上 下
142 / 253
3章 第3部 鳥かごの中の少女

137話 透とルナ

しおりを挟む
 時刻は十一時ごろ。晴れ渡る空の下、如月きさらぎとおるは現実の十六夜いざよい市の街中を歩き、目的の場所へと向かっている途中。伊吹いぶきに連れられルナに会いに行ったのが一昨日であり、あれから二日が経過していた。

「執行機関に呼び出され一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなりそうでよかったよ。まあ、問題はここからどうエデン財団に近づくかだね」

 透は歩きながらも思考をめぐらせる。一昨日の生徒会室での一件を、ふと思いだしながらだ。

「ルナ・サージェンフォードに、長瀬伊吹か……。これからは彼女たちと行動を共にすることになるんだな……」

 彼女たちの名前をつぶやき、感慨深く思い返す。



 生徒会室でルナとの自己紹介がおわったあと、透は席にうながされ紅茶をご馳走ちそうしてもらっていた。

「透、紅茶の味はいかがでしょう?」
「うん、すごくおいしいよ、ルナ。ボクみたいな一般人には、もったいないぐらいの代物だね」

 どこか緊張したおもむきでたずねてくるルナに、心からの本音を口にする。
 それほどまでにルナが入れてくれた紅茶はおいしく、これまで飲んできた紅茶がかすむほど。感激せざるを得なかったといっていい。

「ふふ、お口に会ってよかったです。それ実は、私のお気に入りの茶葉なんですよ。今日は透のために急きょ用意して、張り切って入れさせてもらいました。ささ、お茶菓子の方も。そちらのハーブ入りのクッキーは、私の自信作なんです!」

 ルナは自慢の一杯をほめられたことで、ぱぁぁっと花が咲いたかのようにほほえむ。それからぐいぐいと、テーブルに置かれたお手製のお菓子を勧めてくれた。

「はは、なんだか恐れ多いほどもてなされて、恐縮きょうしゅくきわまりないというか……」

 まさかこれほどの歓迎を受けるとは思っていなかったため、頭の後ろを手をやりながら困惑ぎみに笑う。

「ふふ、お気になさらず。透にはいろいろ無理を言って来ていただいたんですから、これぐらいのもてなしはさせてもらわないと。あと力を貸してもらった借りはルナ・サージェンフォードの名にかけて、しっかり返させてもらいますよ。私のできる範囲であればなんでもしてみせるので、また考えておいてください」

 ルナは胸に手をやり、まっすぐに宣言してくれる。

「ルナ、そんな気を使わなくていいよ。ボクは軍人だ。ここに来たのも任務の一環としてだから、報酬なんてもらえない。もちろん見返りがないからといって、手を抜く気もないから安心してくれ」

 ここまで気遣ってくれるルナに、透は手で制しながらきちんと断りをいれておく。
 いくら執行機関がらみの異例の業務内容でも、これは軍の仕事と変わりはしない。ゆえに軍人である透は、ルナからの報酬を受け取るわけにはいかないのだ。
 だがルナもルナでこのままでは引き下がれないと主張を。

「それでは私の気が済みません。なにかおっしゃってもらわないと」
「――そんなこと言われても、困るんだけど……」
「なにかないんですか? お金でも、軍のポストでも」

 ぐいっと身を乗り出し、いろいろと案を出してくれるルナ。

「――な、なんなら私の専属のデュエルアバター使いとして雇っても……」

 それから彼女はどこかはずかしそうにうつむき、スカートのすそをぎゅっとにぎりしめる。そしてチラチラ透の顔を見ながら、おそるおそるとある案を。

「じゃあ、気が向いたらでいいから、また紅茶を入れてくれるかな。ルナの入れてくれる紅茶はすごくおいしいから、ぜひまた飲んでみたい」

 どれも魅力的な話ではあるが、さすがに受け取るわけにはいかない。なので気持ちだけみたいな感じの報酬内容を、提示した。実際この報酬は透にとって満足いくものゆえ、これからの業務内容がどれほど厳しかろうと釣り合うはず。いい落としどころであろう。

