48 / 253
1章 第3部 レイジの選択
45話 レイジの選択
しおりを挟む
レイジは光が指定した、現実の十六夜市にある十階建ての廃ビルに来ていた。この建物は老朽化もあり、新しく立て直す予定らしい。なので現在は封鎖されており、解体の方を待っているとのこと。そして今は廃ビルに忍び込み、階段を上って屋上の方へと向かっているところである。
どうやらアリスたちはアイギスの事務所近くに滞在しているらしい。そのため指定された場所もおのずとすぐそこで、このビルには簡単に来れたのであった。あとは今登っている階段を上がりきり、屋上へと続く扉を開けるだけ。そこにアリスが待っているはず。
そんな中、レイジは一年前のウォードとの会話を思い出していた。
ここは狩猟兵団レイヴンの事務所のオフィスにある、社長用の個室。室内はガサツなウォードの性格から散らかっており、酒の入ったボトルがあちこちに置かれている。そこでレイジはアリスの父親であり、レイジを引き取ってくれた狩猟兵団レイヴンのボス、ウォード・レイゼンベルトと二人だけで話をしていた。
「で、どうしたんだよ、ボス。オレになにか言うことがあるのか?」
レイジは社長の席にどっしりと座っているウォードの前に立ちながら、呼び出された要件をたずねる。
「ハハハ、一応俺はレイジの後見人を頼まれてる立場だ。つまりは父と子。お互い腹を割って話すのは普通のことだろ? だからたまには付き合え」
ウォードは腕を組みながら、豪快に笑ってくる。
彼は昔、レイジの父と一緒に戦ってきた戦友だったらしい。なんでも父の仕事には戦力が必要だったらしく、昔からクリフォトエリア専門の傭兵業をしていたウォードを雇って共に戦っていたとのこと。それ以上はくわしく教えてくれないのでよくわからないが、今のレイジとアリスのような戦友の関係なのかもしれない。
「――そう言われたら断れないな。ボスには返しきれないほどの恩があるんだからさ」
どうやら今の彼の雰囲気から仕事関係の話ではないようだ。その証拠にウォードの表情は、娘のアリスを心配する時のような感じだった。
「レイジ、お前はこの今の世界が好きか?」
「――なんだよ急に……」
突然のスケールのでかい話に困惑するしかない。
「俺は大好きだぞ。八年前までのセフィロトの規律なんてもはやなんの意味もない。世界そのものが戦いを許容している今、誰もが己が欲望のまま奪い、願いを実現できる最高に楽しい世の中だ。その勢いは今まで秩序という名の牢獄に抑え込まれていたがため、最高潮に膨れ上がってやがる。だから俺たちみたいな闘争に飢えた無法者たちが、ひたすら戦場を駆け抜けられるまさに夢のような世界だ!」
ウォードは天を遠い目で見上げながら、愉快げにかたる。
「――オレは……」
対してレイジは、そんな彼の意味ありげな質問に答えることができずにいた。
ウォードが言うような世界を望む気持ちも確かにある。レイジ自身もはや戦闘狂といっていいほど戦いを求めてしまっているため、最高の日々を謳歌出来るのは間違いない。そうなればこれまで通りレイヴンの一員として、終わりなき戦いの日々を進み続けることになるのだろう。だが心のどこかに、それはダメだという気持ちもあった。脳裏に浮かぶのはカノンが微笑んでいる姿。そのことを想うと今の久遠レイジを築き上げている根底が、崩れそうになっていくのを感じた。
「――やはり答えられんか……。なあ、レイジ、本当はわかってるんだろう? 自分の中にあるその迷いが、今のお前の足枷になってることを」
そんなレイジの葛藤する表情を見て、ウォードはなにかを納得したように声をかけてきた。
「――そういうことか……。つまり今のオレでは、足手まといになると言いたいんだろ?」
「足手まといとまではいわないさ。お前は強い。それは狩猟兵団の上位連中であったとしても十分やり合えるほどに。――ただ、その迷いがある限りそれまでだということだ。自身の力を無意識に抑え込んでやっていけるほど、この世界は甘くない」
ウォードはそのすべてを見透かしているような目で、きっぱりと現実を突き付けてくる。
その言葉はレイジの心にすごく響いた。まさしくその通りなのだから反論もなにもない。もはや自嘲気味な笑みしか、出てこなかった。
「――ははは……、師匠にも同じようなこと言われたよ。お前の剣には信念がない。そんな軽い剣ではこの先通じないぞってさ」
