【完結】優雅に踊ってくださいまし

王はいつも踊ってる

「さすがに国王のところに先触れ無しで来るのはどうかと思うんだ。先代公爵夫人。」

王の執務室へ入室し、挨拶がすんだところで、伺うような目で言ったのは我が国の権力の頂点にいるはずの人間だ。彼はミシェルが大層苦手のようで、脂汗をかき、ミシェルと目を合わそうとしない。

ここに至るまでにすでに御者がミシェルの餌食となっている。
ハウゼン公爵家の父子とダンは、ミシェルに脅された御者が涙目で馬を操ろうとしていたところを何とか確保した。どうにかこうにかミシェルをなだめすかし、何とか国王のところへ行くのにさすがに先触れ無しはまずいと説得し、急いで使者を出した。その間、ダンは可哀そうな御者を慰め、厨房でお茶を飲んでくるよう勧めていた。

そして、先触れに行かせた使用人が夜会の数刻前に諾の返事を持って帰還したため、ふんすふんすと鼻息荒い母の操縦役に父を伴って三人で登城した。
三人とも相応に年は取っていても見目は麗しいままなので、三人も揃えば非常に目立つ。昨夜のことを知っている城内の使用人たちはそわそわする気持ちを何とか抑えて遠目にその様子を見守っていた。

案内役に訪れたのは珍しいことに侍女長で、常に表情を表に出さない彼女は王族のためのエリアに入った所で、申し訳なさそうな顔をしてクリスティーナを気遣った。

「いや、こちらこそ色々と抑えてくれたようで助かった。感謝する。クリスティーナも礼を言っていた。後で使用人が届け物をするから、遠慮なく受け取ってやってほしい。」

「そんな…！クリスティーナ様は私ども使用人にも本当にやさしくして頂いて…。あの方が嫁がれる日を本当に楽しみにしておりましたが、このようなことになって…。それでも苦労していた姿を思い浮かべれば、これ以上、年若い彼女に心労を与えるのも心苦しい、ただそれだけだったのです。当時何もできなかった私が、そんなお礼など…受け取る資格はございません。」

「いや、クリスティーナは君を信頼していた。どうか受け取ってやってほしい。」

「…かしこまりました。ありがたく頂戴いたします。私的なお声がけで申し訳ありませんでした。」

そんな会話が終わったころ、謁見する場に到着した。今日は執務室での会話になるようだ。
侍女長は扉の前に立つ近衛騎士に中へのつなぎを頼んだ。

「ハウゼン公爵ご一行が到着されました。お通ししてよろしいでしょうか？」

「ああ。大丈夫だ。」

重厚感あふれる扉を開けた先には革張りのソファの応接セット。さらにその奥には王の立派な執務机が鎮座していた。宰相であるジョルジュにとっては見慣れた風景のそれは、いつもよりなんだか張りつめているような気がする。
それはこの部屋の主である国王自身が、自分たちを迎え入れることに、いや、母ミシェルを迎え入れたことに恐怖を感じているからなんだろうなと遠き日の国王の姿を思い浮かべた。
隣で何か獲物を見るかのような目で国王を見ている母を見て、諫めるべきかと一瞬考えたが、その後の矛先が自身に向かうかもしれないと思えば、面倒くさいし、いつも能天気に過ごしているこの王に対しては良い薬かと思い直して放置することにした。

そんな自身を見て、助けてくれないことを悟った国王は愕然とした表情を浮かべた。それを見て、すこし楽しい気分になってしまったあたり、自分は冷静なつもりでいたが、やっぱり相当に苛立っていたらしいと認識を改めた。

入室して一瞬で何となくそんな流れが出来上がってしまった辺りで王が言ったのが冒頭の言葉である。何とか先制攻撃を仕掛けたかったのだろうが、ちょっと白い顔で額に汗を浮かべているあたり、自分でもなんか違う…という感じがしたのだろう。

ミシェルはそんな国王を見てにたりと笑い、国王は少し肩を揺らした。

「ご無沙汰しておりますわ。陛下。ですが、何分ことがことでございましょう？なるべく早い方がよろしいのではと急ぎ参上いたしましたのよ？
それに、我が家にとって一番の慶事がございまして。実現にご協力いただいた陛下に早くお知らせしたかったのですわ。」

そういうとミシェルは息子に視線を移した。珍しく早々に手綱をくれるらしい。気が変わらないうちにとジョルジュはさっさと本題に入ることにした。

「陛下、先ほど貴族院に隣国の第三王子 テオドール殿下とクリスティーナの婚約届を提出しました。いやあ、受理されて良かったですよ。さすが陛下のサイン入りです。ありがとうございました。」

それを聞いた国王はほほを引きつらせた。

「そ、そうか…役に立って何よりだ…。それにしたって早すぎないか？」

「ほら、善は急げと申しますでしょう？二人は幼少のころには想いを通わせておりましたので、ようやく結ばれそうで一安心です。昨夜の騒ぎで横やりが入る前に娶せてやりたいという親心ですよ。ねえ？母上。」

「ええ、そうねえ。何せ、結ばれようとした二人に横やりがなんていう話はよく聞くお話ですものね。それでいて、政略結婚だからと衆目にさらされて恥をかかされるなんてことも、よくあるお話だと聞きますもの。」

「そ…そうです、ね…。はは…苦労を掛けたクリスティーナ嬢が幸せになれそうで良かった…です。」

「ああ、そういえばね？ほら、クリスティーナは今回の件で、多少の瑕疵がついたでしょう？クリスティーナも気にしていますの。それにクリスティーナが優秀なことには変わりないわけだから、その瑕疵を理由に自分たちでも手に入れられるんじゃないかなんていう勘違いした輩が湧きそうでねえ？今回の婚約も身の程知らずだとか言い出しそうな輩もいますし。心配ですわ…。真に思いあっている二人がもう一度引き裂かれるなんて、あってはならないことだと思いません事？」

