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2章  第1部 十六夜学園

78話 革新派

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「ふふふふ、すべては逆なのよ。久遠くおんひいらぎ。あなたたちの言い方だと、革新派が自分たちの私利私欲のため戦いを引き起こしたように聞こえるけど、それがそもそもの間違い。なぜなら先に行動を起こそうとしたのは、保守派の方なのだから」

 シャロンはおかしそうに笑い、事の真相を告げてきた。
 今までは革新派が行動を起こしたのをきっかけに、今の一騎触発な状況が生まれたと思っていたが逆らしい。彼女の話によると、すべては保守派が先に手を出してきたと。

「保守派がだって……?」
「そう、序列二位を中心とするアポルオン最上位組が、エデン財団と手を組んで裏で動いてるの」
「ふむ、あのエデン財団とですか? 聞いた話によるとすでに白神コンシェルンの指揮下に入っておらず、違法じみた研究に手を出してるとかでしたよね」
「そうなったのも保守派のアプローチのせいね。結果、白神コンシェルンの実質的な指揮権が奪われ、あそこは保守派の研究機関になってしまった」

 まさかエデン財団が、保守派側に掌握しょうあくされていたとは。
 彼らはアポルオンの理想の実現をなにより重視する組織。かつてはセフィロトという世界を管理するためのシステムを作らせた前例から、今度もなにかスケールのでかいことをたくらんでいるのかもしれない。

「じゃあ、保守派はエデン財団の技術力を使って、なにかをやらせてるってことなのか……」
「それだけじゃないわ。あの電子の導き手SSランクのトップ、アンノウンをも味方につけてるんだから」
「――あの伝説のアンノウンさえも味方って……」

 保守派の恐ろしい行動に、思わず乾いた笑みを浮かべてしまう。。
 ゆきの言う通り、都市伝説ではなく本当に実在していたようだ。正体不明で誰も見たことがないらしいが、その腕は本物。ほかの電子の導き手の追随ついずいを許さない技量を持つとかなんとか。そんな大物さえも味方につけ、保守派はなにをやろうとしているのだろうか。

「……やっぱり、あの人がまた動いてたんですね……」

 ふと那由他が目をふせ、ぽつりとつぶやく。
 まるでアンノウンと面識があるような口振り。彼女の表情を見るに、酷く思い詰めている雰囲気が伝わってくる。他者から見たら気付けないかもしれないが、この一年那由他と行動を共にしてきたレイジにはわかるのだ。

「那由他、どうした?」
「え? あ、あはは……、なんでもありませんよー。少し気になったことがあっただけで……」

 那由他は我に返り、誤魔化すような笑みを。
 雰囲気的になんでもないようには見えなかったので、もう少しくわしく聞こうとするとシャロンが話を進めだす。

「今やアンノウンはエデン財団のトップとして、特別な研究を指示してるそうよ。おそらくそれが保守派のオーダー。彼らを使ってまで計画するとてつもないなにか……」
「シャロンさん、その件に関して革新派は情報を得ているんでしょうか?」
「あまりうまくいってないわ。なんとか保守派のデータを手に入れようと動いてるのだけど、そう簡単に尻尾しっぽをつかませてくれないのよ。機密事項な分、普通に見つかるアーカイブポイントにはないだろうし」

 シャロンは歯痒はがゆそうに、現状の状況を説明してくれる。
 この場合エデン財団や序列二位であるサージェンフォードのアーカイブポイントといった場所に、保守派の計画が入ったデータを入れられない。なぜならアーカイブスフィアの類に触れてしまえば誰でも中のデータに干渉できてしまうため、計画を知る者以外入れない場所が前提なのだ。
 それゆえ手掛かりがない分、保守派側のアーカイブポイントを見つけ出すのは非常に困難。もし襲われデータが相手側に渡ってしまうと、最悪計画そのものが破たんする。よって防衛はもちろん、隠ぺい工作やメモリースフィアによるバックアップ作業も相当念入りにしているはず。