「だろうな。このことで思うのは、すごく惜しいということだ。レイジにもしその迷いがなければ、きっとオレを超えるほどの狩猟兵団になっていても、おかしくないんだからな」
「どんなお世辞だよ。さすがに化け物クラスのボスを超えるなんて、ありえないだろ」
ウォードは第一世代でありながらSSランクであり、この狩猟兵団レイヴンの中でもっとも強いデュエルアバター使い。そんな化け物じみた彼を超えるなど、夢のまた夢であった。
「ハハハハ、いずれレイジにもわかるよ。なんたってレイジは本来、どこまでもアリスと一緒に堕ちていける。――そう、闘争に至福の喜びを感じ、戦うことでしかみずからの存在を示せない狂った生き方。まさしく修羅の道の果てへと……」
畏怖の念を込めた瞳で、レイジを見すえてくるウォード。
驚くことに彼の口から出る言葉には、一切の冗談がふくまれていなかった。本気でそう信じきっているみたいだ。
「――ははは……、なんとなくわかってしまうのが怖いよ……。――それで今後のために、さっさと迷いを断ち切ってこいと言いたいわけか」
「それができたら苦労しないんだろ? まったく、とんでもないものを持ってしまったようだな。かつて約束した少女との恋心とは!」
ウォードは意地のわるそうな笑みを浮かべ、盛大にからかってきた。
「一つ言っておくが違うからな! オレがあの子のことを想ってるのは好きとかそういう感情じゃなくて……、そう、憧れみたいなものだ! 彼女の理想があまりにもきれいだったから、力になってあげたくて……」
言葉に詰まりながらも、必死に訂正する。
「ハハハハ、無理しなくていいさ。それにしてもレイジは本当に健気だな! 昔あった初恋の女の子のために、自分の本来あるべき日常をすべて捨てて、力を求め続けるほどだったんだから! こりゃー、アリスがレイジを振り向かせられないわけだ、ハハハハ!」
するとウォードはみなまで言わなくていいと、愉快げにほめたたえてくる。そして額に手を当て、豪快に笑いだした。
これ以上言っても余計に誤解を生むことになりそうなので、悔しながらも認めることに。
「――まあ、大切な人だということには変わりはないよ……。一度は本気で彼女のために生きようと、想ってたぐら
いなんだから……」
目をふせ、拳をぎゅっと力いっぱいにぎりしめながら伝える。
「だがそこまで思ってるというのに、お前はここにいる。なぜだ?」
「――それはたどり着けなかったから……。――いや、それもあるけど本当はあの子に、こんな戦いに染まったどうしようもない姿を見せたくないだけなのかもしれない……」
ウォードの鋭い追及に、自嘲的な笑みを浮かべながら白状した。
戦いに飢えた獣が平和を願うあの少女のところにたどり着いたとして、いったいなんの役に立つのだろうか。もはや戦うことでしか生きられない自分を、彼女は拒むかもしれない。そんな想いが、心の奥底にあったことを認識してしまう。
「――レイジ、気付いていたか、? お前の敗因はその約束の少女だけでなく、アリスまで救おうとしたからだ。もしアリスに深く関わっていなければ、狂気に堕ちることもなかった。そしてその子にふさわしい力を身につけていき、いづれたどり着けたかもしれない」
ウォードはあわれむようにレイジを見つめ、真実をかたりだす。
彼の言っていることは正しい。もしレイジがアリスと深く関わらなければ、カノンのためだけに力を求め続けていたような気がする。そしていつの日か彼女の理想を叶えるための剣となって、再開できていたのかもしれない。
「――だというのに、レイジはいつまでたっても、アリスの手を離さなかった。だから一緒に堕ちていってご覧のありさまだ。もうアリスが手遅れなほど壊れていたことぐらい、わかっていただろうに……」
「……仕方ないだろ。でないとアリスはずっと孤独のままだったんだから……」
思い浮かぶのはアリスと初めて会った時の光景と、その時に抱いてしまった想い。わかっていたのだ。もうアリスという少女は救いようがないところまで、堕ちていってしまっていることを。それなのにレイジはアリスの手を取ることを選んでしまい、今の彼女との関係を生み出すことになるであろう、ある誓いを立ててしまった。それは単に見捨てられなかったから。きっとアリスは自分にしか救えないと、気付いてしまったがゆえに。そう、どこまでも堕ちていくアリスを一人にさせないために、久遠レイジはどこまでもついて行く。そんな決心を抱いてしまったせいで、すべてが狂いだしてしまったのだろう。