「そ、それは…はい。対策…させて頂きます。此度は誠に申し訳なく…。」

「あらいやですわ、陛下。王族、それも国王ともあろうお方がそんなに簡単に頭を下げるなんて…ねえ？ほほ。可笑しいこと。」

だらだらと汗をかきながら、「なんだ、儂はあと何を求められてるんだ…ああ怖いぃぃぃ」と思いながら頭をフル回転させて考える。が、何も思い浮かばなくてさらに焦る。

「まあほら、そういう阿呆な輩を黙らせるにはクリスティーナの新たな婚約について報せることだと思いましたの。だってこれは、クリスティーナにとって、とびっきり幸せな婚約ですもの。何せ子供のころからの想いをようやく交わすことができたのですから。ね？苦労したクリスティーナが幸せになれるということを、お知らせしたほうが良いと思いませんこと？きっと心配されている方もいらっしゃるでしょうし。」

その言葉にふと、自分の息子である第二王子の顔が頭に浮かんだ。アレは確かに、クリスティーナを姉のように慕っていた記憶がある。ああ、そうだ。アレもクリスティーナの婚約を知ればきっと落ち着くだろう。側妃に似て仕事ができ、優しいところがある。きっと今回の件で、クリスティーナを追い落としたという後ろめたさもあるだろう。確かにクリスティーナが幸せになるのだということを皆に知らせるのはいい考えだと思う。

ギルバートからすれば、クリスティーナを手に入れられる可能性が完全になくなってしまう勘違いであるため非常に迷惑な話なのだが、この能天気な国王は人の機微には生憎と鈍感だ。王族でギルバートの想いに気づいていないのはこの国王だけなのだ。

「相わかった。今夜の夜会で必ず皆に伝えよう。」

「まあ。ありがとうございます。夜会で皆の驚く顔が楽しみですわ。発表までは誰にも内緒にしておいてくださいましね。貴族院の担当者にも正式な発表があるまではと口止めしていますの。おほほ。」

「ふむ。確かに驚く顔が楽しみだな。うむ。正妃や側妃、息子にも伝えないようにしよう。
して、そのクリスティーナ嬢は今日の夜会に出るのであろう？テオドール殿もこちらにいるのか？」

「いえ、二人は領地へ向かわせました。今日の夜会の内容は知っていますので、昨夜の件を考えれば居づらいだろうと思いましてね。
それに、二人が会えなかった期間も長かったことだし、なるべくはやくその穴を埋めさせてあげたいのですよ。近々、あちらの国へあいさつに向かわせるつもりです。」

「そうか。長いこと二人には悪いことをしてしまったようだ。公式に謝罪はできぬが、済まなかったと、幸せになってくれと伝えておいてくれ。あちらの国へ行くときは教えてくれ。何か用意する。」

「ありがとうございます。二人も喜びます。」

うんうんと満足げに笑っている国王はこれで終わったと心中でほっと胸をなでおろしていた。が、こんな程度で終わらせるわけがないのがミシェルなのだ。国王はそれを忘れていた。

「きっと、皆、祝福してくれるでしょうね。ふふ。今夜の夜会がとぉっても楽しみだわ。ねえ？陛下。」

ただの機嫌のいいミシェルが同意を求めるだけの言葉のはずなのになぜか背中がぞわぞわする。こういう時はよくないことが起きるということを国王も、ミシェルの息子であるジョルジュもよく知っている。ただジョルジュは今回の件でやり玉にあがることはないはずだと安心しているためそれが余裕につながっている。

「そうだわ、陛下。私、王都に出てきたのは久しぶりのことでしょう？せっかくだから、いろいろと、やりたいこともあるし、しばらく王都の屋敷に残ろうと思っておりますの。
ジョルジュも長年陛下に仕えて、休暇をもらうこともなかったでしょう？いい機会だから領地に戻って様子を見てもらいたいと思ってますの。クリスティーナの婚約のこともあるし、ジョルジュも隣国に顔を出したほうが良いでしょう？しばらくジョルジュにお休みを頂きたいのですわ。問題ございませんわね？」

「え…っ！？そ、れは…」

「あら！？お優しい陛下が、娘の結婚のために親に何もさせないなんて言いませんわね？しかも長年陛下を支えてきた宰相のとって大切な幸せですもの。ねえ？ジョルジュ。」
「そうだね、母上。きっと陛下はお休みを下さる。安心して。」

「は、はは…。なるべく早く帰ってきて…ね…。」

国王は自分の机の上に高く積み重なった5つほどある書類の山を視野に入れて、ついため息を吐いた。

「ああ！あと、せっかくこちらに残るのだから、クリスティーナが大層お世話になったという、正妃様と側妃様のお二人にもぜひご挨拶したいと考えておりますの。領地で新たに作られた質のいい化粧品もお持ちしていますわ。きっとお二人には喜んでいただけるわ。お繋ぎいただけないでしょうか？」

「え…二人に…？あのそれは……。」

「ミシェル、さすがに無理ばかりを申してはいけないぞ。」

挨拶のために口を開いてから一度も口を開かなかった父が、母を諫めるフリをした。どうやら父は父で面白がっているようだとジョルジュはその様子を何も言わずに見ていた。

「まあ。旦那様？無理だなんて…お世話になったお礼をするだけですのに。まあ、すでにクリスティーナを通してお二人にお約束を頂戴しているの。楽しみだわ。陛下、もしご都合が合えばぜひお顔を出してくださいね？」

何かいろいろなものが失われた気がして、国王はソファからずり落ちていった。