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癖
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カーテンを開けると、電線のスズメが2羽飛び立った。向かいの屋根に降り立つのを見届けてからその家のすぐ横、一本道の先の海を眺める。
ー私は20歳になっていた。
高校を卒業してから早々に家を出たくて就職し、今は一人暮らしをしている。
心落ち着く場所を求めて、波の音が聞こえる程の、海の近くのアパートを借りた。車の通りが少ない日に窓を開けると、波の音がよく聞こえる。窓から見える、道路向かいの家々の間にある一本道。その先に海が広がる景色が気に入っていた。天気の良い日は草木と海と空とのコントラストが綺麗だ。雨の日は海と空の色が変わり、家々の影になる一本道の草木が揺れる景色も、情緒があってまたいい。毎日一度は必ず、確認するようにそれを眺める。
姉は一足先に上京し、就職してやはり一人暮らしをしている。女の一人暮らしは心配だから、姉と一緒に住めば良いのにと母も姉も言ったが、父は羽を伸ばしたいんだろう好きにさせてやれと、すんなりお許しが出たのだ。
父からすれば厄介払いができたと、そんなところだろう。特に気に留める様子もなかったのは想像の範囲内だったが、こちらからしても居心地の悪さから開放されると安堵した。
ベッドに腰を下ろすと、枕元のクマのぬいぐるみをひと撫でして膝の上に乗せる。
一人暮らしをしていると、元から一人だったかの様に思う時もあれば、何かの弾みにふと四人で暮らした昔を思い出してしまう時もある。
あの時の母の涙は私を心配してか、それとも姉が助かったのをを喜んでの涙なのか。
あの頃は聞いてはいけない気がして、何も聞けなかった。10歳の私は、幼かった。返答が怖かったのかもしれない。推し量る事もできないまま、それ以上考えることを辞めた。
あの手術の後、父が大きなクマのぬいぐるみを買ってきてくれた。それすら私への懺悔か何かなのだろうと思うと切ない。
ごめんな、だったかありがとうだったか、父が何か言っていたようなのだが、もはや記憶も朧げだ。
父は口数が少ないので、長く会わないと声すら忘れてしまいそうになる。
ぬいぐるみは洗濯を繰り返し、生地が少し薄くなって破けてしまった。母が継ぎ足してくれたが、よりにもよって私と姉の手術痕のあるお腹だ。
捨ててしまうにはもったいないほどの器量良しなクマなので、つい手元に置いておきたくなって一人暮らしの今も枕元に置いてある。
艶のなくなった大きな黒いビーズの目が、いつも悲しげに私を見る。私と同じ、光を無くした目…
あれ以来私の心には常に霧がかかっている。
子供の頃から姉とばかり遊び、周りの子はみんな習い事で忙しく、学校ではそれなりに遊んではいたが、冷めた子供には友達と呼べる人はいなかった。
会社に勤めるようになってからも、人付き合いは苦手だった。適当に話を合わせ、近からず遠からずの距離感を保っている。それが相手にも伝わるのか、誰もプライベートに踏み込んでくる人はいなかったが、常に霧がかかった私にはそれが性に合っていた。
今日も一人、まだ私は左耳を触る癖が抜けない。
ー私は20歳になっていた。
高校を卒業してから早々に家を出たくて就職し、今は一人暮らしをしている。
心落ち着く場所を求めて、波の音が聞こえる程の、海の近くのアパートを借りた。車の通りが少ない日に窓を開けると、波の音がよく聞こえる。窓から見える、道路向かいの家々の間にある一本道。その先に海が広がる景色が気に入っていた。天気の良い日は草木と海と空とのコントラストが綺麗だ。雨の日は海と空の色が変わり、家々の影になる一本道の草木が揺れる景色も、情緒があってまたいい。毎日一度は必ず、確認するようにそれを眺める。
姉は一足先に上京し、就職してやはり一人暮らしをしている。女の一人暮らしは心配だから、姉と一緒に住めば良いのにと母も姉も言ったが、父は羽を伸ばしたいんだろう好きにさせてやれと、すんなりお許しが出たのだ。
父からすれば厄介払いができたと、そんなところだろう。特に気に留める様子もなかったのは想像の範囲内だったが、こちらからしても居心地の悪さから開放されると安堵した。
ベッドに腰を下ろすと、枕元のクマのぬいぐるみをひと撫でして膝の上に乗せる。
一人暮らしをしていると、元から一人だったかの様に思う時もあれば、何かの弾みにふと四人で暮らした昔を思い出してしまう時もある。
あの時の母の涙は私を心配してか、それとも姉が助かったのをを喜んでの涙なのか。
あの頃は聞いてはいけない気がして、何も聞けなかった。10歳の私は、幼かった。返答が怖かったのかもしれない。推し量る事もできないまま、それ以上考えることを辞めた。
あの手術の後、父が大きなクマのぬいぐるみを買ってきてくれた。それすら私への懺悔か何かなのだろうと思うと切ない。
ごめんな、だったかありがとうだったか、父が何か言っていたようなのだが、もはや記憶も朧げだ。
父は口数が少ないので、長く会わないと声すら忘れてしまいそうになる。
ぬいぐるみは洗濯を繰り返し、生地が少し薄くなって破けてしまった。母が継ぎ足してくれたが、よりにもよって私と姉の手術痕のあるお腹だ。
捨ててしまうにはもったいないほどの器量良しなクマなので、つい手元に置いておきたくなって一人暮らしの今も枕元に置いてある。
艶のなくなった大きな黒いビーズの目が、いつも悲しげに私を見る。私と同じ、光を無くした目…
あれ以来私の心には常に霧がかかっている。
子供の頃から姉とばかり遊び、周りの子はみんな習い事で忙しく、学校ではそれなりに遊んではいたが、冷めた子供には友達と呼べる人はいなかった。
会社に勤めるようになってからも、人付き合いは苦手だった。適当に話を合わせ、近からず遠からずの距離感を保っている。それが相手にも伝わるのか、誰もプライベートに踏み込んでくる人はいなかったが、常に霧がかかった私にはそれが性に合っていた。
今日も一人、まだ私は左耳を触る癖が抜けない。
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