「……これも久遠の血筋が原因か……、あいつと同じで……。――ククク、まったく、運命というのは面白いものだな……」
ウォードは感慨深くそうに独り言を。
よくわからなかったがその言葉には、想像を絶するほどのなにかがふくまれている気がした。
「――レイジは優しすぎたんだよ。相反する二つの道を両方選ぼうとしたからこんなことになってしまった。――そういうお人好しのところは、父親とそっくりだ……」
「――ははは……、なんで始めから気付かなかったんだろうな……。どう考えても二つを救えるはずがないのに……」
アリスを見捨てない道も、カノンの理想を叶える道も、最終的に行き着くのは完全に正反対の結末。コインの表裏であり、光と影、秩序と混沌。ここまではっきりと相反しているとなると、もう笑うしかなかない。
そんなレイジを見かねてか、ウォードが目をふせとんでもない事を口にする。
「――ここらで潮時か……。レイジ、このレイヴンから出ていくといい」
「なにを言い出すんだ……。そんなことできるはずが……」
「それしか方法がないだろ? どうせこれからも選びきることができず、今のままなんだからな。一つ言っておくが、このままだとアリスでさえ救えないぞ。そんな迷いのある状態で、最後までついていくことができないのは目に見えてるだろうが」
彼の正論になにひとつ言い返すことはできなかった。
「ここでは見つけることはできないんだろ? だから答えを見つけて来いレイジ。今ならまだ間に合うはずだ」
ウォードは立ち上がり、レイジの肩へと手を置いてくる。
「いいのか? オレがここから出ていったら、もう戻ってこないかもしれない。いや、そんな気がする……」
それはどちらかを救うための答えを、探してこいということ。確かに今のレイジにはそうするほか選択肢がないのだろう。それがどんな答えなのか見当もつかないが、一つだけわかることがあった。アリスかカノンのどちらを選んだとしても、もうこのレイヴンには戻ってこないと。そんな予感がするのだ。
「気にするな。父親が押し付けたからここにいただけで、もともとレイジはレイヴンに足を踏み入れる人間じゃなかった。そう、これでレイヴンは元の形に戻っただけだ……」
子供が巣立つときのような、どこか寂しげな表情をするウォード。
「――だけど……」
「ハハハ、お前はもう十分借りを返してくれたよ。なんたってあのアリスにずっと付き合ってくれたんだ。父親としては感謝しきれない程だぞ」
ウォードはレイジの髪をくしゃくしゃなでながら、笑いかけてくる。
そこに一人の父親としての、心からの感謝が込められていた。
「一応、お前の父親役としてこれぐらいさせてくれ。せめて自分の道は自分で決められるようにしてやりたいんだ……。レイジもアリス同様、オレの子供として育ててきたんだからな……」
そしてウォードはその父親の顔を、今度はレイジ向けてくる。
「……ボス……。……今までありがとうございました! この恩は決して忘れません!」
これには感極まり、頭を下げて心からの感謝を伝えてる。
いつもの彼の様子からアリスと同じ戦いにしか興味がないと思いきや、きちんとレイジたちを父親として見守ってくれていたのだろう。そのことにいくら感謝しても、しきれないほどであった。
「よせよ、水くさい。オレとレイジの仲だろ?」
「ははは、そうでしたね。――みんなによろしく伝えといてくれますか?」
顔を上げ、ウォードに頼み込む。
「別れを告げなくていいのか?」
「今会ったら決心が揺らぎそうだから。特にアリスなんかに会ったらオレは……」
アリスに引き止められたら、レイジはその手を振りほどけるのかわからなかった。もしかすると今まで通り彼女の
そばにいるべきだと、心変わりしてしまいそうな気がするから。
「そうか、任せておけ。あいつらにはちゃんと言い聞かせておく」
レイジの心情を理解してくれたのか、ウォードはいつもと同じくレイヴンのボスとしての頼もしい感じで引き受けてくれる。
これでもうここから出ていくだけだと安心して、この部屋から立ち去ろうとする。
そして扉に手を掛けた瞬間、ウォードが忠告してきた。
「レイジ、同じ過ちを繰り返すなよ。今度こそ選び抜いてみせろ」
「――ああ、肝に銘じておくよ」
「ただ、残念なことにアリスとのつながりは消せないぞ。それほどまでに近づきすぎたんだ。だからお前はあいつから逃げられない。なんらかの決着を付けるまで、決してな……」
