電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ

文字の大きさ
上 下
253 / 253
6章 第2部 レーシスの秘密

246話 アリスの答え

しおりを挟む
 夕日が沈みだし、荒れ果てた荒野がオレンジ色の光に包まれる。
 ここはエデンのクリフォトエリアのとある荒野地帯。そこに7歳のレイジとアリスの姿が。

「あー、つかれたー。アリス、オレたちもそろそろ現実に帰ろうぜ」

 ぐったりと大の字に寝ころびながら、アリスに声をかける。
 実はさっきまで狩猟兵団しゅりょうへいだんレイヴンのセンパイたちに、一日中みっちり鍛えてもらっていたという。
 そして特訓が終わり、彼らはよくがんばったとねぎらいの言葉をかけて、一足先に現実へと戻っていった。なのでこの場には、レイジとアリスの二人だけに。

「もう帰るのかしら? まだまだこっからでしょ」

 すると彼女はさぞ不思議そうに首をかしげてくる。

「おいおい、あれだけみんなにしごかれて、まだやるのかよ」
「あんなのまだ序の口じゃない。むしろ本番は好き勝手できる今からよ」
「それならもう少し休んでからでもよくないか?」
「いやよ、時間がもったいないわ。アタシは一分、一秒でも長くこの世界で暴れたいの!」

 アリスは両腰に手を当て、得意げに力説してくる。

「暴れたいか。アリスの闘争に対する執着心てほんとすごいよな。狂気じみてるというか、もうそれ以外なにもいらないってレベルだし」
「フフフ、レージ、わかってるじゃない。アタシにとって、闘争こそすべてといっても過言じゃないんだから!」

 アリスは子供らしい無邪気さいっぱいの笑顔を。

「どうしてそこまで?」
「そうね、アタシの心の中にはぽっかり穴が空いているの。そのせいか見て感じるものに色がなく、感動もなにもない。ただただ空虚で乾ききってしまっているわ。そんな心の穴を埋める唯一の手段が闘争なのよ。戦っているときだけアタシは生を実感でき、心を満たすことができる」

 彼女はむねをぎゅっと押さえ、自身の抱える問題を教えてくれる。

「でも残念なことに、それも一瞬だけ。この心の穴はよほど底なしらしく、すぐに埋めにいったものを呑み込んでしまう。しかもさらなる闘争を生の実感をと、飢えた獣のように渇望かつぼうしてくるの。それは強迫観念としてアタシをむしばみ、突き動かす。このことでタチが悪いのは、ほぼ四六時中鳴り響いて止まないことかしら。そのせいで心が休まることはないの」

 どこか疲れたように笑い、遠い目をするアリス。

「――そんな……」
「だからアタシはこの穴を埋めずにはいられないのよ。この胸の内から湧き出る、闘争の狂気がある限りね……」

 アリスは切実に自身の想いをつぶやいた。

「――闘争の狂気……。だからアリスはそんなふうに……」
「フフフ、そんなに心を痛める必要はないわよ。だってアタシはこの狂気を受け入れているんだもの。もう愛着がわいてるぐらいにね」

 心配するレイジに、アリスは満足げにうなづきだす。

「愛着って、それはなんでも受け入れ過ぎじゃないのか?」
「そうかしら? この狂気にしたがい行動すれば、胸がはずむような生を実感できるのよ! そのときの快感ときたら、病み付きどころの話じゃないわ! たとえ幾百、幾千、幾万回超えようとも、色あせない最高の刹那!」

 アリスは両手をかかげ、声高らかにまるで歌うかのごとくかたる。

「じゃあ、アリスはずっとその闘争の狂気に取りつかれたままでもいいのか?」
「当然じゃない! アタシには闘争さえあればいい。これからもずっとずっと戦場を駆けぬけ、闘争の生を謳歌おうかしていく! たとえその果てに破滅の未来しかなかったとしても、アタシは迷いなくその道を選ぶわ!」

 恋する乙女のごとくまぶしい笑顔で、一切の迷いなく答えるアリス。そんな彼女の瞳には狂気の色がおびていたといっていい。
 ここでレイジはさとってしまう。もうこの子は手遅れなほど、狂気にちてしまっているのだと。

(そんなの間違ってる。オレはアリスに……)

 ゆえにレイジは。




「はっ!?」

 目を覚ますと、見慣れた天井が目に飛び込んでくる。
 まだまだ夜中であり、カーテンの隙間から月の光が漏れていた。

(また懐かしい記憶を……。あのときオレは確か……)

 夢の内容は過去の出来事。あれはアリスと初めて会ってまだ間もないころ。彼女の抱える問題を聞き、レイジはある決心をしたのだ。

「あれ? アリスのやつがいない」

 そこでふと気づく。同じふとんの右隣で寝ていたアリスの姿が、見当たらないのだ。
 ちなみに左隣には幸せそうな表情で那由多が寝ていた。なぜこんなことになっているのか。本来ならレイジはソファーで。那由多とアリスはベッドと、ゆきが泊りに来ていたときに用意したふとんでそれぞれ寝てもらうつもりであった。というのも二人がレイジの隣で寝るのをめぐって言い争っており、仮に二人を片方に押し込んでもどうせこっそりこちらへもぐりこんでくるはず。なので先手をとりレイジは、一人分しかスペースのないソファーで寝ようと。すると那由多とアリスが結託し、レイジを無理やりふとんの方へと連行。結局、レイジを真ん中三人で同じふとんで寝るはめになったという。

