電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ

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3章 第2部 姫の休日

136話 休日の終わり

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 レイジたちはあれからゆきたちと合流し、シティゾーンをあとに。そして今はアビスエリアにある十六夜市いざよいしの方へと来ていた。ただマナに関しては遠隔操作や人混みの疲れで、先に帰ったという。なのでカノンと結月とゆきを合わせた四人で行動を。

「ほんと、廃墟はいきょ風の構造を見慣れてきた身としては、このきれいな街並みに違和感を感じるな」
「クリフォトエリアは少し不気味で怖かったけど、この場所もある意味怖いよね。現実と変わらない街並みのせいで、自分以外みんないなくなってしまったみたいな孤独感が襲ってくるよ」

 レイジと結月は今目の前に広がる無人の街中の景色に、ふと感想をこぼす。
 クリフォトエリアはすべてが荒廃し物騒な雰囲気の構造にされているが、このアビスエリアはなにも手を付けずきれいなまま。現実と同じ街並みや自然が広がっているのだ。
 ちなみに調べてみると、アビスエリアはシステムや制約面で基本クリフォトエリアと変わらないらしい。アーカイブポイントやデュエルアバター関連、細かい設定など同じといってよかった。

「まあ、なにはともあれ今回の最終目的だった、アビスエリアに入る流れは確認できたな」

 なぜアビスエリアを訪れたのか。
 実はカノンには休日の中で、一つ確かめたいことがあったらしい。それはクリフォトエリアから、アビスエリアに向かうこと。今や革新派の起こした十六夜タワーの件で、アビスエリアが誰でも入れるようになってしまっている。なので実際どんな感じでこの場所に来れるのか、確認しに来たのだ。
 もちろん以前レイジと結月がファントムを連れ向かった時みたいに、アポルオンの権限は使わない。ここに来たのは、一般人がどうアビスエリアに入れるのか。よってその流れを体験するために、人々が普段使っているラインで来たのであった。その流れはクリフォトエリアの十六夜島へと、向かうところから始まる。ここはいわば入口。地下の最深部へ向かうためのラインがあるので、それを使いアビスエリアに入るのだ。今や十六夜タワーの件でアポルオンの権限がなくても入れるが、一つやらなければならないことが。それは毎回改ざんを使って、利用するための許可証を発行するというもの。これさえできればあとはアビスエリアのどこに出るかの座標を設定するだけで、向かえるらしい。
 今アビスエリアに向かうために改ざんの力がいるということで、新たなビジネスが。それは改ざんを使える者がアビスエリアに行きたい人間を送るサービス業。皆が皆、改ざんの力を使えるわけではないので、かなり利用客が多くもうかるらしい。彼らは常にクリフォトエリアの十六夜島で待機し、客が来るのを待っているとのこと。ちなみにレイジたちもそのサービスを利用して、アビスエリアに来たのであった。

「ゆき、アビスエリアについて、なにかおもしろい情報とか入ってたりしないか?」
「とくにないなぁ。ここでも狩猟兵団とエデン協会の争いが、勃発ぼっぱつしだしたぐらいー」
「まだ解放されてすぐだしな」
「ゆきちゃん、十六夜島周辺はどうなってるのかな?」
「アビスエリアの十六夜島かぁ。えっとぉ、解放された当初は大人気スポットだったらしいよぉ。入ることが叶わない謎の場所。なにかあると、みんな興味津々で押し寄せてきたとかぁ」

 クリフォトエリアの十六夜島が特別なら、アビスエリアの方もと思うのは不思議ではない。そして来てみたら中に入れず、十六夜島の最奥部分はブラックゾーンのきりにおおわれているのだ。見るからに怪しく、なにかあるのは確実。そんないかにも面白そうな場所に人が集まらないわけがない。

「でもそれも一時だけ。張り込んでもなにも動きはないし、電子のみちびき手が改ざんをいくら使おうとも侵入不可。結局アビスエリアの説明の件で、あの十六夜島が上位財閥専用の施設とわかりみんな興味を失ったらしいねぇ。今じゃ、よほどのモノ好きしかあの周辺にいないみたいだなぁ」
「それならアポルオンのこと、これ以上外に出回る心配はなさそうだね。ふぅ、よかったんだよ」

 カノンは安堵あんどの息をつく。
 もし今だ人々が興味を示していれば、様々な憶測おくそくが飛びかいいずれアポルオンの実態にたどり着く考えが広まる恐れも。だが一度納得してしまえば新たな憶測が生まれることもなく、今後あまり話題にもならないはず。なので革新派側がなにかしでかさない限り、アポルオンの実態が明るみに出ることはなさそうだ。

「で、くおんたちはこれからどうするのぉ? もしかしてあの十六夜島に向かうとかぁ?」

 ゆきは十六夜島のほうへ視線を向けながら、目を輝かせる。
 どうやら彼女はアビスエリアの十六夜島に行きたいらしい。あそこはアポルオンの中枢ちゅうすう的場所。中に入れば新発見があるかもと、期待しているようだ。

「ゆきちゃん、ごめんね。さすがにここから向かうのは、人目につくから無理なんだよ」

 今のレイジたちがアビスエリアの十六夜島に行くには、実際に橋を渡り人工島の方へ歩いて行くしかない。そこを目撃されれば、いろいろ面倒なことになりかねないのはもはや明白。ゆえに行くならアビスエリアに入る時、直接あの十六夜島内に座標移動するしかないのであった。

「ちぇー、わかったよぉ。じゃあ、アビスエリアならではということで、野良のらのガーディアンでも狩りにいくー? 一回あいつらのデータを、取ってみたかったんだよねぇ!」