「そうですね。アリスの手をとった責任は、果たさないと……」
レイジがどんな道を選ぼうとも、アリスとは再び出会う予感がするのだ。それはまるで運命の赤い糸で結ばれているかのように、お互いを引き合わせるのだろう。それが敵なのか味方なのかわからないが、それだけは断言できた。その時に自分が彼女にどんな答えを投げかけるのか、今だ想像できないのだが。
「ハハハ、今からレイジがどんな選択をするのか楽しみだよ。最後にその手でつかむのはいったい誰なのか……。――アリスかそれとも……、そしてその果てにたどり着く世界の結末は……」
扉を開け部屋を出ていく途中、ウォードが意味ありげにつぶやくのが聞こえる。
内容が少し気になったが、長居すれば決心が揺らぎそうなのでかまわず出ていくレイジなのであった。
(――今度こそ選び抜いてみせろか……、まったくその通りだ、ボス)
かつての記憶を思い出し、改めて気合いを入れ直す。
そしてレイジはとうとう、廃ビルの屋上に出るための扉にたどり着く。そしてドアノブに手を掛けた。
今のレイジの心境は、昨日みたいな不安はさほどなかった。胸にあるのは那由他が言ってくれた、味方であり続けるという言葉。それを思うと不思議と心があたたかくなるのを感じた。
(――オレには那由他がついている。だからあとは選ぶだけだ)
那由他のことを想いながら、レイジは扉を開ける。
すると屋上にはすでに人影が。
「――やっと来てくれたのね……。レ―ジ……」
夕暮れ空の下、そこには輝くような金色の髪を風になびかせ、レイジが来るのを心待ちにしているアリス・レイゼンベルトの姿があった。
どうやらアリスたちはアイギスの事務所近くに滞在しているらしい。そのため指定された場所もおのずとすぐそこで、このビルには簡単に来れたのであった。あとは今登っている階段を上がりきり、屋上へと続く扉を開けるだけ。そこにアリスが待っているはず。
そんな中、レイジは一年前のウォードとの会話を思い出していた。
ここは狩猟兵団レイヴンの事務所のオフィスにある、社長用の個室。室内はガサツなウォードの性格から散らかっており、酒の入ったボトルがあちこちに置かれている。そこでレイジはアリスの父親であり、レイジを引き取ってくれた狩猟兵団レイヴンのボス、ウォード・レイゼンベルトと二人だけで話をしていた。
「で、どうしたんだよ、ボス。オレになにか言うことがあるのか?」
レイジは社長の席にどっしりと座っているウォードの前に立ちながら、呼び出された要件をたずねる。
「ハハハ、一応俺はレイジの後見人を頼まれてる立場だ。つまりは父と子。お互い腹を割って話すのは普通のことだろ? だからたまには付き合え」
ウォードは腕を組みながら、豪快に笑ってくる。
彼は昔、レイジの父と一緒に戦ってきた戦友だったらしい。なんでも父の仕事には戦力が必要だったらしく、昔からクリフォトエリア専門の傭兵業をしていたウォードを雇って共に戦っていたとのこと。それ以上はくわしく教えてくれないのでよくわからないが、今のレイジとアリスのような戦友の関係なのかもしれない。
「――そう言われたら断れないな。ボスには返しきれないほどの恩があるんだからさ」
どうやら今の彼の雰囲気から仕事関係の話ではないようだ。その証拠にウォードの表情は、娘のアリスを心配する時のような感じだった。
「レイジ、お前はこの今の世界が好きか?」
「――なんだよ急に……」
突然のスケールのでかい話に困惑するしかない。
「俺は大好きだぞ。八年前までのセフィロトの規律なんてもはやなんの意味もない。世界そのものが戦いを許容している今、誰もが己が欲望のまま奪い、願いを実現できる最高に楽しい世の中だ。その勢いは今まで秩序という名の牢獄に抑え込まれていたがため、最高潮に膨れ上がってやがる。だから俺たちみたいな闘争に飢えた無法者たちが、ひたすら戦場を駆け抜けられるまさに夢のような世界だ!」
ウォードは天を遠い目で見上げながら、愉快げにかたる。
「――オレは……」
対してレイジは、そんな彼の意味ありげな質問に答えることができずにいた。
ウォードが言うような世界を望む気持ちも確かにある。レイジ自身もはや戦闘狂といっていいほど戦いを求めてしまっているため、最高の日々を謳歌出来るのは間違いない。そうなればこれまで通りレイヴンの一員として、終わりなき戦いの日々を進み続けることになるのだろう。だが心のどこかに、それはダメだという気持ちもあった。脳裏に浮かぶのはカノンが微笑んでいる姿。そのことを想うと今の久遠レイジを築き上げている根底が、崩れそうになっていくのを感じた。
