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第1章 転生

45話 準備

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 ケタール・ゲイズ・ケルン連合軍がリンダル子爵領に攻めてこない理由はもう1つあった。
早朝の襲撃に疲弊してしまった上に食料が足りなくなってしまったのだ。ユリーカから集められるだけ集めたのだが、それでも2万人の量となると簡単に集めることはできなかった。

 食料を調達している間にユリーカに戻ったイーライと負傷したドルク将軍、そしてケルン領軍指揮官・ゲイズ子爵はゲイズ邸に集まって戦略会議を始めていた。

「殿下、戦力的には負けていません。ハニューダに行かせた炎魔部隊をこちらに呼べばという間に片が着きますハニューダに行かせた軍をこちらに回しましょう」

ドルクは片腕をなくしたがポーションによって傷を治癒させ歩けるまで回復していた。

「ドルク、興奮する気持ちもわかるが冷静になれ。リンダル領を攻略しないと次に繋がらないのは分かるが、今無理をするのは危険ではないか? お前の体も心配だ、一度引くのも手だと思うが?」

「北に回した兵が峠を確保して砦を築ければフナイ王立騎士団はこちらに来れなくなります、そうすれば補給が来るのを待ってレノを落とすのも難しくありません」

「フナイ王立騎士団が峠を越す前にダメージを与えたいと思うが、は使えそうか?」

このアントというのは、ミュスカの町を消し去りアラバスタに大被害をもたらしたラージカミカゼアントのことである。イーライはそれを使うことによってフナイ王立騎士団にダメージを与えようと言っているのだ。

「婿殿、今は無理だ。近くに使えそうな使えそうなコロニーがない。それより今夜は屋敷に戻ってやってはくれぬか、娘のユリーカが五月蝿くてかなわん」

「わかりました義父どの。ドルク、あとは任せても良いか?」

 イーライは妻の待つユリーカにある領主の邸宅に戻っていった。妻の名前はユリーカ、父親が娘の名前をこの町につけたのだ。妻に逃げられた父親が甘やかし放題で育てた娘がユリーカであった。
ユリーカは自分の思う通りにならなければ癇癪を起こし、他人が思い通りに動かなければ臍を曲げるといったどうしようもない性格の女だ。あまりにも他人を思い通りにしたいがために、人を操ることができるチャームのスキルを得てしまったほどだ。

 イーライとの出会いはとある貴族のパーティで一人で立っていたイーライを見つけて一目惚れしたユリーカが声をかけたのが最初だった。
その後数度ほど食事をするうちにユリーカのチャームにかかってしまい妻にしてしまったのだ。
イーライは短気でスカした性格であったが他人をどうしようという性格ではなかった、偉そうにしているが実は口ばかりの小心者である。

 今回も他国に進軍して戦争を仕掛けたのはユリーカに操られての行動だ。ゲイズ領が小さく山から出る石が主な産業なのがユリーカは嫌だった。
領を出て王都で暮らし、自分は都会で洗練されていると自負していた。しかし社交界に顔を出した時は爵位や親の領地を引け目を感じていた。イーライがケタールの第一王子だと知った時はこの人しかいないと思ったのだ。

 この男と結婚すればいずれ私は王女、そう思って結婚した。
しかし、結婚してみるとケタールの国土は小さく人口も少なかった。
フナイ王国の王都にある邸宅で生活していた時に感じた大都会での優雅な生活に憧れたがケタール王国は全く違っていたのだ。
ケタール最大の町でもリョーガ領都と人口が変わらず、国の総人口もフナイ王領とリョーガ領を足したほどしかいなかった。
何かにつけ不満を感じ、ついにはイーライを操り父親を巻き込んで戦争を始めてしまったのだ。
今日はリンダル領への開戦の日、夫が持ち帰るはずの良い知らせを屋敷で待っていた。

「ユリーカ、戻ったぞ」

「おかえりなさい、首尾はいかがでした?」

「今日は初日で町の防壁と門に攻撃を仕掛けたが意外と守りが固いようだ。ドルクの阿呆が所詮冒険者と侮って攻撃を仕掛けて負傷した。次に失敗したら将軍の位を剥奪して公開処刑だ。ケルンに待機させている軍をこちらに回して一気に殲滅するしか手がなさそうなんだ。しかし軍を動かすと国境を維持できなるかもしれないから動かしたくないんだ。今の状態で国境を止めて維持させ、その間に軍事力をあげようと思うが、お前はどう思う」

