上 下
43 / 253
1章 第3部 レイジの選択

40話 敵の思惑

しおりを挟む
  レイジが歩いているのは川沿いの堤防の道。すでに空は暗く染まり、丸い月が青白く輝いている。その月明かりによって辺りは夜だというのに明るく、川の水面はキラキラと輝いていた。

「あー、だりー、もうこんな時間だっていうのに、まだまだやることがあんだぜー」
「おい、愚痴ぐちを言うだけなら、また今度にしてくれないか」
「まあまあ、そう言うなってー」

 現在、電話越しにレーシスの愚痴に付き合いながら、帰路についている真っ最中である。
 ちなみにレイジと結月が事務所に戻ってからは、すでに帰っていた那由多なゆたと今後について軽く話し合い解散となった。アラン・ライザバレットの件については明日から、本格的に調査を開始するらしい。
 そういうわけで自分のアパートへと帰るつもりだったが、少し考え事をしたくて今は遠回りして自宅の方へと帰っていた。そんな時にレーシスから通話があったので、こうして話に付き合ってやっているのである。

「――それでレイジ。片桐かたぎり家のご令嬢様との進展はあったのかよ?」

 ふとレーシスが興味津々にたずねてくる。

「まったく、進展ってなんだ、進展って……」
「ハハッ、そりゃー、なんたってあの片桐だぜ。一般人のレイジにしてみれば、超逆玉じゃねーか。しかもあの子には片桐家次期当主の妹までいるんだから、絶対お近づきになっとくべきだぜ」
「――結月の妹……、ってことは片桐美月って子か?」

 適用に聞き流そうと思っていたが、気になったワードが出てきたので聞いてみる。

「おっ、そこまで聞き出してたか」
「偶然話題に上がってさ。でも次期当主の話は初耳だ」
「片桐美月。神童と呼ばれた子で、あまりの才ゆえに小さいころから片桐家の次期当主として決められていたんだと。その評価は、財閥関係で有名なサージェンフォード家の完全無欠の姫君ひめぎみ。ルナ・サージェンフォードと肩を並べるほどだって話だぜ」

 サージェンフォード家の姫君のうわさは、お得意様の一人である白神相馬しらかみそうまから聞いたことがあった。歳はまだ若い少女だというのに、そのあふれんばかりの才は正しく一級品で、あの相馬も舌を巻くほどだったらしい。そんなサージェンフォード家の姫君と同格といわれるのだから、結月の妹は相当なものなのだろう。ちなみになぜこの話題になったのかというと、相馬がサージェンフォード家とつながりを持つため、彼女を落としたいと相談されたからなのであった。

「へぇ、そんなにもすごい子なのか。でも、その美月って子、性格の方になんがあるんじゃ……」

 だが光と結月の会話から思い描いていたイメージとあまりにもかけ離れていたので、ツッコミを入れてみる。

「ハハッ! 確かに結構あるねー。美月の奴に会えばわかると思うが、見た目にだまされたらいけないぜ。ほんといい性格してやがるから、下手するとあいつのおもちゃにされちまう」

 思いだし笑いをしているレーシスの態度とその言葉からして、神童ではあるが性格はかなり困った子のようだ。

「ははは、聞いた話通りみたいだな。というかその口ぶりだと、レーシスはその子に会ったことが?」
「――あー、昔にちっとあってな。少なからず面識があるのは確かだ……」

 レーシスは感慨深そうにしながら、少し意味ありげにかたる。
 彼も那由他と同じく謎が多いので、面識があることに対しとくに驚きはなかった。おそらく仕事かなにかで出会ったのだろう。

「――そっか。――ところでレーシス。そっちはアラン・ライザバレットの件で、なにか進展があったのか?」

 そろそろレーシスに一番聞きたかったことをたずねる。
 さっきの那由他との話では、結月の今後のことについてがメインだったのであまりくわしく聞かされていなかったのだ。

「いーや、それに関してはなんもねーな。あちらさんは続々と集まってるだけで、今だ目立った動きはなし。大人しいもんだぜ」
「一応狩猟兵団しゅりょうへいだんレイヴンの人間とむこうで会ったから、水面下で動いてるはずなんだけどな」

 光がレイジを襲ってきたのはおそらく偶然。お互い近場に用があったので、たまたま出くわしただけに思えた。なので光にはアラン・ライザバレットがらみの目的があったはずなのだ。

