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第2章 新婚初夜は蜜色の企み
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高坂の言葉は確かにその通りかもしれない。
あれだけ激しく交わって、互いの欲望をぶつけ合った後で、本当に今更と思うかもしれない。
けれど、さっきだって服を着たままだったのだ。なのに、目が覚めたら裸で、一緒に風呂に入っているこの状況に驚くなと言う方が無理な話だと思った。
「それに夫婦で風呂に入ることは、別に特別なことではないでしょう」
どこか面白がるような口調の高坂が、背後から縮こまる美園のうなじに口づけてきた。
肌が粟立つような感覚を覚えて、美園は首を竦めた。
――本当に滅茶苦茶だ。
恋人でもない十年ぶりに再会した兄の親友だった男――プロポーズも指輪もなければ、結婚式もしてない。
キスをするよりも先に、体を繋げた。互いの裸を見たのは、今が初めて。
なのに、紙切れ一枚のこととはいえ、二人は公的には夫婦なのだと言う。
こんなおかしな話もそうそうないだろうと美園は思った。
「高坂さんが、こんな人だなんて思わなかった……」
思わず漏れた言葉に、高坂が笑った。
「あなたに見せていた私なんて、極一部でしかないですよ」
その言葉に変に納得する自分がいた。確かに、美園が知っている高坂なんて、彼の一面でしかないだろう。
高坂と交流があったのなんて十年も前だ。子どもだった美園の瞳は、恋に曇っていた。
きっと見たいものしか、見ていなかった。彼がどんな人だったかなんて、見極められるわけもない。
「それもそうね」
「随分、素直に認めるんですね」
意外そうな男の言葉に、美園は苦笑する。
「私だって高坂さんに見せていなかったものはあるもの」
あの頃の自分は、彼に嫌われるのが怖くて、いい子な振りばかりをしていた。
「それに……」
「それに?」
「人は変わるもの」
良くも悪くも人は変わる。美園だって変わった。十年も会わずにいたのだから、高坂がこんな野心家に変わっていっても、驚くべきことではないと、激情が去った今なら思える。
呟くような美園の答えに、高坂が笑ったのがわかった。
「そうですね。あなたは会わない十年の間にとても綺麗になった」
あまりにさらりと言われた褒め言葉に、美園は首だけを捩じって思わず高坂を見た。
リラックスした様子の男の表情には、照れも何もない。
「高坂さんも昔はそんなこと言わなった」
「私も変わったんです」
「そうね……ものすごい野心家になった」
「私は欲しいものに対して素直になっただけで、野心家になったにつもりはありませんよ」
口角を上げ笑みの形に象った表情は、感情を読み取らせないせいか、美園には謎めいて見えた。
表情を裏切るような熱を孕んだ眼差しが、真っ直ぐに美園に向けられている。
まるで、その欲しいものが美園だと言っているようだった。
だが、勘違いしてはいけない。
高坂が欲しいのは、四宮グループ後継者の地位であって、美園じゃない。
信じて期待すれば、また裏切られるだけだ。
もう傷つけられるのはごめんだ。
いたたまれない気持ちで、美園は高坂からプイッと顔をそらした。
それがに気に入らなかったのか、お腹に回されたままになっていた手が、美園の体を引き寄せた。
「ちょっ!」
不意うちの行動に美園はバランスを崩しそうになり、咄嗟に高坂の胸に手をついて体を支えた。派手な水音が立った。
「高坂さん!」
抗議の声を上げて、高坂を睨みつける。
「いつまで丸まってるつもりなのかと思ったので。ここのお風呂は広いのに、そんな恰好で入っていたら窮屈でしょう」
「そうね! ここは広いんだから、それこそくっついている必要はないわよね! 私の目も覚めたんだから、支えてもらわなくても大丈夫なんだし!」
