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第二部
12. 嘘と涙と吟遊詩人4
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勢いよく乱入してきた見ず知らずの御令嬢に三人が呆気に取られている中、ローランだけは彼女の姿を見るや否や、顔を青くしていた。
「マリアベルどうしてここに……?」
「貴方がこのお店に入るところが見えたのです。やっとお会いできましたね、ローラン様?」
そう言って乱入してきた御令嬢はカツカツとローランに歩み寄って、そしてそのままの勢いで彼に掴みかかったのだった。
「あんな手紙一通で別れられるとお思いでしたの?随分とおめでたい頭ですわね?!」
彼女のあまりの剣幕に、一同はたじろぐしかなかった。
「マリアベル、きっと君は何かを誤解している……」
「誤解ですって?!私と婚約したいだなんて言って、お父様や叔父様にまで紹介してスポンサーになって貰ったら急に
“自分は伯爵家の次男で侯爵家の君とは釣り合わないので、君の幸せを考えて身を引くよ。もし僕が事業で成功したらその時に改めて君に婚姻の申し込みをする。だけれども、君に待っていて欲しいだなんて言わないよ。君は想うままに他の人を好きになってくれて構わない。君の心は自由だ。”
こんな手紙だけ残して私の前から姿を消しておいて何が誤解なのかしら?!」
そう叫ぶように話しながら、マリアベルと呼ばれたご令嬢はキッとローランを睨んだ。
彼女の迫力に押されて、誰も口を挟むことが出来ずにただ黙って成り行きを見守るしかなかったが、そんな不穏な空気にも関わらず静かな澄み渡るような声で、マグリットは彼女に話しかけたのだった。
「つまりはマリアベル様はローラン様とご結婚のお約束をしていたと言うことなのですか?」
「えぇ、そうですわ。婚約までは結んでおりませんでしたが。」
「そう……ですの……」
マリアベルの話を聞いて、マグリットは無表情とはまた違うまるで感情が読み取れないような微笑みを浮かべて静かに相槌を打った。
マグリットは王太子殿下の婚約者候補であった程の令嬢だ。甘い言葉を囁かれて浮き足立ってしまっていただけで、元来聡明な女性なのだ。
だから、この短時間の一連のやり取りで彼女は全て察したのだった。
「つまり……ローラン様は高位貴族に取り入れるなら誰でもよかった。それで、マリアベル様の次に引っかかったのが私……ということなのですね……」
穏やかな笑みを浮かべながら、とても冷たい声でマグリットは言った。
その笑みはローランに向けられているけれども、彼女の目は全く笑っていなかった。
「違う!マグリット誤解だよ!!」
「何が誤解なものですか!貴方私を捨ててそちらのマグリット様に乗り換えたんでしょう?!!」
「いやっ、違う!違うから!!!」
必死に弁明するローランに、頭に血が上ったマリアベル。そしてそれを冷ややかに眺めるマグリットという、三者三様の修羅場が出来上がった。
そして目の前で繰り広げられている事態に、ミハイルは頭を抱えるしかなかった。
(今日はアイリーシャ様と楽しく街歩きをするだけの筈だったのに、一体どうしてこうなった……)
彼は心の中でこの事態を激しく疎んじていた。どこで何を間違えたか今となってはもはや分からないが、とりあえずこのどうにも収集がつかなくなっている事態を収めるために、ミハイルは机をコンコンと叩いて、皆の注目を自分に集めさせたのだった。
「マリアベル様、ローラン様、ご退室ください。」
ミハイルはにっこり笑ってそう言うと、部屋の入り口に向かって指を指し示した。
この場で一番身分の高い、公爵公子の命令だ。二人は従わざるを得なかった。
マリアベルはミハイルに対して「失礼しました」と頭を下げてから悠然と退室して行ったのに対して、ローランの往生際は悪かった。
ミハイルやマグリットに対して「違うんだ、話を聞いてくれ」としつこく縋ってくるので、仕方なくミハイルは人を呼んで強制的に彼に退出させたのだった。
こうして部屋にはミハイルとアイリーシャ、そしてマグリットだけが残り再び静かな時間が流れ始めた。
アイリーシャはチラリとマグリットの様子を伺うと、彼女は無の顔で二人が出て行った入り口の方を眺めていたのだった。
「あの……マグリット、大丈夫……?」
こんな様子の従姉妹を目にするのは初めてだった。心配になったアイリーシャはそっと彼女に声をかけたのだが、するとマグリットは、すぐにいつも通りの朗らかな彼女に戻って、明るい声で、そして少しバツが悪そうに笑いながら答えたのだった。
「あんなのに引っかかってしまうなんて。私はなんて目が曇っていたのかしら。情けなくて涙も出てきませんわ。」
苦笑しながらそう話す彼女の様子は一見すると凛として気丈に見えるのだけども、直ぐにポッキリと折れてしまいそうな、そんな危うさも感じられた。
「ミハイル様にも大変ご迷惑をおかけしました。」
「いえ、貴女が謝ることではないです。……その、どうか、気落ちなさらずに……」
「まぁ、お気遣いありがとうございます。私は大丈夫ですわ」
微笑んでそう返すマグリットは、なんで声をかけたらいいか分からず戸惑っているミハイルに対しても気遣う余裕を見せるなど本当にいつも通りの彼女に見えた。
