上 下
80 / 253
2章  第1部 十六夜学園

76話 那由他と夜の学園

しおりを挟む
 レイジと那由他がいるのは十六夜いざよい学園の校舎内。中にはもう誰もおらず静まり返っており、二人の足音がコツンコツンと響き渡っている。それもそのはず現在の時刻は夜中。生徒はもちろん、教員まで帰った学園に誰もいるはずがない。いるとしたら警備員ぐらいだが、今回はいないそうだ。なんでも人払いのため、断ったとかなんとか。
 校舎内は電気がついていなかったが、差し込む月明かりにより案外明るい。淡い青色の光がいい感じに周囲を照らし、どこか神秘的な雰囲気をただよわせていた。

(革新派との会合……。罠かもしれないが、今の状況的に行くしかないよな……)

 なぜレイジたちがこんな夜中に学園へ来ているのかというと、呼び出されたから。アポルオンの巫女派のアイギスと今後について話がしたいと。しかもその相手はなんと、例の革新派のメンバー。なのでさすがに無視するわけにもいかず、情報を得るため那由他と共に指定された場所へ向かっている最中なのであった。

(――とはいっても、まずはこっちをどうにかしないと……)

 レイジはさっきから頭を痛める原因を作っている那由他の方を見る。
 彼女はこれから起こるであろう緊迫した状況を前にまったくおくせず、いつもと同じ。いや、それ以上のハイテンション。もはやスキップでもしそうな勢いで、夜の学園を楽しんでいた。

「ラーラーラー♪ かわいい、かわいい那由他ちゃんはー♪、レイジの嫁ー♪、二人でどこまでもー♪」

 謎の歌を口にしながら、はずむ足取りで進む那由他。
 少し前まではなんとかツッコミをこらえて放っておいたが、これ以上は無理だろう。なのでレイジはあきれながらも注意する。

「おーい、さっきからかまったら負けだと思って注意しなかったが、さすがに限界だぞ。なんて歌を口ずさんでるんだ?」
「なにって? ふっふっふっ! 那由他ちゃんとレイジのラブソングに決まってるじゃないですかー!」

 那由多はくるりと振り返り、とびっきりの笑顔でウィンクしてくる。

「――ラブソングって……。――はぁ……、いつもハチャメチャだが、今日は一段と変な方向に飛ばしてるな……」
「あはは、だって夜の学園なんですよ! これがテンション上がらずにどうするんですかー! ここから起こるイベントは数知れず、男女の距離を縮めるものばかり! 那由他ちゃんにとって、まさにチャンスタイム! なので!」

 頭を抱えていると、那由多が胸元近くで両腕をブンブン振りながらはしゃぎだす。

「はっ、嫌な予感……」

 そんな彼女の不穏な言葉に思わずあとずさろうとする。
 こういう時の那由多はまず間違いなく行動を起こす。ゆえに逃げるべきだと動いたのだが。

「キャー! レイジ! 那由他ちゃん怖いー!」

 那由他は少しわざとらしい悲鳴をあげて、レイジの腕にギュッと抱きついてきた。
 相手は執行機関のエージェント。その身のこなしはすさまじく、すぐさま彼女につかまってしまった。それにより女の子特有の甘い香りと、むにっとマシュマロみたいなやわらかい感触が襲ってくる。

「やはりそうくるか!? 離せ!」

 このままではまずいと、動揺しながらもなんとか那由他を引き離す。

「怖がってる女の子にひどいじゃないですかー! ここは安心させるためにも、手をつないであげる場面! ささ、お手を那由他ちゃんに!」

 するとほおを膨らませ、うったえてくる那由多。そして手を差し出し、甘えた口調でねだってきた。
 しかし怖がっていないのが明白なため、すぐさま正論を言い放つ。

「あのな、全然怖がってないだろ。そもそも那由他はお化けとか怖がる性格じゃないし」
「や、やだなー、そんなわけないですってばー!? ほら、人は見かけによらないといいますし、こんなかわいらしい弱点を持っていてもおかしくありません!」

