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3章 第1部 姫のもとへ

121話 任務内容

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「そう、気を張らなくてもいいぞ。楽にしろ」
 伊吹いぶきは適当に空いている席に着き、足を組んで告げてくる。

「さすがにあのウワサの執行機関となると、気を抜くのは難しいですね」
「別に取って食おうなんて、思ってないんだがな。まったく、ここ最近の執行機関の嫌われようは相当のようだ。これだと軍との連携に支障が出てしまうから、早めに対策をらねばならんかもな」

 とおるの警戒に対し、伊吹は頭を抱えだす。
 現状軍の人間が執行機関に抱くイメージはあまりよくない。その感情が軋轢あつれきとなり、軍側がその力を十二分に発揮することは難しいかもしれない。

「長瀬さんでしたっけ。それで話とはなんでしょう?」
「伊吹でいいよ、如月きさらぎ。それと敬語はよせ。これから一緒に我らが姫様を守っていく仲間になるんだから、フランクに接しろ。自分が執行機関だからといって、意識するのもなしだ。変なわだかまりがあったら、この先致命的な隙を生みかねんしな」

 すると伊吹がやれやれと肩をすくめながら、気軽な感じで伝えてくる。

「少し驚きだね。伊吹の厳格そうなイメージから、軍でウワサされてるようなこちらを道具としか思ってないふうに扱ってくるだろうと身がまえてたんだけど、どうやら杞憂きゆうだったみたいだ」

 そんな伊吹の仲間発言に、軽く衝撃をおぼえた。
 前もって得ていた執行機関の情報と彼女の雰囲気から、こちらをかえりみずビシバシと命令し、こき使うタイプだと内心予想していたのだ。だが実際はただの道具としてではなく、信頼にあたいする仲間として扱ってくれている。もしかすると伊吹は案外柚葉みたいな、いい上司なのかもしれない。

「ふん、恐怖で無理やり縛り付け言うことを聞かせるなどいづれ限界がくるし、なにより最大現の力を引き出すのは叶わない。それなら信頼し合えるよう打ち解けたほうが関係も長続きし、こちらの力になってくれるはずだろ?」

 腕を組みながら、さぞ当然のようにかたる伊吹。

「確かに。ボクとしてもそちらの方が気兼きがねなく動けて、助かるよ」
「――だが、そうか。自分はどうしても、お堅く見えてしまっているようだ。これでは如月のように、相手を委縮いしゅくしてしまいかねないな。那由他の言う通り、少しばかり笑顔でも取り入れてみるべきか……」

 伊吹はアゴに手を当てて、なにやら深刻そうに思考しだす。

「うん、ぼくもその人の意見に賛成かな。伊吹は笑顔を浮かべていた方が、可愛くていい気かするよ」

 確かに常にぶっきらぼうそうな伊吹のことなので、笑顔を取り入れるのはいい案だろう。そうすればお堅い印象からくる、近付きがたい雰囲気がやわらぐはずだ。彼女自身かなりの美人なため、より魅力的な少女になるに違いない。

「クク、おい、如月。執行機関の自分に、ケンカを売るとはいい度胸どきょうだ。今すぐ権限を使って、ムショに放り込むよう手配してやろうか?」

 すると伊吹が立ち上がり、透の胸ぐらをつかんでくる。そして怖い笑みを浮かべ権力を振りかざしてきた。

「いやいや、さっきの立場関係なしにフランクにいこうという話は、どうなったんだい!?」
「おいおい、それとこれとは話が別だろ?」

 透のツッコミに対し、伊吹はニヤリと笑う。

「――なんて横暴おうぼうだ……」
「――まったくつまらん冗談はよせ。自分はそういう茶化した言葉はきらいなんだ」

 伊吹は手を放し、不服そうにそっぽを向く。
 どうやら透の本音をただからかっているだけだとしか、受け取ってくれなかったらしい。

「――冗談でもなんでも、ないんだけどね……」

 伊吹に聞かれればさらに不機嫌になるかもしれないので、彼女に聞こえないくらいの声でつぶやいておいた。

「では、雑談はここまでとして、さっそく任務内容の確認だ。如月には前言ったように、十六夜いざよい学園生徒会に入り、ルナ・サージェンフォードの騎士となってもらう。具体的には生徒会の雑務を手伝いながら、こちらがエデンで動く時に戦力として活躍してもらう形だ。それさえできれば後は自由にしてもらってかまわんぞ」

