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4章 第4部 それぞれの想い

192話 透戦 決着

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「――はぁ、はぁ、三式でもしとめられないなんてね……」

 とおるは胴体に受けた斬撃に手を当て、自己修復を。傷口をふさぐ。
 先程の極限三式きょくげんさんしき死閃絶刀しせんぜっとうのぶつかり合い。一時は拮抗きっこうしたものの、レイジに押し負ける形で吹き飛ばされたのだ。そして重い一撃を胴体にくらってしまったという。ただレイジの方にもギリギリ斬撃を当てられたため、なんとか痛み分けに持ち込むことができた。

(クッ!? さすがに極限のアビリティを使いすぎたか……。これ以上時間はかけられないね……)

 ふとよろめく身体を、むりやり立て直す。
 度重たびかさなる極限のアビリティの演算で、精神的疲労がピークに達していた。
 一式はまだ軽くていいのだが、二式からかなり複雑な演算をいられるのだ。そんな二式の状態で長時間戦闘を。しかもさらに上の三式まで使ってしまったのだから、無理もないだろう。実はこの三式、演算の難易度が一気に上がり透自身まだ使いこなせていない代物。使用時は二式のように常時はできず、一瞬だけ。すぐに二式へ戻さなければ、耐えられないという。

(スペックではこっちが圧倒してるのに、ここまでくらいついてくるとは……。さすがはレイジくんだね……)

 賞賛しょうさんせずにはいられない。
 これまで軍で戦ってきて、極限二式、さらには三式まで使って倒せない敵はそうそういなかったのだ。エデン協会ヴァーミリオンのアキラと戦った時にも思ったが、世界の広さを感じずにはいられない。

(それにしてもなんて苛烈かれつな攻撃だ。きっと幾多の戦場を駆けめぐり、数々の強者とやり合うことでみがいてきたんだろうね。まさにすべての理不尽をくつがえすといった破壊の剣。力だけを求め続けたがゆえに、なせる技か……)

 今のレイジは先程までと別人。剣さばき、反応速度、技のキレどれをとっても格段に上がっている。そしてなによりその戦い方だ。これまでは守りの方にも力を入れているようだったが、今はそのほとんどを捨てている。被弾覚悟の必要最小限の防御で、あとはすべて攻撃へ。相手を斬りせることに特化した、破壊の剣戟けんげき
 おそらくレイジは、透と真逆の道を選んだ人間なのだろう。守る力ではなく、破壊の力を求め続けた。それゆえいくら強力な守る力さえ、理不尽に食いやぶってくるのだ。

(――ボクは今度こそ、さきを守ってあげられる力を求め続けてきた。でももしすべてをかなぐり捨て、ただ彼女を取り戻すために力を求めていたら……。今ごろさらなる力を得て、手がとどくほどにいたれたかもしれない……)

 思わずもしもの未来を想像してしまう。
 軍に入って守る力を磨かず、ただ咲を取り戻すために力を求めていたら。相手はあまりに強大する組織。彼らにいどむとなると並大抵の力では、まず歯が立たない。ならば透は自分のすべてを捨て、修羅しゅらの道へと突き進んでいたはずだ。強者と幾度となく戦い、破壊の力をただひたすらに。そうなれば今ごろエデン財団上層部に届き、咲を取り戻せていたかもしれない。

「だけどもうボクにはこれしかないんだ! 咲やルナを守る剣としてあればいい!」

 そんなあったかもしれない未来を振り払い、己が答えをさけぶ。
 今さら後悔してももう遅い。如月きさらぎとおるは選んでここまで来てしまったのだ。ならばもうこの道をつらぬき通すほかない。この守る力で咲を取り戻すことを、再び決心する。

「この道が正しかったと証明するためにも、レイジくん、キミを倒してみせる!」

 そして透はあったかもしれない自分を倒すため、宣言とともにダガーをかまえた。






「この道が正しかったと証明するためか……」

 レイジは自己修復しながらも、透の宣言をかみしめる。
 すでにレイジはボロボロ。デュエルアバターのダメージはもちろん、精神的疲労も限界に近かった。

(ああ、その通りだ。だからもっと力を……。カノンとのちかいを全部かなぐり捨て、ただ破壊の剣を!)

