上 下
4 / 109

4. 令嬢、当て馬であったと自覚する4

しおりを挟む
「王太子殿下とは公式に設けられた場所以外での交流はありませんでした。
ですが……」

ここで一旦言葉を区切る。

一呼吸置いて、アイリーシャはその先のこの話の核心に触れた。

「王太子殿下とお会いした後、毎回では無いのですが、匿名の手紙が花束と共に届いたのです。」

その発言に、わずかにミハイルが動いたような気がしたが、アイリーシャは気にせず言葉を続ける。

「送り主の署名こそ無かったものの、その手紙に書かれる内容が、その場に居た人しか知り得ないような事でしたしたので、それが、王太子殿下のお心なのだと思っておりました。手紙の内容は私の事を励ましたり、褒めてくださったりと、いつも私を気遣ってくださる内容でした。」

話の内容に驚いたのか、窓の外を見ていたミハイルが、こちらを見た。
あまり表情に出さない人だと噂では聞いていたけれども、目の前に居る彼は今何かに分かりやすく困惑しているし、サロンにいた頃からこちらを気遣って優しげな表情をみせてくれていたので人の噂程当てにならないものはないのだなと、アイリーシャはボンヤリと思った。

「それで……貴女はその手紙が王太子殿下からの特別な物だと思ったのですね?」
ミハイルが確認を続ける。

「はい。これらの手紙は私を慰め、時には勇気づけてくれました。私のことを気遣っていただけてるのだと思い、そのお心遣いに惹かれておりました。」

言葉にして思い返すと、再び胸が締め付けられ苦しくなった。
しかし、アイリーシャは目に涙を浮かべながらも自分の胸の前で両手を組み、ぐっと堪えた。

「貴女のお話では、王太子殿下自身と言うより、その……手紙の送り主に親愛の情を募らせていたように聞こえましたが……」
返す言葉が直ぐに出てこなかったのか、少しの沈黙の後、言いにくそうにミハイルが切り出した。

その言い回し方に少し不自然さを感じたが、アイリーシャはなんとなくミハイルの意図を察して返答をする。

「そうですわね。私は王太子殿下自身ではなく、手紙に王太子殿下の幻影を見ていたのだと思います。自分に都合の良い理想像を作り上げてしまっていたんですわ。」

そう言って、アイリーシャは強がって微笑んでみせるも、ミハイルは難い表情を崩さないでこちらを見ている。

何かを言いたそうにしている気がするが、彼から次の言葉が出てこない。

なんとなく、気まずい空気が馬車の中に広まりそうな気配を感じて、アイリーシャは仕方なく一連の振り返りで思い至ったある結論を口にしたのだった。

「今だからこそこのような考えに思い至ったのですが、私だけが特別だった訳ではなく、王太子殿下はお優しく平等なお方だから、候補者の令嬢皆様にもお手紙を出していたんだと思います。そう考えると物凄く腑に落ちますもの。」

ふぅ、と一つ息を吐いてから、アイリーシャは続けた。

「あぁ、どうして私だけ特別だなんて考えてしまったのだろう。なんと、おこがましいことか。」
そこまで言うと、アイリーシャは頭を振りかぶって、自身の愚かさを嘆いてみせた。

「いや、アイリーシャ様は何も悪くない。決して何も悪くないです。あの手紙がそこまで貴女の心を揺さぶり、結果辛い思いをさせてしまうなんて。」

自分を卑下するような言葉を口にしたアイリーシャに対し、黙っていたミハイルは慌てて慰めの言葉を紡いだが、構わずアイリーシャは話を続けた。

「もしかしたら、私以外の他の御令嬢も同じような辛い思いをしているのではないでしょうか。私はミハイル様にお話しすることで、冷静になり、自分が特別じゃない事に気づけましたが、まだ辛い想いを抱えたままの御令嬢もきっと居るに違いないわ。」
「それは心配しなくても大丈夫だと思います。」
アイリーシャは自分のこの考えに自信があった為、間髪入れずのミハイルに否定されて目を丸くして驚いた。

「え?ミハイル様どうしてですの?」
「あっ……いや……。アイリーシャ様はお優しいのですね、他の御令嬢までご心配なさるなんて。」
何かを言い淀んだ後、優しい笑みを作ってミハイルは答えた。

今は、何も言わない方が良いだろうと考え、彼は大事なことは飲み込んだのだ。

ミハイルの不思議な反応に、アイリーシャは内心首を傾げたが、笑みを張り付けて黙ってこちらを見ている彼の様子から、口外できない何かがあるのだろうと察して話題を変えた。

「これで、ミハイル様の質問に対しての答えになったでしょうか?」
「十分です。言いにくいであろう事も、正直に話してくださり有難うございました。」
そして、会話はここで終了した。

馬車はあと少しでアイリーシャの自宅であるマイヨール侯爵邸に到着する所まで来ていた。
ほんの少しの残された時間が、沈黙したまま過ぎていく。

***

程なくしてマイヨール侯爵邸に到着した。

敷地内であっても夜分で暗くて危険だからと玄関まで送ろうミハイルが申し出たが、ここからは使用人が居るから大丈夫だとアイリーシャはそれを固辞した。
現に、馬車の音に気付いた侍女が明かりを持ってこちらにやって来るのが見えたので、ミハイルの付き添いはここまでとなった。

「ミハイル様にこのようなお手を煩わせてしまってしまって申し訳ございません。このお礼は後日必ず致します。」
感謝してもしきれない程なのだが、今出来る精一杯の謝意として、アイリーシャは深々と頭を下げて、謝辞を述べた。

「頭を上げてください。貴女が、早く元気になれる事を心より願っています。今日はどうか、ゆっくり休んで下さい。」
少し微笑みながら、ミハイルはアイリーシャを労る言葉を返した。
真っ直ぐにアイリーシャと向き合うミハイルの目は、優しく彼女を見つめていたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

処理中です...