「ただ森羅しんらの予想では、パラダイムリベリオンのようなことを起こそうとしてるらしいわ。セフィロトを思うがままに制御し、保守派の理想を完璧に実現するみたいなことを」
「セフィロトを制御とかヤバすぎるでしょ。そんなことされたら……」
「非常にマズイ事態になると思うわ。革新派の連中は序列一位である初代アルスレインの思想に教信的なの。個人の幸せなど関係なく、ただ人類存続こそが正義と信じて疑わない。その実現のためなら、セフィロトを使って人々を完全な歯車にしても、なんら不思議じゃないわ。もちろんアポルオンメンバーもさえも……。ええ、あの現序列二位当主なら間違いなくやるわね……」

 忌々しげな瞳で、自体の深刻さをかたるシャロン。 
 確信があるのか、彼女の言葉にはかなり現実味が帯びていた。

「そうなるとあたしたちもだまってられないの。だってアポルオンメンバーは全員が全員、同じ思想を抱いてるわけじゃない。中には世界を支配した暁の恩恵ほしさに、アポルオンへ加わった者も大勢いる。そんな者たちから見れば、迷惑きわまりない話。さすがに付き合ってられないわ」

 シャロンはため息交じりに肩をすくめる。
 どうやらアポルオンメンバーは全員同じ考えを持って、行動しているわけではないらしい。人類存続の理想のため
奮闘する者たちがいるのに対し、自分たちの利益のためアポルオンに協力する者たちもいるということ。たとえアポルオンの思想に興味がなくても、一度入ってしまえば甘い蜜を吸えるため、その場を取りつくろう者たちが大勢いたに違いない。そんな彼らだからこそ、アポルオンの完全な理想の実現をよく思わないのも当然。自分たちはただ利益を求め続けたいだけなのだから。

「第一この件は不満がどうこうというよりも、アポルオンメンバーでいられなくなるってことが問題ね。もう、世界の支配までいったアポルオンに、アタシたちみたいな者はいらない。ただでさえ私利私欲に集まってきた者も多いのだから、ここらあたりで切るでしょう。残るのは思想を共にする、最上位序列だけでいいと」

 セフィロトを制御下に置いた保守派としては、不純な動機を持つ者たちをいつまでも放っておくはずがない。結果アポルオンは一新され、今まで権力を守ってくれていた序列そのものを失うことに。さすがにそうなってしまってはもう完全に手出しができなくなってしまうため、保守派が計画を進める前に止めたいという話なのだろう。

「革新派が動きだした背景は理解しました。確かにだまって見過ごせる案件ではないですねー」
「――保守派の計画か……。ルナさん、そんなやばそうなことを考えてるふうには、見えなかったんだが……」

 ただレイジとしては少しに落ちなかった。
 ルナと話したが、なにかをたくらんでいる感じはしなかったのだ。アポルオンの秩序を守るため、革新派の計画を阻止してみせるという純粋な正義感が伝わるだけで。

「おそらくルナ・サージェンフォードは知らされてなかったのだろう。あの計画の極秘扱いレベルは相当。情報漏えいを防ぐため、保守派を束ねる各最上位序列の当主たちと、エデン財団の上層部しか知らされてないはずだ」

 するとアーネストがアゴに手を当て、補足してくれる。

「そういうわけだから保守派を野放しになんてできない。向こうの計画が完成する前に潰すわ。この話はもちろんアポルオンの巫女にも関係してくるはずだから、手を取り合うべきじゃない? 裏でこそこそ野望をたくらむ保守派が悪で、革新派が正義。となればどちらに協力するべきかはわかるわよね?」   