「素晴らしい考えですわ、あなたは全ての国を統べる人です。もし今回失敗したとしてもそれは副官や兵達の力が足りないのです」

「そうだ、俺の作戦通りに兵が動けば負けることはない。しかし今の兵は練度が低く俺の理想とする軍ではない。
だからお父様を連れて先にケタールに戻ってくれないか。俺は将軍達に指示を出したらすぐに戻る」

「わかりました、明日の朝ここから離れます」

「俺はこれから戻って指示を出して来る、朝には戻るから準備をしておいてくれ」

「メイドにさせておきますわ、気をつけていってらっしゃいませ」

ユリーカは館を出て行くイーライの後ろ姿を見ながら手を振って見送った。

 朝早くからリンダル子爵邸は騒がしかった。
朝日が昇る前にケタール・ゲイズ・ケルン連合軍に動きがあったのだ。

見張り台にいた兵が敵陣の微妙な動きに気がつき、状況を伝えにリンダル子爵の元へやってきた。

「布陣していた敵の兵が半数近くに減っています。
夜明け前に北に向かう行軍の音が聞こえたのでそれを調べるように兵を出しましたが、まだ戻ってきていません」

「奇襲をかけようと兵を森や林に隠しているのではないのか?」

「いえ、各門から偵察を出しましたが町の周囲にそれらしき兵はいないようです」

「そうか、他に変化はないか」

「はっ、湖の上をこちらに向かう船団があります。現在は風向きが悪く船足は遅いようです」

「わかった、ケタール軍の増援だろうが、湖の上の敵兵は怖くない。この季節は常に北風が吹いているからこちらが風上になる。近づいて来たら火矢を放てば上陸することはできん。報告ご苦労、引き続き監視を頼んだぞ」

「はい、それでは失礼します」

兵が部屋を出るとリンダル子爵は副官のマイクに問いかけた。

「半数か、マイク、お前なら1万の兵を使って何をする?」

「私なら身動きの取れない敵は放っておいて、王立騎士団がやって来る道を破壊させます。
2000の兵が2万の兵に真正面から攻撃してくるはずがありませんから、攻めるふりをして町に閉じ込めておいてその間に騎士団が通る峠を封鎖しに行きますよ」

「それだな。
領民はすでに山を越えているだろうから心配ないが、峠を潰されると騎士団が入ってこられなくなる。そうなると俺たちは 絶体絶命だ。マイク、ダニエル、400騎を残して峠を越えろ、俺はギリギリまでここに籠城して時間を稼ぐ」

「わかりました、でも危なくなる前に逃げてくださいよ、必ずですよ」

「ああ。昨日の戦いで、若くないのが身にしみるほど分かったからな。無理はしないさ」

そう言いながらもリンダル子爵は命をかけてこの町を守るつもりなのだとジンは感じた。

  (死なすには惜しい人物だ、俺も残ってやれるだけやってみよう。
   いざとなったら転移して逃げればいいし)

ジンは自分も町に残り、時間稼ぎに協力することにした。

「ここには俺も残ります。危なくなったら逃げますから先に全員で峠を越えてください」

「一緒に残ってくれるのか?」

「いえ、俺一人で残ります。一人の方が目立たなくて逃げやすいから逆に子爵様に残られると困ります」

「そうか…」

「はい、別に俺が戦うわけじゃありませんから心配いりませんよ」

「戦わない? って、どうするんだ?」

「魔法で擁壁の周囲を凍結して逃げます。空気が凍るほど冷たくするので誰も近寄れなくなります。凍らせたら敵軍が来る前には脱出するので先に行ってください」

「・・・」

  (俺の思惑はバレバレか、ジン君に任せてみるか)

「わかった、やばそうだと思ったらすぐに逃げろ。無理は禁物だからな」

「大丈夫です、自分1人の方が周囲に気を使わなくて良いので楽なんですよ」

「それなら急ごう。
マイク、西門の兵を集めて出発しろ。俺は東門に一度戻ってから出発する。ダニエルは兵を連れて俺についてこい、ベルは俺と一緒に殿を頼む」

 ジンは全ての兵が町から出たのを確認すると、町を防衛する作業を始めた。外壁の周囲に氷の壁を作り誰も入れないようにするとその外側を一気に凍りつかせる。

『ブリザード』

 制限を解除しているので町の周囲は地面に触れただけで凍りついてしまうほど低温になった。その温度はマイナス220度、酸素でさえ凍りついてしまう温度だ。寒さで町の周囲にはダイヤモンドダストが舞いはじめ、地面は極低温の凍土となり触れた物を一瞬で凍りつかせた。防壁の上に立つ事ができなくなるほど寒くなるとジンは湖畔へと転移したのであった。
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