平然とした男の態度が、腹立たしくて、美園は顔を顰めた。
高坂の言う通り、この離れの風呂場は、風呂道楽だった祖父が趣味に走って作ったせいか、洋館なのにここだけ総檜造りで五、六人は余裕で入れる広さになっていた。
半地下の作りを生かして、ジャグジー付きの露天風呂もある。二人で使うには、馬鹿みたいに広いのだ。抱き合ってる必要は全くない。
百万歩譲って、意識のなかった美園を綺麗にするため、抱えて風呂に入っていた状況は理解できる。
だが、そもそもにおいて、一緒に風呂に入っていたこの状況に、美園は納得していない。
ーー普通、意識のない人間を風呂に入れる!? 危ないじゃない。
そこまでされても目が覚めなかった自分もどうかと思うが、この状況に持ち込んだ高坂も信じられない。
「別に離れる必要もないでしょう」
離れようとする美園の動きを阻むように、高坂の腕に力が籠る。
「いやいや、夫婦だっていっても、一緒に風呂に入る必要を全く感じないわ!」
「そうですか? うちの両親は今も毎晩一緒に風呂に入っていますよ。それが夫婦円満の秘訣らしいです」
涼しい顔でそう言う男の言葉が、どこまで本当なのか美園にはわからない。確かめる術もない。
「高坂さんのご両親はそうかもしれないけど、私たちがそれを踏襲する必要はあるの?」
どうせ二人は仮初の夫婦でしかない。父が望む子どもを美園が産むまでの期間限定の関係だ。
愛があるわけではないし、円満である必要もないはずだ。
「私たちの場合は必要だと思いますよ。ああ、そうだ。美園さんにひとつ言っておきたいことがあります」
「……何?」
胡散臭い顔で微笑んで話を変えようとする男に、美園の中で警戒心が湧く。
「私はもう高坂ではありません。婿に入ったので、美園さんと同じ四宮になりました」
「え?」
予想外の言葉に、美園は呆気にとられる。
「なので、高坂ではなく、名前で呼んでください」
※次回更新目標は八月四日 21時。
早くかければ早く上げますー書けなかったら伸びる。当面は21時で固定しますー
あれだけ激しく交わって、互いの欲望をぶつけ合った後で、本当に今更と思うかもしれない。
けれど、さっきだって服を着たままだったのだ。なのに、目が覚めたら裸で、一緒に風呂に入っているこの状況に驚くなと言う方が無理な話だと思った。
「それに夫婦で風呂に入ることは、別に特別なことではないでしょう」
どこか面白がるような口調の高坂が、背後から縮こまる美園のうなじに口づけてきた。
肌が粟立つような感覚を覚えて、美園は首を竦めた。
――本当に滅茶苦茶だ。
恋人でもない十年ぶりに再会した兄の親友だった男――プロポーズも指輪もなければ、結婚式もしてない。
キスをするよりも先に、体を繋げた。互いの裸を見たのは、今が初めて。
なのに、紙切れ一枚のこととはいえ、二人は公的には夫婦なのだと言う。
こんなおかしな話もそうそうないだろうと美園は思った。
「高坂さんが、こんな人だなんて思わなかった……」
思わず漏れた言葉に、高坂が笑った。
「あなたに見せていた私なんて、極一部でしかないですよ」
その言葉に変に納得する自分がいた。確かに、美園が知っている高坂なんて、彼の一面でしかないだろう。
高坂と交流があったのなんて十年も前だ。子どもだった美園の瞳は、恋に曇っていた。
きっと見たいものしか、見ていなかった。彼がどんな人だったかなんて、見極められるわけもない。
「それもそうね」
「随分、素直に認めるんですね」
意外そうな男の言葉に、美園は苦笑する。
「私だって高坂さんに見せていなかったものはあるもの」
あの頃の自分は、彼に嫌われるのが怖くて、いい子な振りばかりをしていた。
「それに……」
「それに?」
「人は変わるもの」
良くも悪くも人は変わる。美園だって変わった。十年も会わずにいたのだから、高坂がこんな野心家に変わっていっても、驚くべきことではないと、激情が去った今なら思える。
