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1章 第2部 電子の世界エデン

33話 光のアビリティ

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 両者は一気に跳び出しぶつかり合う。レイジは斬撃を。光は槍撃を。両者、渾身こんしんの一撃に大気は震え、衝撃波があたりを襲う。
 再び二撃目を放とうと光が槍を後ろに引いた瞬間、レイジはさせまいと持ち前の技量で即座に間合いを詰め刀を振るう。狙いはまさに完璧。光を完全にとらえきった。彼女の槍はというと、次の攻撃に入る動作をしているのでガードをしきれていない。このままいけば光の刺突が来るよりも早く、レイジのやいばが彼女を斬りせるだろう。
 そこでふと異変に気付く。なぜなら光がかすかに笑ったからだ。

(来るか!?)

 無理やり前に進んでいる勢いを殺し、レイジは瞬時に後ろに飛び退く。
 なぜかというと光が持つき通った槍。そう、彼女のアビリティーが猛威を振るうと直感したからだ。

流水りゅうすいの槍よ!」

 光が叫んだ刹那、なんと後ろに引いていたはずの槍の矛先が、レイジをつらぬかんとせまってきたのだ。まるでクロスボウの放たれた矢のごとく、狙った獲物目掛けて飛来。なにが起こったかというと単純明快。そう、彼女の槍が急激に伸びたのであった。
 串刺しにしようと襲い掛かる閃光の軌道を、レイジは刀でなんとかそらし、やり過ごす。もちろん槍がただ伸びただけではなく、そこに彼女の渾身の一撃クラスの勢いを加えた破壊力付きでだ。もしこの場所に廃墟の建物でもあれば、容易くその壁を貫通して直進し続けたであろう。ちなみにしのげたのは、事前にこのアビリティーのことを知っていたから。それがなければあのまま後ろに退かず、槍の奇襲をくらっていたかもしれない。
 だがこれだけで光のアビリティーの攻撃はおわらない。今だ伸び続けている槍が意志を持ったかのように弧を描いて曲がり、再びレイジの背後から襲撃。こうなることも事前に予測していたので、右側に跳んで回避した。
 得物を見失った槍はそのまま地面に思いっきり突っ込み、コンクリートを粉砕。破壊音をとどろかせ、地表にクレーターを生む。

(相変わらずの威力。ここは一気に攻めないと後々厄介になるぞ)

 そう判断したレイジは、槍を操作している光を狙う。だがそうはさせないと、地面に突き刺さっていた槍が再び追撃。
 後方からの追撃を刀でさばき、レイジはそのまま光へ側面から斬りかかった。

「本体ががらあきだぞ」
「ご忠告どうも。ですがなにも問題はありませんよ」

 今だ光は伸縮自由な槍を持って操作しているので、隙だらけ。
 しかしレイジが距離を詰め刀を振りかぶったその刹那、光は突然槍から手を離した。すると今までレイジの刀とぶつかり合っていたのが嘘のように、透き通った槍が液体のごとくはじけとんだ。それはまるで水がこぼれ落ちるかのようであり、地面に降りそそぐ。
 そして彼女の両手には、いつの間にか二本の透き通った剣が。双剣を交差させて、光はレイジの斬撃を受け止めた。

「ハッ!」

 そこから双剣の二連撃。刀で切り結ぶが、その剣戟けんげきも槍に劣らずなかなか重い。どうやら彼女は槍だけでなく、ほかの武器も使いこなせるようになったみたいだ。

「ほら、言ったでしょ?」
「すごいな。剣まで使えるようになってたか」
「ハイ、ワタシってかなり器用なんで!」
「ははは、そういえばそうだったな。せっかくだからその剣の腕も見てやるよ」

 刀と双剣がぶつかり合い、刃と刃が交差する。

「アハハ、せっかくですが、剣についてはまた今度採点をお願いしますね。――集まれ!」

 何度目か剣を交えたところで、光は双剣を離した。
 すると双剣がはじける。しかし今回は地面にこぼれ落ちずそのまま空中で一つに合わさり、球体に。光が手をかざした瞬間、再び透き通った槍が出現しレイジを貫こうと矛先が強襲。さっきのように飛翔する刺突が。