 レイジは刀をにぎる手に力を込め、さっきから自分に言い聞かせていたことを反芻はんすうする。
 それは最後のアーネスト戦のよう。透というあったかもしれない自分に会ったことで、再び非情な現実を受け入れざるを得なかった。そのことがレイジを追い込み、カノンへの誓いの剣を嫌でも遠ざけていく。おかげで一時的に剣の迷いが消え、あの時のアーネスト戦の領域りょういきまで破壊の剣の力を発揮できているのだ。結果、極限二式状態の透と、ここまでやり合うことができたのである。

(そしてあったかもしれないオレを、透を倒せ。この力の方がカノンの力になれると証明するために!でないとオレは!)

 自身に喝を入れ、ふるい立たせる。
 もはやカノンとの誓いを果たせなくなったレイジに救いがあるとすれば、この道の方が彼女の力になれることを証明するしかない。それ以外にこの張り裂けそうなむねの痛みを、和らげる方法はないのだ。せめてもの贖罪しょくざいに、カノンの力になってみせろと。

「さあ、レイジくん、決着をつけよう!」
「望むところだ! いくぞ!」

 透は地を蹴り疾走。極限二式の状態で突撃を。
 対してレイジは刀をさやに入れ、迎え撃つ。

躊躇ちゅうちょなんてするな! 全力で手を伸ばせ! もうカノンの騎士になれないなら、せめて彼女の敵を振り払う剣になれ!)

 ふとアリスの姿が脳裏に浮かぶ。この破壊の剣は、彼女と共に歩むためにみがき続けた力だ。
 レイジはカノンへの想いをかき消し、自身の奥底にくすぶっていた力を呼び覚ます。そしてあふれ出る破壊衝動に身を任せ、もう一つのアビリティも起動した。

叢雲抜刀陰術むらくもばっとういんじゅつ黒炎こくえん二の型、斬空刃ざんくうじん!」

 レイジが放つ飛ぶ斬撃、斬空刃。しかしその真空の刃は先程と違い、すべてを飲み込む禍々まがまがしい黒い炎をまとっていた。
 そう、レイジはこの最終局面でなんと、災禍さいかの魔女である柊森羅ひいらぎしんらからもらったアビリティを使ったのだ。しかもアーネスト戦の時とは違い、抜刀ばっとうのアビリティと同時に。

「黒い炎の斬撃!? ッ!?」

 透はせまりくる黒炎をまとった斬空刃と、真っ向からぶつかる。
 しかし先程のようにはじけない。燃えさかる漆黒の炎は透を飲み込み焼き尽くそうと、その猛威で圧倒していっているのだ。それもそのはず今回は破壊することに特化した、消滅しょうめつという名の理不尽な力が加わっている。その威力はもはや通常時の斬空刃と比べものにならないほど。直撃すればたちまち致命打を与え、刈り取っていく代物であった。

「――うぉぉぉぉ! 三式!」

 しかし徐々に後ろに押されていく透であったが、極限のアビリティのギアを再び上げ三式に。そして死にもの狂いで、飛翔ひしょうする漆黒の閃光を斬り伏せる。
 結果、斬撃と同時に消滅をいざなう黒炎も四散する形に。

「ハッ!? やいば!?」

 そして透は驚愕する。なぜなら四散する黒炎にまぎれ、白銀の閃光が一直線に襲ってきたのだから。

「透! これで最後だ!」

 それはレイジが放った刀の刺突。透が黒炎三の型、斬空刃としのぎを削っている間に距離を詰め、とどめの一撃を繰り出していたのだ。
 もはや透は今の攻撃を防ぎ切ったことで、完全に無防備。ダガーも大振りしたため、ガードは間に合わない。またたく間に透の胴体へ吸い込まれていく。

「クッ!? そんな!?」

 そして刀は見事に透をつらぬいた。
 透は信じられないという表情で倒れていく。透もレイジと同じくすでに限界が近かったのだろう。あの極限のアビリティ。そのチートじみた性能ゆえ、演算による負担ふたんは相当のはず。そんな状態で重い一撃を受けたのだから、崩れ去るのは無理はない。
 透のひとみは徐々に閉じられ倒れていく。それと同時に極限のアビリティも解除されたようで、ほとばしる力強さも消えていった。
 しかし。

「――咲、ボクに力を!」
「なっ!?」

 勝ったと思ったその瞬間、透の瞳に再び光が。そして倒れ行く態勢を足で踏ん張り、ダガーを振るう。なんと透はこの土壇場どたんばで、息を吹き返したのだ。もう体力などないはずだが、ゆずれない想いが彼を動かしたのだろうか。最後の力を振りしぼり、ダガーをレイジへ。
 回避しようとするが、刀が透の胴体から抜けない。気付けば透が左手で刃の部分をにぎっていたのだ。