呟くような美園の答えに、高坂が笑ったのがわかった。
「そうですね。あなたは会わない十年の間にとても綺麗になった」
あまりにさらりと言われた褒め言葉に、美園は首だけを捩じって思わず高坂を見た。
リラックスした様子の男の表情には、照れも何もない。
「高坂さんも昔はそんなこと言わなった」
「私も変わったんです」
「そうね……ものすごい野心家になった」
「私は欲しいものに対して素直になっただけで、野心家になったにつもりはありませんよ」
口角を上げ笑みの形に象った表情は、感情を読み取らせないせいか、美園には謎めいて見えた。
表情を裏切るような熱を孕んだ眼差しが、真っ直ぐに美園に向けられている。
まるで、その欲しいものが美園だと言っているようだった。
だが、勘違いしてはいけない。
高坂が欲しいのは、四宮グループ後継者の地位であって、美園じゃない。
信じて期待すれば、また裏切られるだけだ。
もう傷つけられるのはごめんだ。
いたたまれない気持ちで、美園は高坂からプイッと顔をそらした。
それがに気に入らなかったのか、お腹に回されたままになっていた手が、美園の体を引き寄せた。
「ちょっ!」
不意うちの行動に美園はバランスを崩しそうになり、咄嗟に高坂の胸に手をついて体を支えた。派手な水音が立った。
「高坂さん!」
抗議の声を上げて、高坂を睨みつける。
「いつまで丸まってるつもりなのかと思ったので。ここのお風呂は広いのに、そんな恰好で入っていたら窮屈でしょう」
「そうね! ここは広いんだから、それこそくっついている必要はないわよね! 私の目も覚めたんだから、支えてもらわなくても大丈夫なんだし!」
平然とした男の態度が、腹立たしくて、美園は顔を顰めた。
高坂の言う通り、この離れの風呂場は、風呂道楽だった祖父が趣味に走って作ったせいか、洋館なのにここだけ総檜造りで五、六人は余裕で入れる広さになっていた。
半地下の作りを生かして、ジャグジー付きの露天風呂もある。二人で使うには、馬鹿みたいに広いのだ。抱き合ってる必要は全くない。
百万歩譲って、意識のなかった美園を綺麗にするため、抱えて風呂に入っていた状況は理解できる。
だが、そもそもにおいて、一緒に風呂に入っていたこの状況に、美園は納得していない。
ーー普通、意識のない人間を風呂に入れる!? 危ないじゃない。
そこまでされても目が覚めなかった自分もどうかと思うが、この状況に持ち込んだ高坂も信じられない。
「別に離れる必要もないでしょう」
離れようとする美園の動きを阻むように、高坂の腕に力が籠る。
「いやいや、夫婦だっていっても、一緒に風呂に入る必要を全く感じないわ!」
「そうですか? うちの両親は今も毎晩一緒に風呂に入っていますよ。それが夫婦円満の秘訣らしいです」
涼しい顔でそう言う男の言葉が、どこまで本当なのか美園にはわからない。確かめる術もない。
「高坂さんのご両親はそうかもしれないけど、私たちがそれを踏襲する必要はあるの?」
どうせ二人は仮初の夫婦でしかない。父が望む子どもを美園が産むまでの期間限定の関係だ。
愛があるわけではないし、円満である必要もないはずだ。
「私たちの場合は必要だと思いますよ。ああ、そうだ。美園さんにひとつ言っておきたいことがあります」
「……何?」
胡散臭い顔で微笑んで話を変えようとする男に、美園の中で警戒心が湧く。
「私はもう高坂ではありません。婿に入ったので、美園さんと同じ四宮になりました」
「え?」
予想外の言葉に、美園は呆気にとられる。
「なので、高坂ではなく、名前で呼んでください」
※次回更新目標は八月四日 21時。
早くかければ早く上げますー書けなかったら伸びる。当面は21時で固定しますー
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