それ以外はただ可愛いだけで3食昼寝付の悠々自適生活を送ってたとしか見えないけど……むしろ見守ってたのはこっちじゃ……?」
「お兄ちゃん、猫は可愛いだけで十分なのよ。それに今気にする所はそこじゃないとおもうの。
……ミッケ、貴方は一体何者なの?」
飼い猫が喋った。この特異な状況に兄より幾分か現実逃避をしていないティティルナは、ティルミオに隠れ気味にミッケを覗いて、恐る恐る尋ねた。そう、今気にしないといけないのはそこなのであった。
この、喋る三毛猫の正体は一体何者なのだろうか。
下町でパン屋を営んでいた夫婦が、不慮の馬車の事故で呆気なく死んでしまったのだ。二人の子供と借金を残して。
残された子供……兄のティルミオは十七歳、妹のティティルナは十五歳と、幸いにも自活出来るくらいの年齢であったが、それでも、突然両親を失った悲しみと、残された多額の借金に、二人は打ちのめされていたのだった。
「……お兄ちゃん、私たちこれからどうすればいいの……?」
妹のティティルナが、泣き腫らした目で不安そうに兄に問いかけた。赤毛の髪をおさげに結いたあどけない顔の少女は、まだ十五歳。急に両親が居なくなり、借金の形に家中の金目の物を目の前で根こそぎ持っていかれるのを見てしまったら、不安にならない訳がなかった。
「……」
兄のティルミオは妹の問いかけに何も言えなかった。
少女と良く似た容姿の彼もまだ、十七歳という大人とも子供とも言えない年齢なのだ。
両親を手伝って家業のパン作りをしていたけれども、パンを焼く為のオーブンも金型も、借金の形に持っていかれてしまって残っているのは、必要最低限の生活用品と飼っていた猫一匹だけ。これで一体この先どうやって生計を立てていくのか、全く持って見通せないのだ。
兄妹は物が無くなりがらんとした店舗兼家の中で、これからについて光明を見出せずに暗い顔で俯いたまま沈黙するしか無かった。
するとそんな二人を見兼ねてか、どこからともなく優しい声がかかったのだった。
「どうやら、二人ともお困りの様だにゃ?」
「ん??」
「えっ、今の声……何……?」
突如聞こえてきた声に、ティティルナは兄の服をギュッと掴むと怯えて周囲を見回した。けれども、周囲には自分と兄以外の人影は無いのだ。自分の幻聴かと思って兄を見るも、ティルミオも同じ様にきょろきょろと辺りを見回していたので、二人は顔を見合わすと謎の声に困惑して首を捻った。
すると、そんな様子の二人に再び声がかかったのだった。
「急にキョロキョロして、お前たち何してるんだにゃ?」
「お兄ちゃん、どうしよう変な声が聴こえるよ……」
「俺にも聴こえる……一体なんなんだ……?」
「まさか幽霊……?!!」
再び聞こえてきた謎めいた声に、ティティルナは怖くてなって兄にしがみついた。ティルミオも得体の知れない声に不安ではあったが、妹を安心させるように彼女をぎゅっと抱きしめると、周囲を警戒するようにぐるりと視線を動かした。けれどもやはり誰もいないのだ。
すると、勘の悪い兄妹に痺れを切らした声の主が、ティルミオの頭の上をトンと踏み台にすると、棚の上から二人の目の前のテーブルの上に降り立ったのだった。
「幽霊とは失礼だにゃ!お前たちの目はふしあにゃかっ!!」
二人の目の前には、家で飼っている三毛猫のミッケが躍り出たのだった。
「……ミッケが喋った……?」
「そうだにゃ。やっと気付いたかにゃ。」
呆気に取られている二人の前で、三毛猫のミッケは どうだ! と言わんばかりに尻尾をパタパタと振って得意げに胸を張った。
しかし、ティルミオもティティルナも飼い猫のミッケが喋ったという現実を、そうすんなりとは受け入れる事は出来なかった。そう、普通猫は喋らないから。
「……これは、夢だ。」
「……そうだねお兄ちゃん。猫が喋る訳ないものね。」
「俺たちは疲れてるんだ。今日は色々なことが有り過ぎたからね。さぁティナ、もう休もうか。」
「そうね、お兄ちゃん。早く休みましょうか。」
二人はお互いの顔を見合わせて、納得したかのような表情で うん と大きく一つ肯くと、揃って部屋を出て行こうとした。
するとミッケは、心外だとばかりに、背を向けたティルミオの背中に飛びかかって張り付いて、抗議の声を上げたのだった。
「勝手に現実逃避するんじゃにゃいっ!これは現実にゃっ!!!」
「痛い!痛い!ミッケ、爪を立てるな!!」
「どうにゃ!夢にゃら痛いはずにゃいだろう?現実だと認めるにゃ?」
「分かった!分かったから!!ティナ、ミッケを下ろしてくれ!」
兄の悲痛な叫びに、ティティルナは慌てて背中のミッケを引き剥がして抱き抱えると、そのまま元のテーブルの上へと降ろした。
するとミッケは少し不満そうではあったがその場に鎮座したので、兄妹と言葉を話す飼い猫は改めて向き合ったのだった。
「いいか、このミッケは長年お前たちカーステン家を見守ってきた有難い存在にゃんだぞ!まずは敬えにゃ!!」
そう言ってミッケは背筋をピンと伸ばして、誇らしげに威張って見せたが、なにせ三毛猫である。威厳よりも可愛さが勝るのであった。
「見守ってたって言うけどさ……強いて言うならネズミは取ってくれていたけど、それ以外はただ可愛いだけで3食昼寝付の悠々自適生活を送ってたとしか見えないけど……むしろ見守ってたのはこっちじゃ……?」
「お兄ちゃん、猫は可愛いだけで十分なのよ。それに今気にする所はそこじゃないとおもうの。
……ミッケ、貴方は一体何者なの?」
飼い猫が喋った。この特異な状況に兄より幾分か現実逃避をしていないティティルナは、ティルミオに隠れ気味にミッケを覗いて、恐る恐る尋ねた。そう、今気にしないといけないのはそこなのであった。
この、喋る三毛猫の正体は一体何者なのだろうか。
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