「――ふふっ、それなら喜んで! これから毎日ずっと、透のそばで紅茶を入れましょう。もちろん今だけじゃなく、大人になってもずっとですよ。覚悟してくださいね?」

 するとおかしそうに吹き出すルナ。そしていたずらっぽくほほえみ、有無も言わさない勢いで話を進めてきた。

「――いやいや、なにもそこまでしなくても!? というかそのニュアンスだといろいろ誤解を生みそうな!?」
「ふふ、冗談ですよ。――でも、無欲なのも困ったものですね。この件は無理やり透に送る形でいきましょう。まさか女の子からの贈り物を、無下むげになんてしませんよね? 透?」

 透のツッコミに対し、ルナは意味ありげにウィンクしてくる。

「――ま、まあ、そうだね……、――はは……。――ええと、ところで、ルナ。ボクたちどこかで会ったことはないかな? キミとはどうも初対面という気がしないんだ

 風向きがよくないみたいなので、頭をかきながら話を気になっていた別の方向へ。
 なぜかルナには初めて会ったという気がしないのだ。遠い昔に会ったことがあるみたいな、懐かしい想いがこみあげてくるのである。

「――え、ええと、たぶん気のせいではないかと……。透とは同じ十六夜学園生ですから、顔を見合わせることがあっても不思議ではありません。特に私の場合は生徒会長をしてますし、なおさらね、――あはは……」

 するとルナは目をそらしながら、どこか歯切れわるく答えてきた。

「勘違いか。ごめん、昔会った恩人の女の子に、声と雰囲気が似てる気がしたんだ。なんだか心から安心できるというか、身をすべてゆだねられるみたいな感じにさ」

 確かに彼女とは同じ十六夜学園生。なんどか顔を見合わせていてもおかしくはない。
 もしかすると六年前に助けてくれた少女が、ルナではないかと思ったが違ったようだ。というのもその少女とルナがどことなく似ていたのである。まるで昔の面影があるといっていいほどに。

「――と、透、なにやらすごいことをおっしゃってませんか……?  そのような感想を私に抱いたということなのでしょう? そ、その女の子本人……、ではないのですが、さすがにテレてしまいますよ」

 思わずこぼしてしまった本音に、ほおを染め手をもじもじさせるルナ。

「ごめん、ルナを困らせちゃったね」
「本当ですよ。まさか会ってそうそう、口説くどかれるとは……」
「ははは、その昔会った女の子じゃないとわかったから、つい気がゆるんで口をすべらせてしまったんだ。うん、今だから言えるけどあの子はすごくきれいな女の子だったのを、うっすらながら覚えてる。きっと成長したら超絶美少女になっていてもおかしくないなって、ずっと思っていたほどでね。そのボクの思い描いた理想像が、ちょうどキミとかさなったというか……。もちろんルナの方が、ボクの想像と比べ物にならないぐらいきれいなんだけどね」

 昔の記憶を振り返ったことで感慨深い気持ちになってしまい、ふと思ったことを口にしてしまう。如月透の本心を。

「――ああ、ここまであの子のことを気にかけるということは、やっぱりあれがボクの初恋だったのかな……。――って、なにを口走ってるんだボクは。どんだけ気がゆるんでいるんだよ……。はは、ルナにとってはつまらない話だろうし、忘れてくれ。――あれ、ルナ?」

 あらためてあれが初恋だったのではと、かつての気持ちを再確認してしまっていた。だがふと我に返る。まさか無意識に自身の想いを独白どくはくしてしまうとは。はずかしながらも、こんな話を聞かせてしまったことを彼女に謝るしかない。
 だがそこで異変に気付いた。

