上 下
201 / 253
4章 第4部 それぞれの想い

196話 レイジの宣言

しおりを挟む
 陽が沈み辺りは完全に夜に。そして先ほどまで曇っていた空は次第に晴れていき、今では星々ときれいな月が顔をのぞかせていた。湖周辺は夜だが月明かりによって明るく、水面の方は青白い光をキラキラと反射している。さらに心地よい夜風が吹き抜け、今や先程の戦いが嘘のように静寂に包まれていた。そんな目を奪われるような幻想的な光景が広がる湖のほとりを、レイジとカノンと歩いていた。
 すでに冬華や美月、リネットたちは先にログアウトして現実へ。残されたレイジたちは、カノンの意向で少しゆっくりすることになったのである。

「これで外の世界でも、自由になれるんだね! えへへ、なんだかまだ実感がわかないんだよ!」

 カノンはまるで夢を見ているかのように、今の現実をかみしめる。
 というのも彼女はエデンだけでなく、リアルの世界でも自由になったのだ。すでに冬華が東條家当主と話を付け、カノンの監督権かんとくけんの件を引き受ける準備を整えてくれていたとのこと。なので序列二位側の時のように、もう隔離されることはないのであった。

「あれ? レージくん、難しい顔してどうしたのかな?」

 そんな晴れやかな気分になっているカノンであったが、レイジの曇った顔に気付きたずねてきた。

「いや、本当にこれでよかったのかと思ってさ」
「なにがなのかな?」
「カノンがオレの手をつかんだ話だ。オレはもうカノンの知ってる、昔の久遠くおんレイジじゃない。ここにいるのは闘争にまり、破壊することしかとりえのないけものだ。こんなオレじゃ騎士になるどころか、隣を歩くことさえ……」

 ここまで闘争にちたレイジでは、カノンの隣にいられやしない。先程の透戦で痛感させられた事実が、再びレイジの心を支配しているのだ。
 カノンの手をつかんだ時は、彼女の勢いと自分が望んでいたこともあり、思わず受け入れてしまった。だが冷静になった今、本当にこの選択が正しかったのかという疑問が。

「レージくん、くどいんだよ。さっきもいったよね?」
「いや、これはケジメの問題だ。修羅しゅらの道に堕ち、カノンの道を踏み外してしまったオレにそんな資格なんてなかったんだ。だからいくら一緒にいたくても、カノンの好意に甘えるわけにはいかない。オレはやっぱり距離をとって、キミの力になるべきだった……」

 やはりここでカノンの手をつかむのは、虫がよすぎる。
 久遠レイジはこれまでアリス・レイゼンベルトとの道を、ずっと進み続けてきたのだ。それはもはやカノン・アルスレインを、裏切り続けてきたといっても過言ではない。そんな自分にカノンの隣に立つ資格があるのか。いくら彼女が許してくれても、やはり納得しきれなかった。ゆえにレイジなりのケジメをつける必要があるのだ。

「くす、あはは!」

 そんなレイジのケジメに、カノンはおかしそうに笑いだす。

「なにがおかしいんだ?」
「だってレージくんはこれまで距離をとろうとする私に、ひたすら手を伸ばし続けてきたんだよ? なのに今度は私が、逃げようとするレージくんに手を伸ばしてる。えっへへ、いつの間にか立場が逆転してないかな?」

 カノンはレイジの顔をのぞき込みながら、ちょこんと首をかしげてくる。

「あれは騎士の話とか関係なく、カノンの力になりたかった想いゆえだ。隣にいられるのとは、また話が違う」

 確かに一緒にいたいという想いも少しはあったが、あの時の大前提はカノンの力になりたいというもの。なので今のレイジは間違っていないはず。

「レージくん、わがままだね。あれだけ私のこと振り回しておいて。なら、こっちもわがまま言わせてもらうんだよ」

 なかなか折れようとしないレイジに、カノンは両腰に手を当て不敵な笑みを向けてくる。そしてレイジに手を差し出し、心からの想いを告げようと。

「レージくん、一つ私のお願いを聞いてくれるかな? この願いは本来立場的に不可能だったし、なにより大切な人をいばらの道に巻き込むことになる。だからとっくの昔にあきらめ、夢見がちに想像することしかできなかったこと……」
「――それって……」
「レージくんと外の世界で、なにげない日々を過ごしたいという願いだよ。普通の同年代の子たちのように、一緒に学園に通って、放課後を過ごして、休日は遊んで! まあ、さすがに学生生活は難しいと思うから、外の世界をいろいろ見て回って満喫まんきつするとかかな! それだけでも私にとって幸せすぎる出来事! えへへ、想像するだけで笑みがこぼれちゃうほどだね!」

 カノンは目を輝かせ、自身の思い描く夢をかたる。そんな日々を過ごせればどれだけ幸せかと、満ち足りた笑顔で。

「――その攻め方、いろいろずるいくないか? そんなこと言われたら……」
「あれー、レージくんが学園の屋上でお願いしてきた時、私は立場上の葛藤かっとうとかもろもろ投げ捨てて、折れてあげたんだけどなー。それなのにレージくんは、聞き入れてくれないのかなー?」