「そういう報告はこっちにも入ってんだが、どれも目的がはっきりしねーんだよ。上位クラスを見かけるは見かけるが、その目撃情報の場所はバラバラ。しかも目的がなくただ歩き回って、見つけた相手に片っ端からケンカを仕掛けにいくってな」
「うわー、それってかなりまずくないか?」
「ハハッ、シャレになってねーぐらいにな。状況的にかえりみて、ほとんどが陽動。おそらく本命のターゲットを確実に仕留めるため、上位クラスの狩猟兵団が協力してこちらをかく乱し、戦力分散を狙ってるんだろーな」

 こうなってくると狩猟兵団側が事を起こす時にも、陽動が出てくるかもしれない。この陽動の作戦は上位クラスのエデン協会の者たちの足止めに、非常に有効といっていい。なぜならクリフォトエリアでは座標移動ができないため、一度入ってしまうと別の場所に急行するのに時間がかかってしまうから。例えログアウトで再び入ろうにも、30分はクリフォトエリアに再度入れないので目的地にたどり着くのも一苦労なのだ。
 しかもクリフォトエリアにアーカイブスフィアを保管している企業や財閥に、いつ襲われるかわからない不安を抱かせ、上位クラスのエデン協会の者を事前に雇わせることも可能。よって上位クラスのエデン協会の取り合いが起こり、応援を呼ぼうにもなかなか呼べなくなってしまう。これにより狩猟兵団の者たちにとって、本命のターゲットから敵を遠ざけることが可能となり楽に行動できるのであった。

「普通はこんなまどろっこしいことしないだろうから、狙いは上位の財閥、いや、白神コンシェルンみたいなとんでもないとこかもしれないぞ」
「ハハッ、それかこの日本を潰しにってのもあるぜ」

 アゴに手を当てながら推測していると、レーシスがとんでもない可能性を言い放つ。

「――確かに可能性はあるかもしれないが、さすがにそこまでやるとは思えないんだが……」
「レイジ、災禍さいかの魔女のうわさを聞いたことはねーか?」
「一応ゆきから聞いたが、まさかあのどこぞの政府のアーカイブポイントを襲撃したように、今度はこの日本でって言いたいのか?」
「可能性はあんだろ? 前回のがデモンストレーションだった場合、こっちが狙われてもおかしくはねー。だから政府のアーカイブポイントは今、過去最高の警戒態勢でえらいことになってんだ。災禍の魔女対策で軍のデュエルアバター使いが常時待機してんのはもちろん、すぐにエデン協会の人間を送り込めるようにとかさ」

 今日レーシスへ会いに軍の施設に行った時、みょうに慌ただしかったのはそのせいなのだろう。今までなら狙われたとしても、その厳重なセキュリティにより守りは万全であった。だが同じく厳重だったはずの他の政府のアーカイブポイントが、いとも容易く攻略されたとなってはそうもいってられない。もはや警戒しない方がおかしいというものだ。

「万が一交通機関とかの制御権をいじられでもしたら、大惨事になりかねないしな」

 セフィロトは世界中のデータを管理するだけではなく、交通機関や発電所、兵器などといったある一定以上の機械の制御権さえも管理していた。これによりテロリストなどの外部の者が一切悪用できなくなり、さらに制御権を与えられた内部の者でもさだめられた操作以外できなくなる。もはや安全対策は万全といってよかった。
 しかしこのことについての問題。それはある一定以上の機械の制御権は、データと同じくアーカイブスフィアで管理していたということ。そう、パラダイムリベリオンの影響で、触れられてしまえば誰でも最高権限の操作をできるようになってしまったのだ。しかも以前にあった、本来の正しい用途以外を禁止するセキュリティが機能しないというおまけつきで。もし国内の交通機関や発電所のシステムなどの、人々の生活に欠かすことのできない制御権があるアーカイブスフィアを悪用されれば大混乱は明白。ゆえにテロリストなどの格好の的になるため、厳重な自国のアーカイブポイントで政府の機密データがあるアーカイブスフィアと共に、守っているのであった。

「そうそう、だからそれすら陽動とわかってたとしても、守りを解くわけにはいかねー。これで軍と日本にいる最高クラスのエデン協会の動きは、ほとんど封じられたってな」
「おいおい、わざわざ政府のアーカイブポイントを襲ったのも、陽動の一つと言うつもりか?」 
「オレの見解ではそのはずだぜ」
「そこまでするターゲットってどんだけすごいんだよ……」

 事のあまりの大きさに、ぞっとするしかない。

「それを調べるのがお前たち、だろ?」
「あー、ハイハイ、そうでしたね。――はぁ……、この様子だとこれからしばらくは忙しくなりそうだ」

 さぞ当たり前のように言い放ってくるレーシスの発言に、肩をすくめながら投げやりな感じで返してやる。この先の苦労を考えてみると、もはや苦笑しか浮かんでこなかった。
 そんなレイジに、レーシスも笑いながら同意する。

