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29. 令嬢、決意する2
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ジオール公国へ向けて出発する前日の夕方、ミハイルはマイヨール家を訪れていた。
事前にアイリーシャから渡したいものがあるから、メイフィール家に届けに参りたいと打診があったのだが、それならばと、自分がマイヨール家を訪問する事にしたのだった。
何故なら、ミハイルにはミハイルの思惑があったからだ。
「ミハイル様、出立の準備でお忙しい中、お時間を作ってくださってありがとうございます。」
客間に通されて、用意されたお茶を飲みながら待っていると、侍女を連れてアイリーシャがやってきた。
「貴女に会う為の時間ならば、いくらでも作りますよ。それに今日は私の方も貴女にお伝えしたい事があったのでこうして、会える機会を設けてくれて有難うございます。」
アイリーシャの姿を見ると、顔を綻ばせた。会うのはダンスを踊ったあの日以来だった。
アイリーシャは、ミハイルの向かいに座ると深々と頭を下げた。
「まず、件の物語ですが、ごめんなさい。ミハイル様の出立前に完成させたかったのですが、出来なかったです。
兄に急いで書いても傑作は生まれないと諭されて、人々に広く親しまれる物語となる様に、ミハイル様がジオール公国に外遊されている間に完璧な物語に仕上げます。ですので、戻ってきたら一番に読んでくださいませ。」
「勿論です。楽しみに待っていますね。」
ミハイルの表情を伺うと、彼はいつもと変わらず、穏やかな表情で優しくこちらを見つめていた。
そんな彼の様子を確認できて、アイリーシャはホッとし、続けて出来上がったばかりの刺繍入りのタイを取り出した。
「それからコレは…、ミハイル様の旅の安全を願って刺しました。どうか、お持ちください。」
ミハイルはおずおずと差し出されたタイを受け取ると、刺された刺繍を指でなぞり確認し、目を細めた。
「見事な渡鳥のモチーフですね。それからコレは太陽?」
「はい。旅の安全は王太子殿下の御一行ですから完璧に確保されていると思いますが、ですが、道中の天気までは、人の力ではどうにもできる事ではありません。せめて道中荒天に合わない様にと、そういった願いを込めて太陽も一緒に刺しました。」
「私の事を色々と想って刺してくださったんですね、とても嬉しいです。」
そう言ったミハイルの笑顔は誰が見ても心の底から喜んでいるのがわかる程だった。
「二ヶ月も、貴女と会えないのはとても寂しいですが、このタイを貴女だと思って頑張る事にします。」
少し陰りのある笑顔で伝えると、アイリーシャも思わず自分の心境を吐露した。
「私も、二ヶ月もミハイル様に会えないと思うと、寂しいです。寂しいですが、どうか道中全てが上手くいきます事を、ここシュテルンベルグから祈っていますわ。」
「有難うございます。貴女にそう言って貰えると、非常に心強いです。」
思わぬアイリーシャからの言葉に、ミハイルは口元に手を当てて動揺を隠した。
そして、自身の感情を整えると、アイリーシャの手を取り、真剣な眼差しで本日訪問した本題を告げたのだった。
「アイリーシャ様、ジオール公国から帰ったら、私は貴女のお父上に貴女との婚約を申し込みます。ですので、私が戻ってくるまでの二ヶ月の間、私との婚約を受けるかどうかじっくりと考えておいて下さい。」
あまりの出来事に、アイリーシャは顔を真っ赤にして固まってしまった。
それからミハイルは懸念すべきであろう事柄についても、考えを伝える。
「たとえもし、貴女が私の申し出を受け入れなかったとしても、それはとても残念な事ですが、絵本の件は引き続き支援しますのでそこはご安心ください。」
彼は、実に誠実だった。
「わ…分かりました。」
動揺からか、声がうわずってしまった。
恥ずかしさのあまり、ミハイルを見る事が出来ずに俯いてしまったが、ミハイルがこちらをずっと見つめている事は感じていた。
「あの、明日はお見送りすることも叶わないのでしょうか?」
俯いたまま、尋ねた。
「城門の前で簡単にですが出立式を行います。話す事は難しいと思うが、そこに来ていただければ姿を見る事は出来ると思います。」
それを聞くと顔を上げて、何かを決意しミハイルを真っ直ぐ見ながら宣言した。
「分かりました。明日、必ず向かいますわ。」
恥ずかしさに顔を赤らめてはいるものの、ミハイルをじっと見つめ返して宣言した。
「私も貴女がお見送りをしてくださるならとても心強い。出立前最後に今日貴女の姿を目に焼きつけておこうと思っていましたが、それは明日の貴女の姿にする事にします。」
破顔の笑顔で応えるミハイルと対照的に、アイリーシャの顔にはどこか不安があった。
「けれど、簡易とは言え王太子殿下の出立式ですよ?ミハイル様から群衆の中に居る私が分かりますでしょうか?」
これは重要な事だった。アイリーシャは群衆の中から、ミハイルは自分を視認する事が出来るのかが心配だった。
「大丈夫。どんな群衆の中でも、貴女を絶対に見つけますから。」