 シャロンは大義名分を掲げ、意味ありげに問うてくる。
 そんな彼女の誘いに、那由他がくだした決断は。

「シャロンさん、だとしてもこちらの返答は変わりませんよ」
「そう」
「はい、その話がすべて事実なら、革新派としては保守派の計画を止めるだけで終わらないはず」

 那由他はシャロンを見すえて、この件に関しての決め手を言い放つ。
 保守派の計画を止めるまではいいが、それ以降の革新派の動きについて。

「ふふふふ、ま、そうなるわよね。ええ、もし保守派がセフィロトを制御する研究を進めていたなら、あたしたちはそれを奪うわ。ね、アーネスト」

 図星なのかシャロンは観念したというような笑みで、革新派のその後の狙いを暴露してきた。

「その通りだ。計画を阻止したとしても、いつかまた保守派が再び息を吹き返すはず。そんな危ない連中を放置などできない。ゆえに革新派がセフィロトを制御し、まずは完全に保守派を潰す。そしてあわよくば、この管理されたアポルオンの世界を変革する。力ある者が制限など受けず、自由に上へいける世界をな」
 話を振られたアーネストも、強い信念をもってかたりだす。
 正規のやり方ではいくらクーデターを実行しても、保守派を潰すことができない。だが彼らを完全に切り離すことが可能な方法があるのだ。そう、保守派が革新派たちにやろうとしたことをそのまま返せばいいのだから。しかもセフィロトを制御できれば、これまでのアポルオンの世界に付き合わなくてすむ。そうなれば利益を求める者たちのためのアポルオンを、作り変えるのも可能であった。ゆえに革新派と組んで、彼らを勝たせるわけにはいかないのだ。

「とは言っても、一応この話はできたらいい程度。革新派は保守派の計画を潰すことが、一番の目的と思ってちょうだい。そのために準備は欠かさずにやってきたつもり。エデン財団の調査はもちろん、より多くのアポルオンメンバーをこちら側に引き入れ、あのアラン側とまで手を組んだ。ふふふふ、その中でも一番は狩猟兵団を実現にこぎつけ、データを奪い合うのを当たり前にしてやったことかしら」
「え? 狩猟兵団ってまさか……」

 さぞ愉快げに告げてくるシャロンに、目を丸くしながら問いかけるしかない。

「ふふふふ、革新派が保守派に対抗するために作らせた社会システム。でないとあんなやばいもの、世界中で認められるわけないでしょ?」
「すべてはアポルオンの権力でごり押しだ。幸いなことにあまり保守派も反対してこなかったので、そこまで苦労はしなかったな」

 どうやら狩猟兵団というシステムは、アポルオンの絶対的権力で生まれたものらしい。ハッカーみたいな者たちがビジネスとして認められるのは本来あり得ない。だがいくら政府側が否定しようとも、その上の位置にいる者たちの判断には従うしかなかったというわけだ。
 確かにこの狩猟兵団ならば、保守派を倒す戦力としては申し分ない。傭兵みたいなものゆえ金さえあればいくらでも戦力を用意でき、手駒として好きに使える。もはや保守派のデータを奪うのに、これほど適した者たちはいないだろう。

「――さて、一通り話は済んだわね。交渉は決裂したけど、あなたたちが保守派に不信感を抱いてくれただけで、十分成果はあった。あとはアポルオンの巫女がどういう立場をとるかだけね、ふふふふ」

 シャロンは満足した様子で、意味ありげにほくそ笑む。
 すべては自身の手のひらの上とでもいいたげに、なにやら策略めいたことを考えているみたいだ。おそらく彼女を敵に回してしまうと、後々厄介なことになるに違いなかった。

「じゃあ、これで解散と言いたいところだけど柊、少しいいかしら。二人だけで少し内密な話をしたいの」

 シャロンは立ち上がりながら、那由多に目くばせする。
 内密ということなので、この場で話せない案件があるのだろうか。

「わたしとですか?」

 自身を指さしながら、首をかしげる那由多。

「ええ、久遠、柊を借りていくわよ。代わりにアーネストをあげるから」
「シャロン、なにを勝手に決めている?」
「別にいいでしょう。久遠も十六夜学園生。なら先輩のアーネストが面倒を見てやりなさい」

 シャロンは反論するアーネストの肩に手を置き、軽く言い聞かせる。

「それじゃあ、行きましょう、柊」
「はーい! わっかりましたー!」

 こうして那由他とシャロンは部屋を出ていってしまう。

「――ふむ、これから、どうしたものか……」
「ははは、どうしましょうか」

 突然取り残されたレイジとアーネストは、もはや途方に暮れるしかなかった。
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