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鱗
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ー両親は必死に働いていた。手術費と生活費を稼ぐために。だが、莫大な手術費だ。そう簡単に払いきれるわけがない。
うちは一般の家庭で特別高収入であるわけではない。でも貧しかったというほど生活に困ったことはなかった。必要なものは揃っていたし、華美に着飾ることこそなかったが誕生日にはケーキでお祝いして…好きな時に好きな本を買ってもらえていた。普通の、一般的な日常を送れていた。
…実験体だったからだ。会社が費用を出していた。
合点がいったけれども感情が追いつかない。静かに目を閉じて眉間を押さえた。
今まで普通に生活していた。暗くともそれなりに思い出がある。幼稚園の砂場、遊具で遊んだ。学校だって行っていたし、学校行事も…遠足だって行った。そう、予防接種もした。原因不明の熱が出た時は病院だって行った。出生の証明が無ければ学校も病院も行けないはずだ。こんな、こんな水槽で生まれた?そんなわけない…
視界が揺れる。水槽の水と同じように。
あぁ、でも。この水を、この心地よい音を、知っている。
昔から…知っていた…
そうだ、知っていた…
*
夢であって欲しいと思った。しかし、目の前の水槽とそこに揺れる子供が現実を突きつける。
そういえば体の弱かった姉と、担当医の先生が同じでいつも揃って定期検診を受けていたと思い出し、左耳の数字を触って確かめる。
…愕然とした。
もはや夢ではないのだと、諦めの深いため息を漏らした。
母の手がそっと背中に触れたが、母の方を見る気にはなれなかった。
うちは一般の家庭で特別高収入であるわけではない。でも貧しかったというほど生活に困ったことはなかった。必要なものは揃っていたし、華美に着飾ることこそなかったが誕生日にはケーキでお祝いして…好きな時に好きな本を買ってもらえていた。普通の、一般的な日常を送れていた。
…実験体だったからだ。会社が費用を出していた。
合点がいったけれども感情が追いつかない。静かに目を閉じて眉間を押さえた。
今まで普通に生活していた。暗くともそれなりに思い出がある。幼稚園の砂場、遊具で遊んだ。学校だって行っていたし、学校行事も…遠足だって行った。そう、予防接種もした。原因不明の熱が出た時は病院だって行った。出生の証明が無ければ学校も病院も行けないはずだ。こんな、こんな水槽で生まれた?そんなわけない…
視界が揺れる。水槽の水と同じように。
あぁ、でも。この水を、この心地よい音を、知っている。
昔から…知っていた…
そうだ、知っていた…
*
夢であって欲しいと思った。しかし、目の前の水槽とそこに揺れる子供が現実を突きつける。
そういえば体の弱かった姉と、担当医の先生が同じでいつも揃って定期検診を受けていたと思い出し、左耳の数字を触って確かめる。
…愕然とした。
もはや夢ではないのだと、諦めの深いため息を漏らした。
母の手がそっと背中に触れたが、母の方を見る気にはなれなかった。
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