「グハッ!?」

 そのせいで後退が遅れてしまい、刃がレイジの腹をつらぬいた。
 痛みが走り、アバターとのリンクが一気に薄れ始める。だが強制ログアウトする直前で意識をギリギリつなぎ止める。

「わるいね、レイジくん。ボクの勝ちだ!」

 透もレイジと同じく、ギリギリでアバターとのリンクをつなぎ止めているはず。だというのにダガーを引き抜き、再び攻撃を。狙いはレイジの首元。斬撃を繰り出しやすいようにダガー持ち替え、思いっきり刺しに。
 今のレイジは必死にアバターとのリンクをつなぎ止めているため、回避行動は不可能。刀も今だ透に刺さっているので、引き抜きガードも不可。もはやなすすべもなくダガーの餌食えじきになってしまうだろう。

(――負けるのか……。カノンを外の世界へ連れていけず、この道が正しかったと証明できないまま……)

 非情な現実がレイジを襲う。
 結局今のレイジでは、カノンの力になれなかったのだ。一体どこで道を間違えてしまったのかと、後悔にさいなまれるしかない。
 後悔と共にカノンの後ろ姿が脳裏によぎり、意識がどんどん薄れていく。

(――ッ!? こんな結末認められるか! カノンとの誓いを破っておいて、そんなこと許されるはずがないだろ!)

 だが消える意識を、ゆずれない想いでふるい起こす。
 誓いを果たせなかったレイジにあるのは、もはや贖罪しょくざいしかない。騎士になれないのなら、せめて彼女に立ちはだかる敵を振り払う剣になるしかないと。その強い想いが、再びレイジを動かしたのだ。

「透、勝ち逃げはさせないぞ? せめて一緒にいってもらう!」
「ッ!?」

 いくら再起できたといっても、レイジが取れる選択肢はもうほとんどない。回避もガードも、攻撃に転じることさえ不可能。そして考える間もなく、とどめの一撃がせまってくる状況。そんな最悪の状況で逆転できるとすれば、もう一つしかなかった。
 レイジは持てる力を振りしぼり、前へ。体当たりするかのごとく、全力で跳躍ちょうやく。もちろん透に突き刺した刀に力を入れながらだ。
 結果、透のダガーは空振りに。とはいってもレイジの狙いはこれではない。なぜならこの最後の一手は、回避のためでなく透にとどめをさすためのものゆえ。

「まさか、自分ごと!?」

 透はレイジに体当たりされ、後ろに吹き飛ばされる形へ。その勢いはあまりに強く、このままいけば屋上から一緒に飛び降りるはめに。
 そう、レイジの狙いはこの屋上から、透ごと身投げすること。ようは道連れだ。このリンクをギリギリつなぎ止めている状況で、落下によるダメージはあまりに大きすぎる。結果、両者、強制ログアウトすると踏んだのだ。
 透はこのままではまずいと察したのか、すぐさま刀を引き抜こうと。そしてなんとか引き抜くことに成功するが、遅かった。なぜなら二人に足場はなく、すでに空中に投げ出されていたのだから。





 そして二人は高層ビルの屋上から落下。またたく間に地上へ落ちていく。
 ちょうど落下していったのは湖の方面。この高層ビルはすぐそばの巨大な湖に沈みかけている状態なのだ。そのため落ちた先は、湖となるだろう。だがこの高さから水面にぶつかれば、ほぼ確実に強制ログアウトするだろうから問題はなかった。

(――ああ、カノン、ゴメンな……。こんなどうしようもないやつで……)

 落下していく中、カノンへ謝るしかない。
 誓いを守れなかったこと。透しか倒せず、カノンを外の世界で自由にすることを確定できなかったこと。そんな様々な自分の不甲斐ふがいなさに。

(――カノン……?)

 意識が薄れ行く中、ふと上を見上げる。そこにはなんとカノンの姿が
 彼女はこちらに手を伸ばし、必死になにかをさけんでいた。

「レージくん!」
「ッ!?」

 初めはただ脳裏に浮かんだだけかと思ったが、カノンの声がはっきり聞こえて我に戻る。
 そう、これはレイジの空想などではなく本物。彼女は落下するレイジを助けようと、一緒に落ちながら手を伸ばしていたのだ。

「お願い! 手を伸ばして!」

 その差し出された手に、レイジは。


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