 がっくり肩を落とすゆき。だがそれもつかの間、今度は十六夜市の街並みに手を向け、興奮気味に提案してきた。
 このアビスエリアにはクリフォトエリアと違う点の一つとして、野良のガーディアンが無限湧きしているとか。これはクリフォトエリア同様、アビスエリアの方にもなにかしらのリスクを負わすためにできた設定らしい。これにともない野良のガーディアンは見つけたものを、手当たりしだいに襲ってくるそうだ。今だレイジも彼らとは戦ったことがないため非常に興味深く、思わずその話に食いついてしまう。

「おっ、いいな、それ、面白そうだ」
「あのー、久遠くおんくん、乗り気なところわるいんだけど、今回カノンの休日だからあまり物騒なことは……、――あはは……」

 二人で乗り気になっていると、結月が手で制しながらお願いしてきた。

「結月、別に問題はないんだよ。たまにはデュエルアバター戦で暴れるのも、わるくないと思うしね!」

 するとカノンは両腕でガッツポーズして、ウィンクを。

「さすがカノンだ。話がわかるな。とはいえカノンって実際どれぐらい戦えるんだ?」

 これはかなり気になっていたこと。カノンはそのお姫様の雰囲気から、非力そうなイメージが。だが以前の巫女のの戦いで最後、カノンが剣を取り出し前へ出たところを見るにウデには自信があるようだ。一体アポルオンの巫女である彼女は、どれほどの力量を持っているのであろうか。

「そうだねー。世間一般でいう、SSランクぐらいの戦力にはなると思うんだけど」

 カノンはアゴに指を当てながら、小首をかしげる。

「あれ? もしかしてカノンって、オレより強いのか?」

 その予想外の答えに、もはや目を丸くしてしまう。
 レイジは狩猟兵団時代Sランクだったため、当然カノンの方が強いということになるのだから。

「えへへ、最近のお姫様は守ってもらうだけじゃなく、前線に出てみんなを導くこともできるんだよ!」

 カノンはレイジの顔ををのぞき込み、にっこりほほえんでくる。

「でもカノン。もうそんなに時間が残ってないんじゃ……」
「あー、もうこんな時間かー。確かにそろそろ戻らないとかも」

 時間を確認し、申しわけなさそうに目をふせるカノン。
 そんなガーディアンを倒しに行く流れであったが、カノンの自由時間がせまってきているらしい。

「じゃあ、ここで解散だなぁ。まなを待たせてもわるいし、ゆきもそろそろ戻るよぉ。また会おうねぇ、くおんたち」

 するとゆきは空気を呼んだのか、解散の意を示す。そしてログアウト設定をして、別れの言葉を。

「名残惜しいけど、私たちも帰ろっか」
「そうだな」

 ゆきに続き、レイジと結月も解散することに。

「あ、レージくん。最後に少しだけ、私に付き合ってくれるかな?」

 しかしカノンは最後、レイジの上着のそでをつかみ呼びとめてくるのであった。





 レイジとカノンは、十六夜市の海岸沿かいがんぞいにある広場に来ていた。
 視界の先には現実と変わらないような海と、十六夜島がそびえ立つのが見える。二人して少しの間海をながめていると、カノンがふとレイジの方を振り向いた。

「レージくん、もう、あまり時間がないから、さっそく本題に入るね。キミのアイギス除名の件、しばらく保留ほりゅうにさせてもらうんだよ」

 カノンはスカートのすそをぎゅっとにぎりしめながら、意を決したように伝えてきた。

「カノン、いいのか?」
「うん、ここまで来ていきなり追い返すのは、さすがにひどいもんね。そういうわけでもう少しだけ考えてみるよ。ただ私の答えが出るまで、レージくんは謹慎きんしん扱い。アイギスの業務に参加できないから」
「謹慎って、そこはカノンの答えが出るまで、アイギスで働かせてくれても」
「ダメなんだよ。私の言いつけを守れなかった悪い子には、罰を受けてもらわないとだもん。これが今の私にできる最大限の譲渡じょうと。大人しく受け入れるように」

 カノンはレイジの顔をのぞき込み、人差し指を立てながらたしなめてくる。

「――はぁ……、それにしても、我ながらなんて甘々な選択なんだろうね……。ここは心を鬼にして遠ざける場面なのに、レージくんへの未練みれんがそうさせてくれないなんて。そこまで私はキミのことを……」

 ほおに手を当て、自嘲ぎみにつぶやくカノン。そして瞳をうるませながら、レイジの方へ意味ありげな視線を向けてくる。

「なあ、カノンはなにも気にせず、オレを使ってくれればいいんだぞ。キミの力になる事がオレのしたいことなんだからさ!」

 そんない目を感じているせいか素直になれないカノンに対し、レイジはいてもたってもいられずみずからの想いを口に。

「はい、口説くどくのはおわりなんだよ。レージくんってば、どうしてそうも私をキュン死させるようなことばかり言うかなぁ。もう、心が揺さぶられ過ぎて、私情を優先しちゃいそうになるんだよ」

 しかしレイジの口元にカノンの指が当てられる。そして彼女はほおを染めながら、どこかうらめしそうに告げてきた。
 まったく口説いているつもりはないのだが、彼女にはそう聞こえるらしい。そのせいでこれ以上の説得ができなくなってしまう。

「いや、そんなつもりはまったく……」
「もぉ、いくらレージくんがそう思っていても、私にとっては殺し文句なの。だから天然さんはだまっていようねー」

 弁解べんかいこころみたが、口元に彼女の指が押し付けられ念押しされてしまう。

「はい、じゃあ、今度こそお別れだね。えへへ、今日は本当に楽しかったんだよ! またいっしょに外で遊ぼうね! バイバイ、レージくん!」

 そしてカノンは最後満ち足りたようにほほえみ、手を振りながら別れを告げてきた。
 こうしてお姫様との休日は幕を下ろすのであった。
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