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第二部

11. 嘘と涙と吟遊詩人3

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「あぁ、そうだわ、思い出しましたわ!ローラン・リーベルトというお名前に見覚えがあると思ったら、貴方、以前何通も私にお手紙を送ってくださっていましたね。」

彼女のこの発言は、この場にいる誰にとっても予想外で、三人は動きを止めて一斉にアイリーシャの方を注目した。
けれども彼女は皆の反応に気づかずに、全く他意も悪意もなく、それでいて少し申し訳なさそうに話を続けたのだった。

「あの……ごめんなさい。本当に沢山お手紙を送ってくださったみたいだけれども、全部中身は読んでいないんです。私の所に来る前に選別されてしまったから。でも誰からお手紙を頂いたかはリストにして貰ってあったのでそれで覚えてて……。とにかく、頂いた手紙を読んでなくてごめんなさい。」

そこまで話すと申し訳ないといった顔でアイリーシャはローランに対して頭を下げたのだが、彼女の発言にローランは勿論のこと、マグリットもミハイルも声を失って、場はなんとも言えない空気が流れたのだった。

「……多分……ですが、それは貴女が謝ることでは無いと思いますよ。」

一番最初に声を発したのはミハイルだった。
彼の言葉にアイリーシャは「そうなの?」と不思議そうな顔をしていたが、ミハイルはそれに対してはあえて何も言わず、代わりにローランに視線を向けた。
すると彼は、バツが悪そうにスッとミハイルから目を逸らしたのだった。

「それってつまり……ローランは他のご令嬢にもアプローチをしていたってこと……?」

次に声を上げたのはマグリットだった。
彼女は怒りとも悲しみとも何とも言えない表情で、真っ直ぐにローランを見つめて淡々と話を続けた。

「私には、
”貴女を一眼見た時から私の心は貴女に奪われました”だとか、
”貴方の事を想うと胸が苦しくて夜も眠れない”だとか、
そんな事を手紙に書いて寄越してくれていたけど、それもこれも、他の人にも同じ事をしていたのね。」
「マグリット誤解だよ!確かにアイリーシャ様や他のご令嬢に手紙を送ったことはあるけども、それは全て君と出会う前だから。今の僕は君が全てで、君しか見ていないよ!!」

そう言ってマグリットの手を取り必死に言い訳をするローランを、マグリットは不審そうに見つめた。
彼の言い分を完全に信じることは難しかったのだ。

ふたたび部屋に沈黙が訪れて微妙な空気になりかけたその時だった。
急に部屋の外が騒がしくなって、何やら人が揉めている声がどんどんと近づいてきたのだ。
そして部屋の前で「おやめくださいっ!!」と大きな声が響いたと思ったら、次の瞬間バンッ!!と大きな音を立てて個室のドアが開かれて、そこに立っていた一人のご令嬢が開口一番に大きな声で叫んだのだった。

「見つけたわ!ローラン・リーベルト!!」

あまりの出来事に、一同は呆気に取られて入り口を凝視することしか出来なかった。

見ず知らずのご令嬢が、店員の静止を振り切ってミハイルが借りている個室に勢いよく乗り込んで来たのだ。
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