 そうこうしているうちに伊吹が本題に入りだす。

「エデンでの戦力の話はわかったけど、生徒会の仕事というのはなんだい?」

 透は軍の仕事であまり出席はしていないが、一応十六夜学園生。今は高等部一年であり、四月から高等部二年になるという。なので生徒会に入ることは可能であるのだが、さすがに疑問を抱かずにはいられなかった。

「――はぁ……、しかたないだろ。今生徒会は人手不足。自分とルナの二人だけしかいないから、もう猫の手でも借りたいほどなんだぞ」

 ため息交じり肩をすくめる伊吹。
 どうやらよほどまいっているらしい。

「だからボクに手伝えと?」
「そうだ。新しいメンバーが入ってこなければ、こちらから連れてくればいいだけの話。そういうことで戦力として連れてきた如月に、任務の一環と称し無理やり手伝わせることにしたんだよ。どうだ、なかなかいい案だと思わないか?」

 学園のことにはうとい透だが、生徒会のことについて耳にしたことがあったのを思い出す。なんでも今一年生が生徒会長を務め、二人だけで生徒会を回しているのだとか。実際入りたいという声もあるのだが、その生徒会長があまりにも身分が高いため恐れ多いとみな断念しているそうだ。
 そこで目を付けられてしまったのが透。軍人は上の命令は絶対。たとえそれがどんな内容であろうと、そうそう拒否することはできない。それが執行機関の命令ならなおさらである。もはや伊吹にとってはいいカモだったというわけだ。

「――ははは……、権力の横暴に振り回されてるボクの身から言わせてもらえば、迷惑な話だけどね……」
「本来この状況下なら生徒会の仕事などやっている暇はないが、生徒会長であるルナは妥協だきょうしない性格でな。いくら忙しくても与えられた責務をこなすと、聞き分けてくれん。ただでさえ保守ほしゅは派側のリーダーとして多忙なのに、生徒会の仕事まであったらさすがに身が持たんだろ。だから少しでも負担を減らしてやりたいんだ。許せ、如月」

 伊吹は透の肩に手を置き、申しわけなさそうに事情を説明する。
 彼女の言い分から推測するに、ルナという少女はとてつもない大役を任されてしまったということ。そこに生徒会の仕事まで入るとなると、負担はそうとうなものに。だから伊吹としては彼女の身を案じ、その重荷を軽くしてやりたいと願っている。そのため本来なら異例の任務内容だとしても、使わずに入られないのだ。真面目そうな伊吹のことなので、きっと心苦しさがあるに違いない。
 これも人助けと思って、その要請を受け入れることに。

「そういう事情ならしかたないかな。引き受けるよ」
「如月、助かる」
「ところで気になっていたんだけど、どうしてボクがお姫様の騎士みたいな大役を任されたんだい?」

 これはぜひとも事前に聞いておきたいことであった。
 伊吹は透が第三世代計画の被験者という事実を知っているのかどうか。これにより今後の透の立場と動きが、変わってきてしまうのだから。

「十六夜タワーの件での戦いぶりを見て、こいつは使えると思ってな。おまけに軍人ゆえ我ら執行機関の恐ろしさがわかっている分、動かしやすいだろうし」

 軍にいれば、執行機関に逆らえばどうなるかを身をもって知っている。さらにアポルオンというこの世界には政府より上があることを理解しているため、説明の手間もはぶけるというわけだ。

「もちろん如月透の人格面のことも考慮こうりょしているぞ。軍内部での仕事ぶりや、周りの人間からの評価といった事前調査などを踏まえてだ。いくら条件に合っても、サージェンフォード家次期当主であるルナに、粗相そそうを起こすようなら論外だからな」

 透より優秀な人間はいくらでもいただろう。だが今回は戦力のほかに、彼女のもとでしたがう騎士としての役目もある。そうなれば条件にあてはまる人材の幅もせばまり、ただの軍人である透が選ばれてもおかしくはなかった。

「これは余談だが、とくに新堂中尉からは興味深いことをいろいろ教えてもらえたぞ。小さいころのエピソードとかたくさんな、クク」

 伊吹は口元に手を当て、ニヤニヤと意地のわるい笑み浮かべてくる。
 おそらく柚葉が弟を自慢するかのようにしゃべりまくったのだろう。もはや頭を抱えたいい気分であった。

「――柚ねえ……」
「これで人選の件は納得したか? あのルナの騎士になるにふさわしいと認められたということなんだから光栄に思い、しっかり働けよ」

 伊吹が期待を込めたまなざしで、激励げきれいの言葉を投げかけてくる。
 今までの話の流れ的に、透が第三世代計画の被験者だったことは知らないらしい。ただ偶然、伊吹のお目にかなったということなのだろう。これなら多少は自由に動けるかもしれなかった。