「どこにもいない。もしかして」

 レイジはふとんから出て、ベランダへと向かう。
 するとそこには夜空の星々をぼーと眺めているアリスの姿が。

「おいおい、そんな恰好かっこうで寒くないのか?」

 なんと彼女は着替えておらず、ワイシャツ一枚だけの姿。一応春にはなったが、夜だとまだ肌寒い温度。さすがにその姿だと寒い気が。

「フフフ、少し肌寒いけど、今はこれぐらいがちょうどいいのよ。レージによってぬくもったこの心を、冷ますにはね」

 どこか自嘲気味に笑うアリス。

「冷ます?」
「あなたのそばにいると、この闘争の狂気に染まってどうしようもなくなってしまった心が安らぐの。まるで本来闘争でしか埋められない心の穴が、満たされていくかのように。とてもあたたかくて、気づけばいつも寄り添ってしまっている」

 アリスは胸をぎゅっと押さえながら、満ち足りたような表情を。

「それはいいことなんじゃないのか?」
「それがだめなのよ。この一年でどれだけアタシの中で、レージの存在がいかに大きいか気づいてしまった今、これ以上あなたのそばにいるのは危険なの。前にも言ったけど、アタシという存在がどんどんブレていってしまう」

 しかしそれもつかの間、彼女は肩を震わせながら深刻な表情で告白してくる。

「アタシはただ狂気にしたがい、闘争を続けられればいい。だってそのときこそこの空虚な心は生を実感できるもの! 全力で戦場を謳歌し、愚直なまでに次の戦場を求め続ける。どこまでもどこまでも、ただひたすらに。まだ見ぬ至高の戦場があると信じて。それがアリス・レイゼンベルトという少女の、ただ一つの願い」

 狂気の色を帯びた瞳で、自身の心からの渇望をつむぐアリス。

「考えてみなさい。今のレージがいるのは、カノンの理想を叶える道。その道は言ってしまえば、アタシが願う混沌こんとんの道とは真逆の世界なのよ。そこにいくらレージがいるからといって、おいそれいけるわけないじゃない。もしここであなたを優先してしまったら、アタシはもう完全にアタシでいられなくなってしまう。それはアリス・レイゼンベルトの根底を、願いをすべて裏切ることになるんだから……」

 今回の件はただアリスがレイジがいる場所へ来るという、単純な話ではないのだ。問題は目指すべき道。カノンが目指すのは人々の自由と安寧あんねい。それはアリスの求める闘争と混沌の世界とまるで真逆。そんなカノンのもとに来るということは、客観的に見て自身の闘争の想いを裏切るも同じ。こちらで戦えば戦うほどカノンの理想が近づき、アリスの望んだ闘争の道を否定していくことになるのだから。

「もしレージが昔みたいにアタシの目指す道についてきてくれるなら、共にある未来があったはず。でもこうなった以上、別々の道を進んだほうがきっといいのよ」

 アリスの目指す混沌の道へ一緒に堕ちるなら、これまで通り彼女といられただろう。アリスとしては闘争とレイジ、両方手に入る最高の結末になったに違いない。だがレイジがアリスを選ばず、対極のカノンを選んでしまったことで、その道は閉ざされてしまった結果に。

「――それって……」
「これが保留にしていた答えよ。アタシはあなたたちの誘いを断るわ。だからこの依頼が終われば、アタシたちは敵同士。戦場で思う存分に斬り合いましょう」

 アリスはレイジを見すえ、キッパリと言い切った。

「アリスは本当にそれでいいのか?」
「ええ、アタシはこれまで通り、闘争の日々を謳歌できるもの! それにレージの敵として、前みたいな胸踊る最高の闘争をこれから何度もくり広げることになるのよ! 今から楽しみで楽しみでしかたないわ!」

 彼女は両腕を広げ、無邪気な子供みたいにはしゃぐ。

「とはいえ確かにさみしくはあるけど、これもお互いのためよ。レージにしたって、これからもカノンの力になってあげたいならそのほうがいいはずだしね」

 アリスがレイジの顔を下からのぞき込み、はかなげにほほえんでくる。
 その姿はどこか悲痛げで、見ていられなかったといっていい。

「――アリス、おまえ……」
「フフフ、そういうわけだからこの依頼が終わるまではよろしくね。さあ、そろそろ眠りましょう。あまり起き過ぎていると、明日の活動に支障をきたしちゃうわ」
「アリス、待ってくれ」

 部屋の中に戻ろうとするアリスへ、このままではいけないと手を伸ばし呼び止めようと。

「ッ!?」

 しかしその手は途中で止まってしまった。
 なぜならそのときとある考えが脳裏に浮かんだのだ。それはせっかくたどり着いたカノンへの道が、アリスの手をとることで閉ざされてしまうのではないかという不安。それによりアリスを呼び止められなかったのだ。

「――オレは……」

 もはやどうすればいいかわからず、しばらくのあいだ立ち尽くすしかないレイジなのであった。



しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

スパークノークス

おもしろい!
お気に入りに登録しました~

解除
花雨
2021.08.09 花雨

お気に入り登録しました(^^)

解除

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――

EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。 そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。 そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。 そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。 そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。 果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。 未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する―― 注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。 注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。 注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。 注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

貞操逆転世界の男教師

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が世界初の男性教師として働く話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。