けれどもアイリーシャには、気丈に振る舞うマグリットの様子が悲しみを耐え忍んでいるようにしか見えなくて、彼女の心が心配で仕方なかった。
「マリアベルどうしてここに……?」
「貴方がこのお店に入るところが見えたのです。やっとお会いできましたね、ローラン様?」
そう言って乱入してきた御令嬢はカツカツとローランに歩み寄って、そしてそのままの勢いで彼に掴みかかったのだった。
「あんな手紙一通で別れられるとお思いでしたの?随分とおめでたい頭ですわね?!」
彼女のあまりの剣幕に、一同はたじろぐしかなかった。
「マリアベル、きっと君は何かを誤解している……」
「誤解ですって?!私と婚約したいだなんて言って、お父様や叔父様にまで紹介してスポンサーになって貰ったら急に
“自分は伯爵家の次男で侯爵家の君とは釣り合わないので、君の幸せを考えて身を引くよ。もし僕が事業で成功したらその時に改めて君に婚姻の申し込みをする。だけれども、君に待っていて欲しいだなんて言わないよ。君は想うままに他の人を好きになってくれて構わない。君の心は自由だ。”
こんな手紙だけ残して私の前から姿を消しておいて何が誤解なのかしら?!」
そう叫ぶように話しながら、マリアベルと呼ばれたご令嬢はキッとローランを睨んだ。
彼女の迫力に押されて、誰も口を挟むことが出来ずにただ黙って成り行きを見守るしかなかったが、そんな不穏な空気にも関わらず静かな澄み渡るような声で、マグリットは彼女に話しかけたのだった。
「つまりはマリアベル様はローラン様とご結婚のお約束をしていたと言うことなのですか?」
「えぇ、そうですわ。婚約までは結んでおりませんでしたが。」
「そう……ですの……」
マリアベルの話を聞いて、マグリットは無表情とはまた違うまるで感情が読み取れないような微笑みを浮かべて静かに相槌を打った。
マグリットは王太子殿下の婚約者候補であった程の令嬢だ。甘い言葉を囁かれて浮き足立ってしまっていただけで、元来聡明な女性なのだ。
だから、この短時間の一連のやり取りで彼女は全て察したのだった。
「つまり……ローラン様は高位貴族に取り入れるなら誰でもよかった。それで、マリアベル様の次に引っかかったのが私……ということなのですね……」
穏やかな笑みを浮かべながら、とても冷たい声でマグリットは言った。
その笑みはローランに向けられているけれども、彼女の目は全く笑っていなかった。
「違う!マグリット誤解だよ!!」
「何が誤解なものですか!貴方私を捨ててそちらのマグリット様に乗り換えたんでしょう?!!」
「いやっ、違う!違うから!!!」
必死に弁明するローランに、頭に血が上ったマリアベル。そしてそれを冷ややかに眺めるマグリットという、三者三様の修羅場が出来上がった。
そして目の前で繰り広げられている事態に、ミハイルは頭を抱えるしかなかった。
(今日はアイリーシャ様と楽しく街歩きをするだけの筈だったのに、一体どうしてこうなった……)
彼は心の中でこの事態を激しく疎んじていた。どこで何を間違えたか今となってはもはや分からないが、とりあえずこのどうにも収集がつかなくなっている事態を収めるために、ミハイルは机をコンコンと叩いて、皆の注目を自分に集めさせたのだった。
「マリアベル様、ローラン様、ご退室ください。」
ミハイルはにっこり笑ってそう言うと、部屋の入り口に向かって指を指し示した。
この場で一番身分の高い、公爵公子の命令だ。二人は従わざるを得なかった。
マリアベルはミハイルに対して「失礼しました」と頭を下げてから悠然と退室して行ったのに対して、ローランの往生際は悪かった。
ミハイルやマグリットに対して「違うんだ、話を聞いてくれ」としつこく縋ってくるので、仕方なくミハイルは人を呼んで強制的に彼に退出させたのだった。
こうして部屋にはミハイルとアイリーシャ、そしてマグリットだけが残り再び静かな時間が流れ始めた。
アイリーシャはチラリとマグリットの様子を伺うと、彼女は無の顔で二人が出て行った入り口の方を眺めていたのだった。
「あの……マグリット、大丈夫……?」
こんな様子の従姉妹を目にするのは初めてだった。心配になったアイリーシャはそっと彼女に声をかけたのだが、するとマグリットは、すぐにいつも通りの朗らかな彼女に戻って、明るい声で、そして少しバツが悪そうに笑いながら答えたのだった。
「あんなのに引っかかってしまうなんて。私はなんて目が曇っていたのかしら。情けなくて涙も出てきませんわ。」
苦笑しながらそう話す彼女の様子は一見すると凛として気丈に見えるのだけども、直ぐにポッキリと折れてしまいそうな、そんな危うさも感じられた。
「ミハイル様にも大変ご迷惑をおかけしました。」
「いえ、貴女が謝ることではないです。……その、どうか、気落ちなさらずに……」
「まぁ、お気遣いありがとうございます。私は大丈夫ですわ」
微笑んでそう返すマグリットは、なんで声をかけたらいいか分からず戸惑っているミハイルに対しても気遣う余裕を見せるなど本当にいつも通りの彼女に見えた。
けれどもアイリーシャには、気丈に振る舞うマグリットの様子が悲しみを耐え忍んでいるようにしか見えなくて、彼女の心が心配で仕方なかった。
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