そう力強く言うミハイルのその言葉をアイリーシャは信じる事にした。
そして、明日最後にもう一つ彼にメッセージを送ろうと、決意したのだった。
事前にアイリーシャから渡したいものがあるから、メイフィール家に届けに参りたいと打診があったのだが、それならばと、自分がマイヨール家を訪問する事にしたのだった。
何故なら、ミハイルにはミハイルの思惑があったからだ。
「ミハイル様、出立の準備でお忙しい中、お時間を作ってくださってありがとうございます。」
客間に通されて、用意されたお茶を飲みながら待っていると、侍女を連れてアイリーシャがやってきた。
「貴女に会う為の時間ならば、いくらでも作りますよ。それに今日は私の方も貴女にお伝えしたい事があったのでこうして、会える機会を設けてくれて有難うございます。」
アイリーシャの姿を見ると、顔を綻ばせた。会うのはダンスを踊ったあの日以来だった。
アイリーシャは、ミハイルの向かいに座ると深々と頭を下げた。
「まず、件の物語ですが、ごめんなさい。ミハイル様の出立前に完成させたかったのですが、出来なかったです。
兄に急いで書いても傑作は生まれないと諭されて、人々に広く親しまれる物語となる様に、ミハイル様がジオール公国に外遊されている間に完璧な物語に仕上げます。ですので、戻ってきたら一番に読んでくださいませ。」
「勿論です。楽しみに待っていますね。」
ミハイルの表情を伺うと、彼はいつもと変わらず、穏やかな表情で優しくこちらを見つめていた。
そんな彼の様子を確認できて、アイリーシャはホッとし、続けて出来上がったばかりの刺繍入りのタイを取り出した。
「それからコレは…、ミハイル様の旅の安全を願って刺しました。どうか、お持ちください。」
ミハイルはおずおずと差し出されたタイを受け取ると、刺された刺繍を指でなぞり確認し、目を細めた。
「見事な渡鳥のモチーフですね。それからコレは太陽?」
「はい。旅の安全は王太子殿下の御一行ですから完璧に確保されていると思いますが、ですが、道中の天気までは、人の力ではどうにもできる事ではありません。せめて道中荒天に合わない様にと、そういった願いを込めて太陽も一緒に刺しました。」
「私の事を色々と想って刺してくださったんですね、とても嬉しいです。」
そう言ったミハイルの笑顔は誰が見ても心の底から喜んでいるのがわかる程だった。
「二ヶ月も、貴女と会えないのはとても寂しいですが、このタイを貴女だと思って頑張る事にします。」
少し陰りのある笑顔で伝えると、アイリーシャも思わず自分の心境を吐露した。
「私も、二ヶ月もミハイル様に会えないと思うと、寂しいです。寂しいですが、どうか道中全てが上手くいきます事を、ここシュテルンベルグから祈っていますわ。」
「有難うございます。貴女にそう言って貰えると、非常に心強いです。」
思わぬアイリーシャからの言葉に、ミハイルは口元に手を当てて動揺を隠した。
そして、自身の感情を整えると、アイリーシャの手を取り、真剣な眼差しで本日訪問した本題を告げたのだった。
「アイリーシャ様、ジオール公国から帰ったら、私は貴女のお父上に貴女との婚約を申し込みます。ですので、私が戻ってくるまでの二ヶ月の間、私との婚約を受けるかどうかじっくりと考えておいて下さい。」
あまりの出来事に、アイリーシャは顔を真っ赤にして固まってしまった。
それからミハイルは懸念すべきであろう事柄についても、考えを伝える。
「たとえもし、貴女が私の申し出を受け入れなかったとしても、それはとても残念な事ですが、絵本の件は引き続き支援しますのでそこはご安心ください。」
彼は、実に誠実だった。
「わ…分かりました。」
動揺からか、声がうわずってしまった。
恥ずかしさのあまり、ミハイルを見る事が出来ずに俯いてしまったが、ミハイルがこちらをずっと見つめている事は感じていた。
「あの、明日はお見送りすることも叶わないのでしょうか?」
俯いたまま、尋ねた。
「城門の前で簡単にですが出立式を行います。話す事は難しいと思うが、そこに来ていただければ姿を見る事は出来ると思います。」
それを聞くと顔を上げて、何かを決意しミハイルを真っ直ぐ見ながら宣言した。
「分かりました。明日、必ず向かいますわ。」
恥ずかしさに顔を赤らめてはいるものの、ミハイルをじっと見つめ返して宣言した。
「私も貴女がお見送りをしてくださるならとても心強い。出立前最後に今日貴女の姿を目に焼きつけておこうと思っていましたが、それは明日の貴女の姿にする事にします。」
破顔の笑顔で応えるミハイルと対照的に、アイリーシャの顔にはどこか不安があった。
「けれど、簡易とは言え王太子殿下の出立式ですよ?ミハイル様から群衆の中に居る私が分かりますでしょうか?」
これは重要な事だった。アイリーシャは群衆の中から、ミハイルは自分を視認する事が出来るのかが心配だった。
「大丈夫。どんな群衆の中でも、貴女を絶対に見つけますから。」
そう力強く言うミハイルのその言葉をアイリーシャは信じる事にした。
そして、明日最後にもう一つ彼にメッセージを送ろうと、決意したのだった。
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