「ハハッ、違いねー。――じゃ、明日から那由他と一緒に頼んだぜ。こっちもこっちで探りをいれておくからよ」
「了解」

 レイジが返事をしたと同時に通話が切れた。

「――とは言ってもオレの場合、アラン・ライザバレットの件よりも、アリスのことをどうにかしないといけないからなぁ……。――はぁ……、まったく、前途多難だ……」

 がっくり肩を落としながら、さっき光から届いたメールを再び確認する。そこには明日の待ち合わせ場所と、時間が指定されていた。

「さて、これからどうしようかね……」

 もはや天をあおぐしかないレイジなのであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

トモコパラドクス

武者走走九郎or大橋むつお
SF
姉と言うのは年上ときまったものですが、友子の場合はちょっと……かなり違います。

NPCが俺の嫁~リアルに連れ帰る為に攻略す~

ゆる弥
SF
親友に誘われたVRMMOゲーム現天獄《げんてんごく》というゲームの中で俺は運命の人を見つける。 それは現地人(NPC)だった。 その子にいい所を見せるべく活躍し、そして最終目標はゲームクリアの報酬による願い事をなんでも一つ叶えてくれるというもの。 「人が作ったVR空間のNPCと結婚なんて出来るわけねーだろ!?」 「誰が不可能だと決めたんだ!? 俺はネムさんと結婚すると決めた!」 こんなヤバいやつの話。

決戦の夜が明ける ~第3堡塁の側壁~

独立国家の作り方
SF
 ドグミス国連軍陣地に立て籠もり、全滅の危機にある島民と共に戦おうと、再上陸を果たした陸上自衛隊警備中隊は、条約軍との激戦を戦い抜き、遂には玉砕してしまいます。  今より少し先の未来、第3次世界大戦が終戦しても、世界は統一政府を樹立出来ていません。  南太平洋の小国をめぐり、新世界秩序は、新国連軍とS条約同盟軍との拮抗状態により、4度目の世界大戦を待逃れています。  そんな最中、ドグミス島で警備中隊を率いて戦った、旧陸上自衛隊1等陸尉 三枝啓一の弟、三枝龍二は、兄の志を継ぐべく「国防大学校」と名称が変更されたばかりの旧防衛大学校へと進みます。  しかし、その弟で三枝家三男、陸軍工科学校1学年の三枝昭三は、駆け落ち騒動の中で、共に協力してくれた同期生たちと、駐屯地の一部を占拠し、反乱を起こして徹底抗戦を宣言してしまいます。  龍二達防大学生たちは、そんな状況を打破すべく、駆け落ちの相手の父親、東京第1師団長 上条中将との交渉に挑みますが、関係者全員の軍籍剥奪を賭けた、訓練による決戦を申し出られるのです。  力を持たない学生や生徒達が、大人に対し、一歩に引くことなく戦いを挑んで行きますが、彼らの選択は、正しかったと世論が認めるでしょうか?  是非、ご一読ください。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ヒトの世界にて

ぽぽたむ
SF
「Astronaut Peace Hope Seek……それが貴方(お主)の名前なのよ?(なんじゃろ?)」 西暦2132年、人々は道徳のタガが外れた戦争をしていた。 その時代の技術を全て集めたロボットが作られたがそのロボットは戦争に出ること無く封印された。 そのロボットが目覚めると世界は中世時代の様なファンタジーの世界になっており…… SFとファンタジー、その他諸々をごった煮にした冒険物語になります。 ありきたりだけどあまりに混ぜすぎた世界観でのお話です。 どうぞお楽しみ下さい。

鉄錆の女王機兵

荻原数馬
SF
戦車と一体化した四肢無き女王と、荒野に生きる鉄騎士の物語。 荒廃した世界。 暴走したDNA、ミュータントの跳梁跋扈する荒野。 恐るべき異形の化け物の前に、命は無残に散る。 ミュータントに攫われた少女は 闇の中で、赤く光る無数の目に囲まれ 絶望の中で食われ死ぬ定めにあった。 奇跡か、あるいはさらなる絶望の罠か。 死に場所を求めた男によって助け出されたが 美しき四肢は無残に食いちぎられた後である。 慈悲無き世界で二人に迫る、甘美なる死の誘惑。 その先に求めた生、災厄の箱に残ったものは 戦車と一体化し、戦い続ける宿命。 愛だけが、か細い未来を照らし出す。

処理中です...