「――やはり答えられんか……。なあ、レイジ、本当はわかってるんだろう? 自分の中にあるその迷いが、今のお前の足枷になってることを」
そんなレイジの葛藤する表情を見て、ウォードはなにかを納得したように声をかけてきた。
「――そういうことか……。つまり今のオレでは、足手まといになると言いたいんだろ?」
「足手まといとまではいわないさ。お前は強い。それは狩猟兵団の上位連中であったとしても十分やり合えるほどに。――ただ、その迷いがある限りそれまでだということだ。自身の力を無意識に抑え込んでやっていけるほど、この世界は甘くない」
ウォードはそのすべてを見透かしているような目で、きっぱりと現実を突き付けてくる。
その言葉はレイジの心にすごく響いた。まさしくその通りなのだから反論もなにもない。もはや自嘲気味な笑みしか、出てこなかった。
「――ははは……、師匠にも同じようなこと言われたよ。お前の剣には信念がない。そんな軽い剣ではこの先通じないぞってさ」
「だろうな。このことで思うのは、すごく惜しいということだ。レイジにもしその迷いがなければ、きっとオレを超えるほどの狩猟兵団になっていても、おかしくないんだからな」
「どんなお世辞だよ。さすがに化け物クラスのボスを超えるなんて、ありえないだろ」
ウォードは第一世代でありながらSSランクであり、この狩猟兵団レイヴンの中でもっとも強いデュエルアバター使い。そんな化け物じみた彼を超えるなど、夢のまた夢であった。
「ハハハハ、いずれレイジにもわかるよ。なんたってレイジは本来、どこまでもアリスと一緒に堕ちていける。――そう、闘争に至福の喜びを感じ、戦うことでしかみずからの存在を示せない狂った生き方。まさしく修羅の道の果てへと……」
畏怖の念を込めた瞳で、レイジを見すえてくるウォード。
驚くことに彼の口から出る言葉には、一切の冗談がふくまれていなかった。本気でそう信じきっているみたいだ。
「――ははは……、なんとなくわかってしまうのが怖いよ……。――それで今後のために、さっさと迷いを断ち切ってこいと言いたいわけか」
「それができたら苦労しないんだろ? まったく、とんでもないものを持ってしまったようだな。かつて約束した少女との恋心とは!」
ウォードは意地のわるそうな笑みを浮かべ、盛大にからかってきた。
「一つ言っておくが違うからな! オレがあの子のことを想ってるのは好きとかそういう感情じゃなくて……、そう、憧れみたいなものだ! 彼女の理想があまりにもきれいだったから、力になってあげたくて……」
言葉に詰まりながらも、必死に訂正する。
「ハハハハ、無理しなくていいさ。それにしてもレイジは本当に健気だな! 昔あった初恋の女の子のために、自分の本来あるべき日常をすべて捨てて、力を求め続けるほどだったんだから! こりゃー、アリスがレイジを振り向かせられないわけだ、ハハハハ!」
するとウォードはみなまで言わなくていいと、愉快げにほめたたえてくる。そして額に手を当て、豪快に笑いだした。
これ以上言っても余計に誤解を生むことになりそうなので、悔しながらも認めることに。
「――まあ、大切な人だということには変わりはないよ……。一度は本気で彼女のために生きようと、想ってたぐら
いなんだから……」
目をふせ、拳をぎゅっと力いっぱいにぎりしめながら伝える。
「だがそこまで思ってるというのに、お前はここにいる。なぜだ?」
「――それはたどり着けなかったから……。――いや、それもあるけど本当はあの子に、こんな戦いに染まったどうしようもない姿を見せたくないだけなのかもしれない……」
ウォードの鋭い追及に、自嘲的な笑みを浮かべながら白状した。
戦いに飢えた獣が平和を願うあの少女のところにたどり着いたとして、いったいなんの役に立つのだろうか。もはや戦うことでしか生きられない自分を、彼女は拒むかもしれない。そんな想いが、心の奥底にあったことを認識してしまう。
「――レイジ、気付いていたか、? お前の敗因はその約束の少女だけでなく、アリスまで救おうとしたからだ。もしアリスに深く関わっていなければ、狂気に堕ちることもなかった。そしてその子にふさわしい力を身につけていき、いづれたどり着けたかもしれない」
ウォードはあわれむようにレイジを見つめ、真実をかたりだす。