 レイジの精一杯の反論に、カノンは上目遣いでいじわるそうな笑みを。
 彼女のいい分はあまりに正論すぎる。カノンのお願いは、レイジが十六夜いざよい学園の屋上でやった時とまったく同じ。ならばレイジも彼女のように折れなければ、不公平というものだろう。
 こうなってはもはや負けを認めるしかないようだ。

「――ああ、オレの負けだよ。そこまで言われたら、うなづくしかないさ」

 肩をすくめながら、降参の意を。

「えへへ、よろしい。レージくんは私をここまで連れてきて、本来かなうことのなかった夢を見せてくれたんだよ。それなのに今さら離れていくなんて、ひどすぎないかな。ちゃんとその気にさせた責任を、とってもらわないとね」

 するとカノンは後ろで手を組みながら、スタスタと歩いていく。そしてくるりとレイジの方を振り返り、かわいらしくウィンクしてきた。

「ははは、確かに。そういうことなら、なおさら聞きとどけないとな」
「うんうん、その通りなんだよ。だからはい、レージくん。難しいことは気にせず、私の手をとって」

 カノンは慈愛に満ちたほほえみを向け、そっと手を差し出してくる。
 その厚意こういにレイジがとった行動は。

「ありがとう、カノン。その厚意に甘えさせてもらうよ」
「え? レージくん!?」

 今起こった出来事に、カノンは顔を赤くめてあわわしだす。
 なぜならレイジが突然ひざまずいて、彼女の手をとったのだ。それはまるで九年前、カノンとちかいをわした時と同じ。まるで姫と騎士が主従しゅじゅうの関係を結ぶ時のように。

「カノン、改めて宣言させてくれ。オレはキミが許してくれる限り、そばにいるよ。そしてカノン・アルスレインの剣として、これからも戦い続ける。こんなオレじゃもう誓いを果たすことはできないけど、せめて力にはなってみせるから。――だからともに進もう」

 万感の想いを込めて、カノンに告げた。

「――うん、お願いなんだよ……」
「ああ、カノン・アルスレインの名にかけて、必ず……」

 つかんだ手にぎゅっと力を込め、久遠レイジの覚悟を示す。
 そして二人はしばらく見つめ合う形に。

「――そ、それはそうとレージくん、ああいうの不意打ちでやるのは反則なんだよ。思わずキュン死するところだったんだから!」

 レイジが立ち上がると、カノンが人差し指を立てながら恨みがましそうに詰め寄ってくる。

「ははは、わるいわるい。これだけはどうしても言っとかなきゃと思ってさ。じゃあ、戻るとするか。みんなにうまくいったことを報告しないとな」

 笑って受け流しながらも、カノンに手を差し出す。みんなが待ってるから、一緒に帰ろうという思いを込めて。

「うん、そうだね! 一緒に帰ろう!」

 するとカノンはなんの迷いもなく、レイジの手をぎゅっとつかんだ。そしてとびっきりの満面の笑顔でこたえてくれる。
 こうして二人は手をつないだままログアウトし、現実へと戻るのであった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

トモコパラドクス

武者走走九郎or大橋むつお
SF
姉と言うのは年上ときまったものですが、友子の場合はちょっと……かなり違います。

NPCが俺の嫁~リアルに連れ帰る為に攻略す~

ゆる弥
SF
親友に誘われたVRMMOゲーム現天獄《げんてんごく》というゲームの中で俺は運命の人を見つける。 それは現地人(NPC)だった。 その子にいい所を見せるべく活躍し、そして最終目標はゲームクリアの報酬による願い事をなんでも一つ叶えてくれるというもの。 「人が作ったVR空間のNPCと結婚なんて出来るわけねーだろ!?」 「誰が不可能だと決めたんだ!? 俺はネムさんと結婚すると決めた!」 こんなヤバいやつの話。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ヒトの世界にて

ぽぽたむ
SF
「Astronaut Peace Hope Seek……それが貴方(お主)の名前なのよ?(なんじゃろ?)」 西暦2132年、人々は道徳のタガが外れた戦争をしていた。 その時代の技術を全て集めたロボットが作られたがそのロボットは戦争に出ること無く封印された。 そのロボットが目覚めると世界は中世時代の様なファンタジーの世界になっており…… SFとファンタジー、その他諸々をごった煮にした冒険物語になります。 ありきたりだけどあまりに混ぜすぎた世界観でのお話です。 どうぞお楽しみ下さい。

鉄錆の女王機兵

荻原数馬
SF
戦車と一体化した四肢無き女王と、荒野に生きる鉄騎士の物語。 荒廃した世界。 暴走したDNA、ミュータントの跳梁跋扈する荒野。 恐るべき異形の化け物の前に、命は無残に散る。 ミュータントに攫われた少女は 闇の中で、赤く光る無数の目に囲まれ 絶望の中で食われ死ぬ定めにあった。 奇跡か、あるいはさらなる絶望の罠か。 死に場所を求めた男によって助け出されたが 美しき四肢は無残に食いちぎられた後である。 慈悲無き世界で二人に迫る、甘美なる死の誘惑。 その先に求めた生、災厄の箱に残ったものは 戦車と一体化し、戦い続ける宿命。 愛だけが、か細い未来を照らし出す。

【完結】勇者学園の異端児は強者ムーブをかましたい

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、pixivにも投稿中。 ※小説家になろうでは最新『勇者祭編』の中盤まで連載中。 ※アルファポリスでは『オスカーの帰郷編』まで公開し、完結表記にしています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...