 那由多は両ほおに指を当て、かわいらしくほほえんでくる。ただその笑みは少しひきつっていた。
 もはや図星なのが丸わかりである。

「ないない。というかむしろ、お化けの方があんたを怖がりそうだぞ。ははは」
「ぶー、失礼なー! こんないたいけな女の子に向かって、デリカシーがなさすぎです!」

 腹を抱えて笑っていると、那由多がほおに手を当てわざとらしく泣き崩れだす。

「……なあ、那由他。今までだまっていたが、オレには霊感があるんだ。だから今、那由他の後ろに子供の霊がいるのも見えていてな……」

 そんななかなか認めようとしない那由多に、彼女の後ろを指さしながら深刻そうに告げた。

「はぁ? レイジ、なに言ってるんですか? 霊なんてこの世にいるはずがない。どうせ錯覚ですよ、錯覚! あはは!」

 するとばかばかしいと笑い飛ばしてくる那由多。

「おい、さっきの会話の流れからして、ここは怖がって抱き付きにくるところだろ?」
「ハッ、しまった!? キャー、レイジ、怖いー!」

 那由他はハッと我に返り、怖がる演技をしながら再び抱き付こうと。
 そんな彼女を今度はとらえ、頭に軽いチョップをくらわす。

「遅いわ!」
「――むむむ、那由他ちゃん一生の不覚ふかく……。ええい! 怖がる乙女(おとめ)作戦失敗! ならば次は! レイジ! わたし疲れてきちゃいました! だから保健室でお休みしましょうよー! あそこならベッドがありますし!」

 涙目で被弾箇所を押さえる那由多。しかし彼女はすぐさま気を取り直し、懲りずに別のアプローチで攻めだす。
 レイジとしてはかまうとまた話がめんどうになるので、彼女を放って歩みを進めた。

「なんたって今は誰もいない! つまりなにをしてもオッケー! もう存分にイチャイチャを! あ、もしかしてレイジは教室でいけないことをしちゃいたい派ですか? 那由他ちゃんはどっちでもいいですからねー! ――あ、あれレイジは? ハッ、待ってくださいってばー」

 那由多は両ほおに手を当て、キャッキャッと一人で盛り上がり始める。だがすぐにレイジがいないことに気づき、こちらに手を伸ばしながら駆け寄ってきた。

「――はぁ……、まったく……。なんで那由他はこうなってしまったんだ? アイギスに入ってすぐの頃はもっと普通の……、いや、ただのイタイ奴だっただろ?」

 天をあおぎみながら、ため息をつくしかない。
 アイギスに入ってすぐの頃、彼女はさわがしくはあったがこんな猛アピールをしてくることはなかった。少し問題はあったものの普通に同僚としての関係で、色恋沙汰ざたほとんどない。だがいつからか急にこんな感じで、せまってきたのである。

「あはは……、あのー、レイジ。そろそろわたしをイタイ子呼ばわりするの、止めてもらえます? さすがに怒っちゃいますよ?」

 そんなことを考えていると、那由他がレイジの肩を後ろからがっしりつかみ、引きつった笑みで抗議してきた。
 なので振り返りながらも、さぞ当然に告げてやる。

「いや、ほんとのことだし」
「あのですね! 那由他ちゃんは純粋無垢むくな可愛らしい女の子! そんないたいけなわたしに、よくイタイなどとけなす発言ができますね!? もはや全国の那由他ちゃんファンが大暴動を起こす事案ですよ! これ!」

 那由多は自身の胸をドンっとたたき、ぷんすか主張してくる。

「あー、ハイハイ。そこは別にどうでもいいから」
「ひどい!?」
「それより、どうして那由他が付きまとうようになったかだ」

 ショックを受けているを彼女を放って、再び話を戻す。

「ぶー、なんですー。文句あるんですかー? そんなの那由他ちゃんがレイジに、恋しちゃったからに決まってるでしょー」

 那由他はふてくされながらも答えてくれた。
 そこには冗談などまったくなく、森羅の時のように心からの言葉とわかってしまう。

「――恋しちゃったねー……。那由他とオレにそういう事が起こる出来事なんてあったけ? まさか一目惚れとか?」
「失礼な! 那由他ちゃんはそんなチョロインではありません! 正真正銘レイジにヒロインとして攻略されたからに決まってます!」
「は? 攻略? オレがいつ那由他に?」

 胸を張りながら力説する那由多に、首をひねるしかない。
 発言が少し謎だが、言いたいことはなんとなくわかる。ただそのことについての心当たりがなかなか思い出せなかった。

「またまたー、あんな盛大にフラグを立てていたのを、忘れるはずがないじゃないですか! わたしなんて、今でも一字一句覚えてるんですから! あはは、それにしてもレイジがまさかあんなにも、那由他ちゃんのことを想ってくれていただなんてねー! もう、いっそ、あれをプロポーズの言葉にしちゃいません? そしたらすぐにでも婚姻こんいん届けにハンコを押しちゃいますよー!」