「流水の槍よ!」
「クッ!」

 もはやゼロ距離の攻撃をレイジは間一髪受け流し、胴体をかすめる程度で対処しきった。脇腹わきばらに痛みが襲い顔を歪めるが、すぐさまこらえいったん態勢を整えようとそのまま後ろに跳躍。
 放たれた矛先はというと、そのまま後方にあった廃車をいとも簡単に貫通し、粉々に破壊していく。
 地面に足が着いたまさにその時、投てきされた透き通るナイフがレイジ目掛けて飛来。軌道を見極め刀ではじくがそれで目を離した隙に、光はレイジのふところまで潜り込んで槍を走らせてきた。
 即座にバックステップで距離を空け、刀を矛先に割り込ませギリギリ防ぐ。どうやらゆっくり自己修復する時間さえ与えてくれないようだ。

(さすがにこのアビリティ相手だと、分がわるい……)

 そこからはレイジが予感した通りになってしまう。
 レイジの動きに対し、光は様々な武器で対応。攻撃時は槍、投げナイフ、短剣といった武器で追い込み、防御時は双剣でさばく。厄介なことにそれを瞬時にやってのけるので、相手の武器の短所を狙えず付け入る隙がない。
 しかも彼女には自由自在に伸縮しんしゅくする槍があるので、中、近距離で必殺の一撃をいつでも繰り出せた。それを第一に警戒しなければならないので、どうしても詰めきれなかった。

「どうですかレイジ先輩! この水のアビリティの心地は?」

 互いにぶつかり合う中、光が感想を聞いてきた。
 そう、西ノ宮光が使っているアビリティの正体。それは水の操作アビリティなのだ。水なので当然変幻自在であり、持ち主の思うがままに姿形を変えることができる。しかも水を操るにあたり、強度を持たせられた。
 それゆえに槍、剣、ナイフといった武器を生成。さらに水を最大限操ることで伸縮する槍のように、ターゲットをひたすら追い飛翔ひしょうする水の刃としての攻撃も繰り出せる。そのためどの間合いでも隙がなく、使い手の技量によっては非常に強力なアビリティと化すのだ。

「まさか水のアビリティをここまで使いこなしているとは、恐れいったよ」

 どうやらアリスに相当しごかれたらしく、想像以上に腕を上げていた。
 実際彼女は新人のころから、教えたことをすぐさまものにしてしまう天才肌。その上アリスに憧れる熱意もあってその成長はいちじるしく、下手するとこの先レイジを追い抜くほどになるかもしれない逸材といってよかった。そんなデュエルアバターに関する才能と、積み重ねてきた戦闘経験が合わさり今の彼女の技量は相当なもの。そこから繰り出される水のアビリティにもはや死角はない。水を変幻自在に操り戦う光の姿は幻想的な舞踏ぶとうといってよく、レイジと互角以上に渡り合っているといってよかった。

(こうなったらこちらも、アビリティで応戦するしかないか)

 このままアビリティなしでやり合うのは正直きつい。ゆえにレイジは刀をさやおさめ、自身のアビリティを起動する準備を整える。
 すると警戒してか、すぐさま光は距離を空けようと後方へ跳んだ。

「即座に距離をとるか。こっちのアビリティの特性を理解した、いい判断だ」
「レイジ先輩のアビリティは新人時代、よく拝見させてもらいましたからね。それにステラさんにもあのアビリティには、細心の注意を払えって注意されましたし」
「やっぱりその水のアビリティはステラさんに?」

 ステラさんとは狩猟兵団レイヴンに所属するSSランクのデュエルアバター使いであり、流水の錬金術師としての異名をもつ人物。アリスと共に小さいころからなにかと世話になっており、姉貴分といっていい第二世代の女性である。

「ハイ、ステラさんに必死に頼みこんで、やっと手に入れたこの力。――これを手に入れるために、どれだけパシられ、みついだことか……」

 レイジの問いに、光は相当苦労したのか遠い目をして答える。

「ははは、まあ、あの人の場合、そう簡単に手を貸してくれるはずないもんな。――でも、そっか。光もオレと同じ道を選んだということか……」

 光がアリスではなく他の人を頼っていたことに、どこか感慨深く感じてしまう。
 どうやら後輩もレイジと同じ苦労をして、その答えにたどり着いたのだろう。

「――そうですね。アリス先輩の特訓はなんというか、あれでしたから……」
「だよな。あいつは人に教えるのが壊滅的に下手というか、そもそも教える気がない。実戦形式で戦ってやるから、そこからつかみ取れっていう超スパルタだった……。しかもほとんど手加減がなく、あのアビリティーを全開で使ってくるし」

