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6章 第1部 アリスの来訪

237話 アリスとアイギスへ

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 ここは街中にある広場の中で、木々が立ち並ぶのどかな通路。空は雲一つない快晴であり、見渡せば散歩中の人やベンチに座ってゆっくりしている人がちらほら見える。
 レイジとアリスはあれからすぐにマンションを出て、アイギスの事務所に向かっている途中だ。事務所の方には現在カノンと結月がいるらしく、アリスがついてくるのを快く了承してくれていた。
 ちなみに那由多は別件の仕事があるらしく、マンションを出てすぐに別行動をとっていた。

「――はぁ……、ヒイラギナユタのせいでムダに疲れたわ」

 アリスは肩をすくめて、大きなため息をこぼす。

「あれだけいがみ合ってたらな」

 レイジが逃げ出す前もかなり険悪なムードだったが、ウォードへの連絡を終えて戻ってみるとさらに白熱していたという。もはや言い争いから、戦いに発展しそうな一触即発の状態。あと一足遅ければ、二人の争いで今ごろ家の中はめちゃくちゃになっていたことだろう。

「もう、せっかくのレージとの朝が台無しよ。ほんと、なんなのかしらあの女は」

 アリスは腕を組みながら、いらだちげに悪態をつく。

「もしかしたら今後仲間になるかもしれない相手なんだから、もう少し仲良くできないのか?」
「そればっかりは、いくらレージの頼みでもムリよ。あの女とはまったくそりが合わないもの。しかもそれは性格とかの表面的な話だけじゃない。もっと根本的なところ。たとえるなら生まれながらの因縁とでもいいましょうか。とにかくアタシは柊那由多のあり方が気にくわない」

 首を横に振り、きっぱりと言い切るアリス。
 ここまで明言しているとなると、二人が仲良くなるのはもはや絶望的のようだ。

「ひどい言いようだな」
「たぶんヒイラギナユタに聞いても、きっと同じようなことを言うわよ。そして最後にこう行きつく。あの女にだけは、絶対レージを渡せないって」
「二人のみぞに、オレも関係してるのかよ」
「フフフ、しかもレージがいるのは、その渦中よ」
「おいおい、またとんでもない位置に放りこまれてるな」
「言ってしまえば、恋敵こいがたきと仲良くなんてできるかって話よ」

 アリスはふんっとそっぽを向きながら、言い放つ。

「そもそもレージはあの女のどこがいいのよ?」

 そして彼女はレイジにぐいっと詰め寄り、ジト目で問いただしてきた。

「――どこがって……、まあ、すごく頼りになるのは確かだぞ。実際超一流のエージェントだし、現実でもエデンでもチートレベルのサポートをしてくれる。だから那由多に任せておけば、なんとかなるだろっていう安心感はあるな」

 圧をかけられながらも、正直に答える。

「それに性格は少しあれで常に騒がしいけど、一緒にいて楽しくはある。悩んでくよくよしてるときとか、あの陽だまりのような明るさにどれだけ助けられたことか。あと、オレのことをよく見てて、いろいろ相談に乗ってくれたり、背中を押してくれたりもするしな。ほかにも……」

 気づけば自分でも驚くぐらい自然に、熱くかたっていたという。
 だがそこへ。

「もういいわ。あんな女の話なんて聞きたくない」
「ぐっ!?」

 そのことに関してアリスは面白くなかったらしく、レイジの脇腹わきばら小突こずいてきたのだ。

「聞いてきたのはアリスだろ?」
「だれもそんなマジな顔で話せなんて、言ってないわ」

 アリスは痛がるレイジを放って、スタスタと歩いていく。もはや機嫌が悪そうなのは明らかであった。

「それでアリス。最近元気でやってるのかよ?」

 そんな前を行く彼女を追いかけながらも、気になっていたことをたずねる。

「もしかしてボスがアタシのことについて、なにか言ったのかしら?」

 するとアリスがレイジの方を振り返り、険しい視線を向けてきた。

「――い、いや、そういうわけじゃ……」
「ふん、どっちでもいいけど、今のレージには関係ないでしょ」

 アリスはかみを払いながら、突き放すように主張を。

「あるに決まってるだろ。アリスはオレにとって戦友であり、大切な家族みたいなもんなんだからな」

 これには彼女の肩をつかみ、まっすぐに告げる。

「――戦友であり、大切な家族……」
「そうだ。これまでどれだけの時間、一緒にいたと思ってるんだよ」
「そうね、アタシたちはずっと一緒だった。子供のころは外に出るときも、食べるときも、寝る時だってそう。そして凄ウデのデュエルアバター使いになるため、一日中闘争に明け暮れていた」

