人魚はたゆたう

つづみゆずる

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待ち合わせ場所からビル群の間を抜けて少し歩くと、広い緑の敷地に囲まれたビルが見えてきた。
30階程はありそうな大きめのビルだ。
やたらと大きな窓ばかりの外見に、マジックミラーになっているのだろう、空が映り込んでいる。上空を進む飛行機が雲を棚引かせてビルの端へ消えて行った。

窓がない階の白壁はまだ変色もなくさほど年数は経っていない建物の様だ。

空は青空でも私の心はいつも通り霞がかって、晴れを知らない。
前を行く母は私が付いてきているか確認する様に何度か振り向きながらがらゆっくり歩いて行く。私だけでなく、母の足取りも重そうで、いつの間にか歳を取ったなとそのやや猫背の後ろ姿を見て思った。

近付くにつれ見えてくる、ホテルのような清潔感を感じる外観に、当初の目的を見失いそうになる。窓の多い白壁の建物は、病院のようでもあり上級な会社のようでもある造りをしていた。

受付を済ませ、案内役の女性に促されながらエレベーターへ向かう途中、ガラス張りのドア越しに楕円形に並ぶテーブルが見えた。会議室だろうか。ホテルのロビーの様な待合室を兼ねたホールは、外の陽光が差し込み明るい。所々に植木が床から伸びていて、室内でも息苦しさを感じさせない、この感じは好きだ。エレベーターで階を昇ると、さっきまでの明るいホテルのイメージとは打って変わって、薄暗い研究所の様な物々しい雰囲気が広がっていた。無機質な壁に挟まれた通路を進むと、ちょっとやそっとでは開かなそうなセキュリティに保護された大きな扉が待ち構えていた。スーツか白衣が似合いそうなこんな場所に、ラフな恰好で来てしまって良かったのだろうかと今更ながら躊躇する。ちらとワンピースの裾を見やって、せめてツーピースにしておけば良かったと後悔した。物々しい所に、会社の誰かとではなく母といるのがまた不思議な感覚だ。母はそれとなくジャケット羽織ってスーツに近い装いをしている。言ってくれれば良かったのに、と目線を投げるが母は大きな扉を見上げていて、こちらを見る事はなかった。
案内してくれた人が暗証番号やら指紋認証やら今は他にも何かあるらしい。やたら時間をかけた割にはシュンっと軽い音を立てて扉が開く。横にスライドする様がSF映画のようだ。
簡単に足を踏み入れてはいけない気がして横にいる母を見たら、母も今度は真っ直ぐ私の目を見ていた。いつものやんわりとした笑顔だが、心なしか母の表情は暗く、今まで気づかなかったが泣いた後の様に瞼が腫れていた。
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