 狩猟兵団レイヴンに入ったばかりのころは、アリスがレイジの教育係となっていた。そのため光が味わった地獄の特訓の過酷さを、痛いほどわかってしまう。アリスの教育は基本実戦形式しかしない。それはまあいいのだが、問題はまったくといっていいほどなにも教えず、戦いの中から学べといういい加減な教育ということ。しかもその実戦において彼女は手加減なしでだ。思い返せば初めて教わる時、素人のレイジにいきなりアビリティを使って全力で斬り伏せてきたのは今でも鮮明に覚えている。そんなことが頻繁ひんぱんにあり過ぎて、気付けばそれが当たり前になっていたという怖い話であった。

「アハハ……、だからこっちもそれ相応のアビリティがないと、話になりませんでしたね」
「ああ、オレもそれで師匠に弟子入りして、このアビリティを教えてもらったんだよな。それで一応どうにかなったんだが、その後アリスに浮気者っていじけられて、かなり恨まれたっけ」
「ありましたね! あなたまでアタシを師として見てくれないのねって、ショック受けてました」
「ははは、やっぱりか。ほんとアリスが教育係だった奴は苦労するよな」
「――うぅ、アリス先輩を心酔するワタシですが、それには同意してしまいます……」

 しみじみとかたるレイジに、光はアリスへの罪悪感で表情を曇らせながら申し訳なさそうに同意を。
 そんなアリスのことを話していると急になつかしさがこみあげてきて、気付けば光に彼女のことをたずねていた。

「――アリスか……。なあ、光。あいつ元気にしてるか?」
「気になります?」
「まあな。アリスは家族であり、ずっと一緒に戦ってきた大切な戦友だ。たとえレイヴンを辞めたとしても、それだけは決して変わらない……」

 心からの本心の言葉であった。別れてからの一年間、彼女のことをひと時も忘れてはいないほどに。そう、時々思ってしまうのだ。答えを探すためとはいえ、本当にアリスと離れてよかったのかと。彼女を孤独にさせないために、一緒にいると誓ったあの想いが心をむしばみ、後悔となって押し寄せる。やはり久遠レイジにとってアリスは、かけがえのない大切な少女に違いなかった。

「そこまで想ってるなら、戻ってくればいいじゃないですか! アリス先輩はずっとレイジ先輩が帰って来るのを、心待ちにしてるんですよ! もしレイヴンに戻って来てくれるなら、ワタシもレイジ先輩と一緒にボスに頭を下げて、お願いしてあげますから!」

 光は腕をバッと横に振り、必死にうったえてくる。

「あれだけオレに対して怒ってたのに、そこまでしてくれるのか?」
「――それは……、――あー! ワタシもレイジ先輩に戻って来てほしいんです! そしてまた昔みたいにいろいろと教えてください! でないとなんか張り合いがないというか……」

 光は顔を真っ赤にさせながら、大声で白状しだす。

「――そ、そういうわけでもし戻ってくれるというなら、と、特別にこれまでのことは水に流してあげます! あ、ありがたく思ってください!」

 そして腕を組みぷいっと顔をそむけながら、テレくさそうに言い放つ光。

「ごめんな、光。お前の気持ちは嬉しいが、オレはまだ戻るわけにはいかないんだ」

 彼女の気持ちはとても嬉しい。だが今のまだ答えを得ていないレイジにとって、この申し出は決して受けてはいけないもの。なので断るしかなかった。

「――ふん、ただ言ってみただけなんでいいですよ。レイジ先輩にはレイジ先輩の事情があるはずですから、仕方のないことですし。それにこの怒りはやっぱり晴らしておきたいですから、逆にこうなってよかったです。――さあ、続きをしましょう、レイジ先輩! あなたをぼこぼこに倒して、無理やりにでも引きずって帰るとしましょう。アリス先輩の手土産てみやげに!」

 レイジの謝罪に光は一瞬悲しそうにするが、すぐさまいつもの明るい表情に戻り勝気に宣言する。
 きっと彼女なりの気遣いなのだろう。光は優しい子なので、レイジが心置きなく戦えるように振舞ってくれているみたいだ。その気遣いは今のレイジにとって非常に助かった。自分にはもったいないよくできた後輩に感謝しつつ、昔のレイヴンにいたころのように光へ告げてやる。

「ははは、いいぞ。もし光がオレに勝てたら、その時はいうことを聞いてやるよ。ついでに下僕でもなんでもなってやろう」
「アハハ、言いましたね。後で後悔しても知りませんから!」
「出来るかな? 今の光に?」
「上等!」

 光は水の槍を構え、やる気に満ちた返事を。

「フッ、ならばこの一刀いっとう止めてみるといい。師匠から教わったこの秘剣。抜刀のアビリティを」

 そんな彼女に対し、レイジは不敵な笑みを浮かべ自身のアビリティを起動した。
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