 アリスはレイジの上着をつかみ、懐かしげにかたりだす。

「ははは、アリスは子供のころから強かったから、ついていくのにどれだけ苦労したことか」
「あら、その分、親切丁寧に指導してあげたじゃない」
「あれのどこが親切丁寧だ! 毎回なにも教えず、戦いの中から学べ的ないいかげんなのばっかだったろ! しかも訓練中手加減とかなしだし、スパルタにもほどがあったぞ!」

 優しげにほほえむアリスに、事実を突きつけ抗議を。

「そうだったかしら? でもそのおかげで強くなれたでしょ?」
「――まあ、否定はできないな」
「フフフ、あのころはお互い、ほんと無邪気だったわね。強くなっていくことに一喜一憂して、さらにウデを磨きあって。なんてほほえましい」

 言いくるめられていると、アリスがかつての日々を思い返しながら感慨かんがい深そうに笑う。

「ははは、普通の子供はみんなでワイワイ遊んでいる中、オレたちは剣を振るってたわけだ。そう考えると物騒きわまりない子供時代だな」
「いいじゃない、アタシたちらしくて! 訓練に明け暮れ、疲れて寝ころびながら見上げた夕暮れの空。今でも鮮明せんめいに覚えているわ。あの光景を思い返すたびに、むねに熱いものがこみあげてくる。アタシたちにとってまさに、黄金時代と呼べるものなのかしらね」

 アリスは瞳を閉じ、胸をギュっと押さえながらさぞいとおしそうに言葉をつむいだ。

「――アリス……」
「そして成長してからは、黒い双翼のやいばとして幾多の戦場で戦い続けた。つらい時も楽しい時も、背中を預け合いずっと共に。ええ、あのレイジと駆け抜けた闘争の日々は、どれも胸躍るかけがえのない時間だったわ。まるで夢のような、ほんといとおしくてたまらない……」
「ははは、今思い返してみると、オレたちずっと一緒だったな。振り返ればいつもそばにアリスがいたし」
「当然よ。レージの隣はアタシの特等席だもの!」

 レイジの顔を下からのぞき込み、得意げに笑うアリス。

「だからといって限度があるだろ。子供のころならまだべったりでもいいかもしれないが、成長したらさすがに……」

 アリスはただでさえ美人で、スタイル抜群の女の子。そんな彼女を思春期まっただ中のレイジが、意識せずにいられようか。一応煩悩ぼんのうを押し殺してはいるが、いつ間違いが起こってもおかしくない状況なのであった。

「イヤよ。レージのそばが、一番心が安らぐんだから。それにお互い困るものでもないでしょ?」
「イヤ、だいぶ困ってたが。アリスは女の子だし、こっちとしてはいろいろ気を使うところがだな。主に自制心の方で……」
「レージは気にしすぎなのよ。そもそもアタシ、あなたにならなにされてもいいんだから!」

 肩を落とすレイジに対し、彼女は意味ありげにウィンクを。

「そういう言葉でオレを惑わすの止めてくれ。うっかりタガが外れかねん」
「本心なんだから、別にいいのに」
「だからよけいにタチが悪いんだよ。まったく……」

 レイジの苦悩を察してくれないアリスに、肩をすくめるしかない。
 ただここで話の本筋がずれていることに気づき、再び話を戻すことに。

「それでさっきの質問の答えは?」
「やめましょう、この話は。久しぶりのレージとの時間なんだもの。重い話なんてごめんだわ。もっと堪能させてちょうだいな」

 するとアリスはレイジの胸板を指でなぞりながら、どこか痛々しげにほほえんでくる。

「――わかったよ……」

 彼女のことは心配だが、これ以上追及できる空気ではない。なのでおとなしく引き下がることにする。

「フフフ、ありがと。さあ、気を取り直して行きましょう。いつも通りのアタシたちでね!」
「ははは、そうだな」

 そして気持ちを切り替え、アリスの望む通りに接するレイジなのであった。

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