原初のヒーロー

七星北斗

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ヒーローになるためには九

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 暮れ泥む空、現在の時刻は十七時半。

 一次審査を通過した彼方は、そのことを両親に早く伝えたくて、スマホを取り出したが思いとどまる。

 そういえば母さんには、不合格ならスマホでメールをするように言われていたな~。

 合格だと直接言われた方が嬉しいという。そういうものなのかな?

 全知全能の本部から一分歩いた先、バスの時刻表を確認する。

 十七時四五分に一本、まだ少し時間がある。

 バスが来るまでの間、最近ハマっている電子書籍、散々ヒーローのラノベでも読もう。

 うん、この展開は熱いな。

 そうして読み進めていると、風の音のような足音が微かに聞こえた。

 後ろを振り返れば、ウサギ柄の手袋に目を白い包帯で覆った二メートル近い男性が立っていた。

 誰っ!バス待ちだろうか?

「今晩は、今日はよい月が昇りそうだね」

「今晩は、月ですか!曇っていますが?」

 彼方の返答にカッカッカッっと男は細い笑い声をあげると、ニヤリと口の端を上げた。

「今日の風さんは、雲さんを急かしているから、きっと晴れるよ」

 変な人だと思った。だけど確かに今日は風が強いけど、上空の風の強さなんて分からないし。

「どうしてそんなことがわかるんですか?」

 つい僕は目の前の男に問いかけた。

「気の流れを感じるのと同じで、空気の流れを読んでいるからだよ」

 えっ!空気の流れ?

 僕の反応に男は愉快そうに頷く。

「ヒーローを志すなら、君もこのくらいのことはできるようにならないとね」

 なぜこの男は、僕がヒーローを目指していることを知っているんだ?

「君は今、なぜと思ったよね。答えは簡単だよ。今日このバスに乗るのは、受験生が殆どだからね」

 言われて気づいた。確かにその通りだ。今日は全知全能のヒーロー試験当日だ。そりゃあ、わかるよね。

「そんな君に私からアドバイスを一言、ヒーローになるために必要な助言をするね」

「助言?」
 
「そう助言、君がヒーローを目指す上で、私が気になったのは、君はとても大きな勘違いしていることだ」

「勘違い?」

 彼方は何のことだろうと頭を捻る。

「物事には、そうでなければならない理由もなければ、そうである必要はないよ」

「形にとらわれるなってことですか?」

 男は頷くと、ある話を語り始めた。

「あるトップヒーローの話をしよう。彼は他人が傷つくと悲しんで涙を流した」

「優しい方だったんですね」

「そう優しかった、そして泣き虫なヒーローだったよ」

「だけど泣き虫なヒーローはカッコ悪くないですか?」

「確かにカッコ悪く見えるかもしれないが、でも彼こそがナンバーワンヒーローだった」

 男はクックックと笑うと、彼方の考えることを肯定するように頷く。

「しかし、自分のためだけにヒーローを目指すのなら、ヒーローに向いていないよ」

 彼方は男の言葉に頷く。

「確かにそうかもしれません」

 ヒーローは誰かの痛みや悲しみを知って、その誰かのために痛みや悲しみを背負っていくんだ。

「だけどそれは理想論ですよね?」

「君にこうあるべきだと押し付けるつもりはないよ、しかし、そうやって守るべきものが増えていくんだ」

「守るべきもの……」

 僕だってたくさんの人を守りたい。だから僕はヒーローを志したんだ。

「だからこそヒーローは強くなれるんだよ」

 背負うものが増えるからこそ、ヒーローは想いを背負って強くなれる、僕はそう感じた。

「君はヒーローは特別な人間だと思っているね。ヒーローだって普通の人間だからさ、泣いてもいいんだ」

「貴方の言う、ナンバーワンヒーローとは誰ですか?」

「そうだね……原初のヒーロー、君はこの言葉の意味を考えるといい。その答えが君の正しさだ」

「原初のヒーローですか?」

 男はニッコリと笑う。

「おや、バスがきたね、お喋りが過ぎた。じゃあ、気をつけてお帰り」

 男の言葉の通りバスがきた。僕はモヤモヤしながら男に別れを告げるとバスに乗車した。

 初対面であるはずなのだが、どうして僕を知っているような口ぶりで、男は助言をしたのだろうか?

 バスが見えなくなるまで男は手を振っていた。窓から空を見上げると雲が晴れて、オレンジ色の太陽が沈む姿が見えた。
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