「~~~~!?」

 なんとルナが顔を真っ赤にしてうつむきながら、スカートのすそをぎゅっとにぎりしめていたのだ。まるでなにかをこらえているかのようにだ。 
 みずからの想いを告白してしまったため、透がはずかしくなるのはわかる。だがなぜか彼女の方が、透よりも取り乱しているのだろうか。

「――ええと……、ルナ、大丈夫かい?」
「――す、すみません、少しお時間を……。――はぁ、はぁ……、他の殿方とのがたにいくらほめられても取り乱さなかった私が、ここまで動揺するなんて……。というか透も透です。なぜここまでピンポインで、告白めいたことを? 私をもだえ殺す気ですか、この人は……」

 ルナは手で制しながら頼み込んだあと、ぶつぶつと聞こえないぐらいの声でつぶやきだす。透にうらめかしそうな視線を向けながらだ。

「よお、どうだ? 如月? ルナとはうまく話せているか?」

 この状況をどうすればと戸惑っていると、生徒会室の扉が開き伊吹が入ってきた。

「伊吹! ちょうどいいところに来てくれました!」

 ルナは救世主が現れたと、期待に満ちた声で彼女の名を呼ぶ。

「うん、なんだ? その助け船が来たみたいな感じは? ふむ、ルナの顔が少しばかり赤いな。もしかして如月、ルナを口説いたか? クク、気持ちはわからんでもないが、さすがに相手がサージェンフォード家次期当主様となると分が悪いぞ」

 伊吹はこの部屋で起こった状況を推測し、透に向けて同情めいた言葉を投げかける。

「なによりルナには初恋の相手がいるらしいんだ。いくら聞いてもくわしく教えてくれないんだが、どうやらまだ好きらしい。一応止めはしないが、勝ち目のない戦いになるだろうからあきらめることをお勧めするぞ。な、ルナ」
「へえ、そうだったんだ。ルナ、その初恋、みのるといいね」

 いくら大財閥のお嬢さまといっても、普通の女の子。初恋の相手を想い続ける健気さに感動し、彼女に応援の言葉を。

「――ふふ……、伊吹、透、いくら温厚な私でも、さすがに怒りますよ?」

 しかしルナはプルプルと震えながら、こちらの気も知らないでと怖い笑みを浮かべだす。
 彼女は笑っているはずなのだが、よくわからない恐怖を感じてしまっていた。

「おい、如月、どうなっている? あの笑み、ルナの奴キレかけ寸前だぞ」
「――こ、心当たりはないんだけど……」
「――ふふ……、もう、伊吹。いくらなんでも、そこまで怒ってませんよ?」

 ルナは伊吹ににっこりほほえみかける。もちろん怖い笑顔で圧をかけてだ。

「いや、笑顔がすでに怖いからな。クッ、ここはルナの怒りがしずまるまで、そっとしておいたほうがよさそうだ。如月、一時離脱するぞ!」
「そうなのかい? なんだかよくわからないけど、了解!」

 伊吹の指示にしたがい、透は彼女についていき生徒会室からさっと逃げるように出ていく。

「二人とも、話はおわってませんよ!」

 去り際にルナのやはり怒っているような声が。
 なにやら説教されそうな感じがするので、伊吹と止まらず逃走するのであった。
 これが一昨日のルナたちとの日常の風景という。 





「ははは、なんだか居心地がよさそうだから、当初の目的を忘れてしまいそうになるよ。でもこの先はさすがに気を引き締めていかないと。ルナたちの件と、エデン財団の件で忙しくなるんだから」

 思い出し笑いをしながらも、この先のことに思いをはせる。
 するとそうこうしているうちに目的の場所が見えてきた。

「と、目的地に着いたね。この喫茶店でエリーが待ってるはずだ。急ごう」

 そして透は待ち合わせの場所である少しさびれた喫茶店の中へと、入っていくのであった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