 那由多はニヤニヤと笑いながら、ひじでレイジを小突いてくる。そしてクルクルとはずむ足取りで回ってから、手を祈るように組んでかわいらしくウィンクしてきた。
 どうやらレイジは彼女に好かれてもおかしくないほどのフラグを、立ててしまっているらしい。

(――あ、なるほど。きっと那由他が言ってるのはあの時のことか……)

 そこでようやく心当たりを思い出した。アイギスに入ってすぐのとある事件のことを。
 おそらく彼女の抱える問題に、レイジが手を出したやつだろう。今思うと確かにあの時から那由他のレイジに対する反応が変わっていったような。

「するか。あれはそういう意味で言ったんじゃないんだからな」
「あはは、残念! まあ、そういうわけなので日頃から猛アピールをして、少しでも早くレイジを振り向かせようと頑張ってるんです! 恋する乙女、那由他ちゃん! 健気でしょー?」 

 那由多は拳を胸元近くでぐっとにぎり、満面の笑顔を。その表情はまさに恋する女の子。まぶしいほど輝いていたといっていい。

「だからレイジ攻略計画はまだまだおわりません! ――ささ! 二人で夜の学園探検の続きをしましょう! 屋上なんてどうですか? ロマンチックな天体観測とかできますよー! そこで二人だけの星座を、キャー!」

 そして目を輝かせて、再びグイグイアピールしてくる那由多。
 浮かれているのか完全になにをしに来たのか忘れている状態だ。なのでレイジは今ここにいる理由を告げ、彼女を正気に戻すことに。

「――いや、呼ばれてるだろ。ほら、さっさと行かないと、貴重な情報源を逃してしまうぞ」
「ガガーン!? そうでしたー!?」

 こうしてレイジたちは目的の場所へと向かうため足を進める。

難儀なんぎな話だ。那由他のためにも、こうやってスルーし続けるしかないなんて……。そろそろ本格的に、那由他の奴もどうにかしてやらないといけないな……)

 レイジは歩きながらも、那由他の抱える問題についてふと思うのであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

トモコパラドクス

武者走走九郎or大橋むつお
SF
姉と言うのは年上ときまったものですが、友子の場合はちょっと……かなり違います。

NPCが俺の嫁~リアルに連れ帰る為に攻略す~

ゆる弥
SF
親友に誘われたVRMMOゲーム現天獄《げんてんごく》というゲームの中で俺は運命の人を見つける。 それは現地人(NPC)だった。 その子にいい所を見せるべく活躍し、そして最終目標はゲームクリアの報酬による願い事をなんでも一つ叶えてくれるというもの。 「人が作ったVR空間のNPCと結婚なんて出来るわけねーだろ!?」 「誰が不可能だと決めたんだ!? 俺はネムさんと結婚すると決めた!」 こんなヤバいやつの話。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ヒトの世界にて

ぽぽたむ
SF
「Astronaut Peace Hope Seek……それが貴方(お主)の名前なのよ?(なんじゃろ?)」 西暦2132年、人々は道徳のタガが外れた戦争をしていた。 その時代の技術を全て集めたロボットが作られたがそのロボットは戦争に出ること無く封印された。 そのロボットが目覚めると世界は中世時代の様なファンタジーの世界になっており…… SFとファンタジー、その他諸々をごった煮にした冒険物語になります。 ありきたりだけどあまりに混ぜすぎた世界観でのお話です。 どうぞお楽しみ下さい。

鉄錆の女王機兵

荻原数馬
SF
戦車と一体化した四肢無き女王と、荒野に生きる鉄騎士の物語。 荒廃した世界。 暴走したDNA、ミュータントの跳梁跋扈する荒野。 恐るべき異形の化け物の前に、命は無残に散る。 ミュータントに攫われた少女は 闇の中で、赤く光る無数の目に囲まれ 絶望の中で食われ死ぬ定めにあった。 奇跡か、あるいはさらなる絶望の罠か。 死に場所を求めた男によって助け出されたが 美しき四肢は無残に食いちぎられた後である。 慈悲無き世界で二人に迫る、甘美なる死の誘惑。 その先に求めた生、災厄の箱に残ったものは 戦車と一体化し、戦い続ける宿命。 愛だけが、か細い未来を照らし出す。

【完結】勇者学園の異端児は強者ムーブをかましたい

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、pixivにも投稿中。 ※小説家になろうでは最新『勇者祭編』の中盤まで連載中。 ※アルファポリスでは『オスカーの帰郷編』まで公開し、完結表記にしています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...