「ハハハ、姫様の騎士だなんて、身に余る光栄だね。ボクみたいなただの軍人は、治安維持のためにレジスタンスたちと戦っていた方があっていると思うけど」
「軍の仕事の方がいいと?」
「ああ、状況が状況だからね。今のレジスタンスの動きは尋常じゃない。狩猟兵団との連携を見るからに、今後これまで以上に大きく打って出るはずだ。そんなやばい時に軍を離れるのは正直心苦しい。こんなボクでも、人々の平穏を守るために力になれるはずだから」

 お姫様の騎士という立ち位置は、名誉あることだと思う。だが透としては軍人として、今まで求めてきた守るための力を人々のために使いたい気持ちもあった。被験者だったころは、戦闘データのために数々の敵をエデンでほふってきた。ただ命令どおり標的を仕留めていく、殺戮さつりくマシーンとして。だが今は違う。あの時は力がおよばなかったが今度こそはと、妹を守る力をずっと軍で磨いてきたのだ。かつての破壊のための力でなく、誰かを守るための力をひたすらに。そうすればいづれ、妹の咲を守れるにいたるはずだと。

「クク、聞いた通りの正義感だな。それでこそルナの騎士にふさわしい」

 透のまっすぐな想いに、彼女は満足げにうなづく。自身の目に狂いはなかったといいたげに。

「一応、安心していいぞ。ルナひきいる保守派は、この今の世界の秩序ちつじょを守ることが使命。だからレジスタンスや狩猟兵団たちの好きにさせるわけにはいかない。よっておのずと、やることは同じになるということだ。しかも対局を見ているこちらの方が、軍より敵の核心に近づけるはずだぞ」

 伊吹は悪行許すまじと、信念のこもった瞳で告げてくる。
 どうやらこちらにいた方が、軍でいるよりも多くのモノを守ることができるらしい。彼女たちの戦う相手が、透たち軍と同じ世界の秩序を乱そうとするものたちならば、目的は重なる。それならばこちらにとって、わるい話ではないみたいだ。透としてはできればエデン財団のことも調べたいため、一石二鳥なのかもしれない。

「まあ、どう思おうが、今回の任務に拒否権はないがな」

 そして意味ありげにウィンクしてくる伊吹。
 そう、結局のところ彼女の言う通り、この件は執行機関の命令によるもの。そういうことなのでそもそもの話、透がどう思おうが選択肢はないのであった。

「心得ているよ。執行機関の命令は絶対だしね」
賢明けんめいな判断だ。アポルオンに刃向はむかえば、どんな末路まつろをたどるかわかったもんじゃないからな。では話がまとまったところで、行くとするか」
「どこにだい?」
「クク、決まっているだろ。我らが姫様のところにだよ」

 伊吹はおかしそうに笑い、さぞ当然のように目的地を告げてきた。



 連れてこられたのは十六夜学園生徒会室。そして伊吹にうながされ、部屋の中へと入る。広々とした部屋の中心に長テーブルが置かれ、奥のほうには生徒会長用の立派な机が。そんな各席やたなといった家具、機材などここにあるもどれもが一級品。給湯室まで完備され、もはや学園の生徒会室としては最上級の一室である。
 伊吹は透のあとに続いてこず、外で待っているようだ。まずは二人きりで、あいさつしてこいということなのだろう。
 室内には一人の綺麗な少女が、窓から外の景色をながめていた。その光景は彼女のあふれ出る高貴なオーラと美貌びぼうのため絵になり過ぎており、呼吸も忘れ思わず見とれてしまうほどである。
 ルナはとおるに気付いて振り返った。

「あっ」

 ルナは目を見開いて、なにやら抑えきれない感情を一瞬表に出す。だがそれもつかの、胸に手を当て物腰優雅ゆうがに自己紹介を。

「――如月透さんですね。このたびは協力要請ようせいおうじてもらい、ありがとうございます。私はサージェンフォード家次期当主、ルナ・サージェンフォード。ルナと気軽にお呼びください」
「わかった。じゃあ、ボクのことも透と呼んでくれ。これからはルナの力になれるよう、精一杯頑張るよ」

 彼女の言葉の雰囲気的にフランクに接した方がいい気がしたので、敬語なしで答える。

「ふふ、ありがとうございます

 するとどこかうれしそうにほほえむルナ。
 どうやらこの態度は正解だったようだ。

「では透、これからともに力を合わせ、この世界の秩序を守りましょう」

 そしてルナは手を差し出し、万感の思いを込めて告げてくるのであった。
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