トモコパラドクス

武者走走九郎or大橋むつお
SF
姉と言うのは年上ときまったものですが、友子の場合はちょっと……かなり違います。

NPCが俺の嫁~リアルに連れ帰る為に攻略す~

ゆる弥
SF
親友に誘われたVRMMOゲーム現天獄《げんてんごく》というゲームの中で俺は運命の人を見つける。 それは現地人(NPC)だった。 その子にいい所を見せるべく活躍し、そして最終目標はゲームクリアの報酬による願い事をなんでも一つ叶えてくれるというもの。 「人が作ったVR空間のNPCと結婚なんて出来るわけねーだろ!?」 「誰が不可能だと決めたんだ!? 俺はネムさんと結婚すると決めた!」 こんなヤバいやつの話。

決戦の夜が明ける ~第3堡塁の側壁~

独立国家の作り方
SF
 ドグミス国連軍陣地に立て籠もり、全滅の危機にある島民と共に戦おうと、再上陸を果たした陸上自衛隊警備中隊は、条約軍との激戦を戦い抜き、遂には玉砕してしまいます。  今より少し先の未来、第3次世界大戦が終戦しても、世界は統一政府を樹立出来ていません。  南太平洋の小国をめぐり、新世界秩序は、新国連軍とS条約同盟軍との拮抗状態により、4度目の世界大戦を待逃れています。  そんな最中、ドグミス島で警備中隊を率いて戦った、旧陸上自衛隊1等陸尉 三枝啓一の弟、三枝龍二は、兄の志を継ぐべく「国防大学校」と名称が変更されたばかりの旧防衛大学校へと進みます。  しかし、その弟で三枝家三男、陸軍工科学校1学年の三枝昭三は、駆け落ち騒動の中で、共に協力してくれた同期生たちと、駐屯地の一部を占拠し、反乱を起こして徹底抗戦を宣言してしまいます。  龍二達防大学生たちは、そんな状況を打破すべく、駆け落ちの相手の父親、東京第1師団長 上条中将との交渉に挑みますが、関係者全員の軍籍剥奪を賭けた、訓練による決戦を申し出られるのです。  力を持たない学生や生徒達が、大人に対し、一歩に引くことなく戦いを挑んで行きますが、彼らの選択は、正しかったと世論が認めるでしょうか?  是非、ご一読ください。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ヒトの世界にて

ぽぽたむ
SF
「Astronaut Peace Hope Seek……それが貴方(お主)の名前なのよ?(なんじゃろ?)」 西暦2132年、人々は道徳のタガが外れた戦争をしていた。 その時代の技術を全て集めたロボットが作られたがそのロボットは戦争に出ること無く封印された。 そのロボットが目覚めると世界は中世時代の様なファンタジーの世界になっており…… SFとファンタジー、その他諸々をごった煮にした冒険物語になります。 ありきたりだけどあまりに混ぜすぎた世界観でのお話です。 どうぞお楽しみ下さい。

鉄錆の女王機兵

荻原数馬
SF
戦車と一体化した四肢無き女王と、荒野に生きる鉄騎士の物語。 荒廃した世界。 暴走したDNA、ミュータントの跳梁跋扈する荒野。 恐るべき異形の化け物の前に、命は無残に散る。 ミュータントに攫われた少女は 闇の中で、赤く光る無数の目に囲まれ 絶望の中で食われ死ぬ定めにあった。 奇跡か、あるいはさらなる絶望の罠か。 死に場所を求めた男によって助け出されたが 美しき四肢は無残に食いちぎられた後である。 慈悲無き世界で二人に迫る、甘美なる死の誘惑。 その先に求めた生、災厄の箱に残ったものは 戦車と一体化し、戦い続ける宿命。 愛だけが、か細い未来を照らし出す。

【完結】勇者学園の異端児は強者ムーブをかましたい

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、pixivにも投稿中。 ※小説家になろうでは最新『勇者祭編』の中盤まで連載中。 ※アルファポリスでは『オスカーの帰郷編』まで公開し、完結表記にしています。

処理中です...