彼の言っていることは正しい。もしレイジがアリスと深く関わらなければ、カノンのためだけに力を求め続けていたような気がする。そしていつの日か彼女の理想を叶えるための剣となって、再開できていたのかもしれない。
「――だというのに、レイジはいつまでたっても、アリスの手を離さなかった。だから一緒に堕ちていってご覧のありさまだ。もうアリスが手遅れなほど壊れていたことぐらい、わかっていただろうに……」
「……仕方ないだろ。でないとアリスはずっと孤独のままだったんだから……」
思い浮かぶのはアリスと初めて会った時の光景と、その時に抱いてしまった想い。わかっていたのだ。もうアリスという少女は救いようがないところまで、堕ちていってしまっていることを。それなのにレイジはアリスの手を取ることを選んでしまい、今の彼女との関係を生み出すことになるであろう、ある誓いを立ててしまった。それは単に見捨てられなかったから。きっとアリスは自分にしか救えないと、気付いてしまったがゆえに。そう、どこまでも堕ちていくアリスを一人にさせないために、久遠レイジはどこまでもついて行く。そんな決心を抱いてしまったせいで、すべてが狂いだしてしまったのだろう。
「……これも久遠の血筋が原因か……、あいつと同じで……。――ククク、まったく、運命というのは面白いものだな……」
ウォードは感慨深くそうに独り言を。
よくわからなかったがその言葉には、想像を絶するほどのなにかがふくまれている気がした。
「――レイジは優しすぎたんだよ。相反する二つの道を両方選ぼうとしたからこんなことになってしまった。――そういうお人好しのところは、父親とそっくりだ……」
「――ははは……、なんで始めから気付かなかったんだろうな……。どう考えても二つを救えるはずがないのに……」
アリスを見捨てない道も、カノンの理想を叶える道も、最終的に行き着くのは完全に正反対の結末。コインの表裏であり、光と影、秩序と混沌。ここまではっきりと相反しているとなると、もう笑うしかなかない。
そんなレイジを見かねてか、ウォードが目をふせとんでもない事を口にする。
「――ここらで潮時か……。レイジ、このレイヴンから出ていくといい」
「なにを言い出すんだ……。そんなことできるはずが……」
「それしか方法がないだろ? どうせこれからも選びきることができず、今のままなんだからな。一つ言っておくが、このままだとアリスでさえ救えないぞ。そんな迷いのある状態で、最後までついていくことができないのは目に見えてるだろうが」
彼の正論になにひとつ言い返すことはできなかった。
「ここでは見つけることはできないんだろ? だから答えを見つけて来いレイジ。今ならまだ間に合うはずだ」
ウォードは立ち上がり、レイジの肩へと手を置いてくる。
「いいのか? オレがここから出ていったら、もう戻ってこないかもしれない。いや、そんな気がする……」
それはどちらかを救うための答えを、探してこいということ。確かに今のレイジにはそうするほか選択肢がないのだろう。それがどんな答えなのか見当もつかないが、一つだけわかることがあった。アリスかカノンのどちらを選んだとしても、もうこのレイヴンには戻ってこないと。そんな予感がするのだ。
「気にするな。父親が押し付けたからここにいただけで、もともとレイジはレイヴンに足を踏み入れる人間じゃなかった。そう、これでレイヴンは元の形に戻っただけだ……」
子供が巣立つときのような、どこか寂しげな表情をするウォード。
「――だけど……」
「ハハハ、お前はもう十分借りを返してくれたよ。なんたってあのアリスにずっと付き合ってくれたんだ。父親としては感謝しきれない程だぞ」
ウォードはレイジの髪をくしゃくしゃなでながら、笑いかけてくる。
そこに一人の父親としての、心からの感謝が込められていた。
「一応、お前の父親役としてこれぐらいさせてくれ。せめて自分の道は自分で決められるようにしてやりたいんだ……。レイジもアリス同様、オレの子供として育ててきたんだからな……」
そしてウォードはその父親の顔を、今度はレイジ向けてくる。
「……ボス……。……今までありがとうございました! この恩は決して忘れません!」
これには感極まり、頭を下げて心からの感謝を伝えてる。
いつもの彼の様子からアリスと同じ戦いにしか興味がないと思いきや、きちんとレイジたちを父親として見守ってくれていたのだろう。そのことにいくら感謝しても、しきれないほどであった。
