上 下
56 / 109
第二部

12. 嘘と涙と吟遊詩人4

しおりを挟む
勢いよく乱入してきた見ず知らずの御令嬢に三人が呆気に取られている中、ローランだけは彼女の姿を見るや否や、顔を青くしていた。

「マリアベルどうしてここに……?」
「貴方がこのお店に入るところが見えたのです。やっとお会いできましたね、ローラン様?」
そう言って乱入してきた御令嬢はカツカツとローランに歩み寄って、そしてそのままの勢いで彼に掴みかかったのだった。

「あんな手紙一通で別れられるとお思いでしたの?随分とおめでたい頭ですわね?!」

彼女のあまりの剣幕に、一同はたじろぐしかなかった。

「マリアベル、きっと君は何かを誤解している……」
「誤解ですって?!私と婚約したいだなんて言って、お父様や叔父様にまで紹介してスポンサーになって貰ったら急に
“自分は伯爵家の次男で侯爵家の君とは釣り合わないので、君の幸せを考えて身を引くよ。もし僕が事業で成功したらその時に改めて君に婚姻の申し込みをする。だけれども、君に待っていて欲しいだなんて言わないよ。君は想うままに他の人を好きになってくれて構わない。君の心は自由だ。”
こんな手紙だけ残して私の前から姿を消しておいて何が誤解なのかしら?!」

そう叫ぶように話しながら、マリアベルと呼ばれたご令嬢はキッとローランを睨んだ。

彼女の迫力に押されて、誰も口を挟むことが出来ずにただ黙って成り行きを見守るしかなかったが、そんな不穏な空気にも関わらず静かな澄み渡るような声で、マグリットは彼女に話しかけたのだった。

「つまりはマリアベル様はローラン様とご結婚のお約束をしていたと言うことなのですか?」
「えぇ、そうですわ。婚約までは結んでおりませんでしたが。」
「そう……ですの……」

マリアベルの話を聞いて、マグリットは無表情とはまた違うまるで感情が読み取れないような微笑みを浮かべて静かに相槌を打った。

マグリットは王太子殿下の婚約者候補であった程の令嬢だ。甘い言葉を囁かれて浮き足立ってしまっていただけで、元来聡明な女性なのだ。

だから、この短時間の一連のやり取りで彼女は全て察したのだった。

「つまり……ローラン様は高位貴族に取り入れるなら誰でもよかった。それで、マリアベル様の次に引っかかったのが私……ということなのですね……」

穏やかな笑みを浮かべながら、とても冷たい声でマグリットは言った。
その笑みはローランに向けられているけれども、彼女の目は全く笑っていなかった。

「違う!マグリット誤解だよ!!」
「何が誤解なものですか!貴方私を捨ててそちらのマグリット様に乗り換えたんでしょう?!!」
「いやっ、違う!違うから!!!」

必死に弁明するローランに、頭に血が上ったマリアベル。そしてそれを冷ややかに眺めるマグリットという、三者三様の修羅場が出来上がった。

そして目の前で繰り広げられている事態に、ミハイルは頭を抱えるしかなかった。

(今日はアイリーシャ様と楽しく街歩きをするだけの筈だったのに、一体どうしてこうなった……)

彼は心の中でこの事態を激しく疎んじていた。どこで何を間違えたか今となってはもはや分からないが、とりあえずこのどうにも収集がつかなくなっている事態を収めるために、ミハイルは机をコンコンと叩いて、皆の注目を自分に集めさせたのだった。

「マリアベル様、ローラン様、ご退室ください。」
ミハイルはにっこり笑ってそう言うと、部屋の入り口に向かって指を指し示した。

この場で一番身分の高い、公爵公子の命令だ。二人は従わざるを得なかった。

マリアベルはミハイルに対して「失礼しました」と頭を下げてから悠然と退室して行ったのに対して、ローランの往生際は悪かった。
ミハイルやマグリットに対して「違うんだ、話を聞いてくれ」としつこく縋ってくるので、仕方なくミハイルは人を呼んで強制的に彼に退出させたのだった。

こうして部屋にはミハイルとアイリーシャ、そしてマグリットだけが残り再び静かな時間が流れ始めた。

アイリーシャはチラリとマグリットの様子を伺うと、彼女は無の顔で二人が出て行った入り口の方を眺めていたのだった。

「あの……マグリット、大丈夫……?」

こんな様子の従姉妹を目にするのは初めてだった。心配になったアイリーシャはそっと彼女に声をかけたのだが、するとマグリットは、すぐにいつも通りの朗らかな彼女に戻って、明るい声で、そして少しバツが悪そうに笑いながら答えたのだった。

「あんなのに引っかかってしまうなんて。私はなんて目が曇っていたのかしら。情けなくて涙も出てきませんわ。」

苦笑しながらそう話す彼女の様子は一見すると凛として気丈に見えるのだけども、直ぐにポッキリと折れてしまいそうな、そんな危うさも感じられた。

「ミハイル様にも大変ご迷惑をおかけしました。」
「いえ、貴女が謝ることではないです。……その、どうか、気落ちなさらずに……」
「まぁ、お気遣いありがとうございます。私は大丈夫ですわ」

微笑んでそう返すマグリットは、なんで声をかけたらいいか分からず戸惑っているミハイルに対しても気遣う余裕を見せるなど本当にいつも通りの彼女に見えた。
けれどもアイリーシャには、気丈に振る舞うマグリットの様子が悲しみを耐え忍んでいるようにしか見えなくて、彼女の心が心配で仕方なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...