上 下
13 / 109

13. 令嬢、慰められる6

しおりを挟む

「まぁ、素晴らしいですわ!!」
マイヨール家の薔薇園の評判は聞き及んではいたが、しかし中々、実物は想像を遥かに超えていた。

「この薔薇園は、この国一番ではないかと思うくらい我が家の自慢なんですよ。母が薔薇が好きな為、特に力を入れて作らせていますのでね。お気に召してもらえましたか?」
「えぇ!とても素晴らしいですわ!確かに、これなら本当に王国一かも知れませんね。お城の薔薇園よりもこちらの方が何倍も素敵ですわ!」

思わず不敬とも捉えかねない言葉を発してしまったが、この薔薇園はそれほどまでに美しかった。
薔薇の配置や、魅せ方など庭の造形としての美しさもさることながら、メイフィール家の薔薇は一つ一つの花自体が大変色鮮やかで目を惹きつけるのだ。

この薔薇園をいたく感動してくれているアイリーシャの様子を見て、ミハイルは安堵した。
「お褒めに預かり光栄です。この庭を作った庭師にも伝えます。きっと励みになりますよ。」

「あ、でも王室の庭園を下に見るような発言をそのまま伝えるのは不敬になりすよね……?」
先程の口をついて出てしまった、王城の庭園よりも素晴らしいという発言を思い出し、アイリーシャは慌てた。

「そこは、上手く言いますよ。貴女はただ、うちの庭を褒めてくれただけです。」
彼女を安心させるように、穏やかな笑みを浮かべてミハイルは答える。

「有難うございます。私、良く先のことを考えずに思ったことをそのまま発言してしまうんです。兄からも気をつける様にと散々言われてるのにまたやってしまったわ……」
「正直で可愛らしいと思いますけどね。本心を何も言わないよりずっと良いと私は思いますよ。」

話をしながら、こちらへと再び手を引かれアイリーシャとミハイルは薔薇園の中を会話をしながら歩いていた。

「可愛らしいとか、そうゆうものなのでしょうか?」
隣を歩くミハイルは、とても身長が高いので、アイリーシャは彼を見上げながら先程の会話についてたずねた。

「かつて貴女は、王太子殿下のお茶会で、咄嗟にスタイン家の御令嬢を慰める発言をしましたよね。あのような雰囲気で声を上げることは中々出来ない。素晴らしい行動だと思いました。後先考えていたらあの時声をかけられなかったでしょう。」

ミハイルから意外な話が出て来たのでアイリーシャは驚いた。確かに、あの場には王太子殿下の側近としてミハイルも居た訳だからあの騒動を知っていてもおかしくはないのだが、当事者でもないのに、よくある令嬢同士の諍いを良く覚えていたものだなと感心した。流石王太子殿下の側近に選ばれるだけある人は記憶力も優れているのかと。

「まぁ、ミハイル様そのような昔の事を良く覚えていらっしゃいましたわね。」
「印象的な出来事でしたからね。」
そう言うと、横を歩くアイリーシャの方を向いて、ミハイルは目を細めた。

「ですが、結局あの時私は何も出来ず、事態を収めたのはレスティア様でしたわ。」
「そうかもそれませんが、きっかけを作ったのは間違いなく貴女でしたよ。あの場でスタイン公爵家の御令嬢を慰める事が出来た貴女は、聡明で優しい素敵な令嬢だと思いました。」

ミハイルにどストレートに褒められて、アイリーシャら顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなった。
しかしそれと同時に、恥ずかしいとは異なる奇妙な違和感も覚えていた。

(この奇妙な感覚はなんだろう。)

一連のやり取りにアイリーシャはなんだか既視感めいたものを感じたのだが、それが何なのかは分からなかった。

それからもうしばらく歩いて、二人は薔薇園の中にあるガボゼへとやって来た。
そこにはテーブルと椅子が用意されており、促されるままにアイリーシャが着席すると、ミハイルはベルを鳴らしてハウスメイドを呼んだ。
そして彼はやってきたメイドにアフタヌーンティーの準備をするように指示を出したのだった。

すると、予め準備が整えてあったであろう事からあっという間にシュテンルベルグで一番美しい薔薇園でアフタヌーンティーをいただくという夢のようなシュチュエーションが出来上がったのだ。

こうして、二人のお茶会は始まった。

「ミハイル様、改めましてこの間のお礼を申し上げます。私をあの場から連れ出して下さり本当に有難うございました。」
夢のようなシチュエーションのお茶会開始早々、アイリーシャは本日の訪問の本題を切り出した。

早くお渡ししておかないと、落ち着かないのだ。

「あの日お借りしたまま私がずっと持ってしまっていたハンカチーフと、それから何かお礼をと思い、新品のハンカチーフも用意しましたのでどうか受け取ってください。」

そう言って、アイリーシャは二枚のハンカチーフをミハイルに差し出した。
ミハイルは、彼女から贈られたハンカチーフを手に取ると、そこに刺繍が施されている事に気づき目を見張ったのだった。

「この刺繍は貴女が刺したのですか?!」
「はい。私が刺しました。ミハイル様には本当に感謝しているのですが、この気持ちはただ品物を送るだけでは伝え足りないと思い、最大限に感謝の気持ちを込めて刺しました。」

「成程、感謝の気持ち、ですか……」
アイリーシャのその返答を聞いて、何故だかミハイルはガッカリしているようにも見えた。もしかして、自分の刺した刺繍が気に入らなかったのだろうかとアイリーシャは不安になった。

「自分では上手くできたと思ったのですが、お気に召しませんでしたか……?」
「あ、いえ、素晴らしい出来ですよ。たとえ感謝の念でも貴女が私の事を思って刺してくれたのならば、嬉しいです。大変気に入りました、有難うございます。」
ニッコリと微笑みながら、ミハイルはアイリーシャにお礼を述べた。

少し奇妙な言い回しに思えたが、ミハイルからハンカチーフが気に入ったと言ってもらえたので、アイリーシャはやっと、お礼をする事が出来たと安堵したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

美人すぎる姉ばかりの姉妹のモブ末っ子ですが、イケメン公爵令息は、私がお気に入りのようで。

天災
恋愛
 美人な姉ばかりの姉妹の末っ子である私、イラノは、モブな性格である。  とある日、公爵令息の誕生日パーティーにて、私はとある事件に遭う!?

ある公爵令嬢の生涯

ユウ
恋愛
伯爵令嬢のエステルには妹がいた。 妖精姫と呼ばれ両親からも愛され周りからも無条件に愛される。 婚約者までも妹に奪われ婚約者を譲るように言われてしまう。 そして最後には妹を陥れようとした罪で断罪されてしまうが… 気づくとエステルに転生していた。 再び前世繰り返すことになると思いきや。 エステルは家族を見限り自立を決意するのだが… *** タイトルを変更しました!

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...