「よせよ、水くさい。オレとレイジの仲だろ?」
「ははは、そうでしたね。――みんなによろしく伝えといてくれますか?」
顔を上げ、ウォードに頼み込む。
「別れを告げなくていいのか?」
「今会ったら決心が揺らぎそうだから。特にアリスなんかに会ったらオレは……」
アリスに引き止められたら、レイジはその手を振りほどけるのかわからなかった。もしかすると今まで通り彼女の
そばにいるべきだと、心変わりしてしまいそうな気がするから。
「そうか、任せておけ。あいつらにはちゃんと言い聞かせておく」
レイジの心情を理解してくれたのか、ウォードはいつもと同じくレイヴンのボスとしての頼もしい感じで引き受けてくれる。
これでもうここから出ていくだけだと安心して、この部屋から立ち去ろうとする。
そして扉に手を掛けた瞬間、ウォードが忠告してきた。
「レイジ、同じ過ちを繰り返すなよ。今度こそ選び抜いてみせろ」
「――ああ、肝に銘じておくよ」
「ただ、残念なことにアリスとのつながりは消せないぞ。それほどまでに近づきすぎたんだ。だからお前はあいつから逃げられない。なんらかの決着を付けるまで、決してな……」
「そうですね。アリスの手をとった責任は、果たさないと……」
レイジがどんな道を選ぼうとも、アリスとは再び出会う予感がするのだ。それはまるで運命の赤い糸で結ばれているかのように、お互いを引き合わせるのだろう。それが敵なのか味方なのかわからないが、それだけは断言できた。その時に自分が彼女にどんな答えを投げかけるのか、今だ想像できないのだが。
「ハハハ、今からレイジがどんな選択をするのか楽しみだよ。最後にその手でつかむのはいったい誰なのか……。――アリスかそれとも……、そしてその果てにたどり着く世界の結末は……」
扉を開け部屋を出ていく途中、ウォードが意味ありげにつぶやくのが聞こえる。
内容が少し気になったが、長居すれば決心が揺らぎそうなのでかまわず出ていくレイジなのであった。
(――今度こそ選び抜いてみせろか……、まったくその通りだ、ボス)
かつての記憶を思い出し、改めて気合いを入れ直す。
そしてレイジはとうとう、廃ビルの屋上に出るための扉にたどり着く。そしてドアノブに手を掛けた。
今のレイジの心境は、昨日みたいな不安はさほどなかった。胸にあるのは那由他が言ってくれた、味方であり続けるという言葉。それを思うと不思議と心があたたかくなるのを感じた。
(――オレには那由他がついている。だからあとは選ぶだけだ)
那由他のことを想いながら、レイジは扉を開ける。
すると屋上にはすでに人影が。
「――やっと来てくれたのね……。レ―ジ……」
夕暮れ空の下、そこには輝くような金色の髪を風になびかせ、レイジが来るのを心待ちにしているアリス・レイゼンベルトの姿があった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――
EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。
そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。
そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。
そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。
そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。
果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。
未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する――
注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。
注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。
注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。
注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる