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1章 第2部 電子の世界エデン

25話 剣閃の魔女

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 レイジたちがいるのは、ビジネス街みたいな場所。辺りはどこもかしくも。大小さまざまなビルが建ち並んでいる。ただここはクリフォトエリアなので、どこも廃墟仕様。窓が割れ壁のところどころ穴が開いた、すたれきったビルの数々。しかも敷き詰められたように配置されているため、閉鎖空間のような窮屈きゅうくつな感じが。さらに周りは人っ子一人いないため静まりかえっており、よりもの寂しさが際立っていた。
 そんな不気味なほどの静寂に包まれた廃墟のビルぐんを、足音を響かせながら進むレイジたち。

「あー、やっと来たぁ。まったくー、ゆきは忙しいんだから、さっさと要件を済ませに来てよねぇ、くおん」

 するとどこからともなく不満げな声が聞こえてきた。
 だが周りにはレイジと結月の二人だけ。それもそのはずこれは通信による会話なのだから。

「ん、ゆきか? しかたないだろ、こっちは結月にいろいろレクチャーしながら向かってるんだぞ。それとも剣閃けんせんの魔女様直々に講義してみるか?」
「えー、やだよぉ、めんどくさい。そんな雑務は全部下っ端に押し付けて、ゆきは快適なマイホームでゆうがに過ごす。これぞゆきのスタンスだもん」
「はいはい、そうかよ。相変わらずの引きもり野郎だな、ゆきは」

 ふふんと得意げにかたるゆきに、肩をすくめるしかない。
 声の主が剣閃の魔女と呼ばれている少女、ゆきである。彼女はSSランクの電子のみちびき手なのでウデは超一流なのだが、非常にめんどくさがり屋な性格をしていた。なので仕事が入ったとしても、極力外に出ようとしない。用があるなら自分のところに来させたり、他の誰かを向かわせてその人物を中継点に仕事をこなしたりする始末。まさに筋金入りの引きこもりといってよかった。

「――で、用件はなんだ? わざわざ通信回線を使ってくるってことは、催促さいそくじゃなくてなんか押し付けてくる気だろ」          

 クリフォトエリアではこのエリア限定の特殊な通話システムがあらかじめ用意されており、それ以外の連絡はとある例外をのぞいてとれなくされているのだ。それによりエデン内のほかのエリアにいる者やターミナルデバイスに連絡はおろか、向こう側からの連絡もなにひとつ受け取れなくなってしまう。一応メール系自体は受け取ることができるのだが、それもクリフォトエリアを出るまで更新されず閲覧不可能の仕様となっていた。ようはエデンやターミナルデバイスの連絡に関するシステムすべてが、一時的に使えなくなるというわけだ。なので一度こちらがクリフォトエリアに入れば、相手側にもこのエリアに来てもらうか、とある例外の条件に当てはまらないと連絡のやり取りが完全に途絶とだえてしまうのである。
 しかもたちが悪いことにこのエリアでは例外を除いて、ネット回線はもちろん、アーカイブスフィアにも接続することができない。なので情報といったたぐいからほぼ完全に切り離されてしまうのだ。これによりクリフォトエリアにいるときは基本、エデンや現実でなにかが起こっても知るよしがないのであった。
 ちなみにクリフォトエリアでの通信回線の通話は、あらかじめ周波数と使用するためのパスワードを決めておく。それさえ完了させれば割と普通に連絡が取り合えるのだが、改ざんの力を使えば簡単に傍受ぼうじゅや、通話している者の現在地の場所を特定できてしまうのだ。そのため使うとしても非常にリスクがあり、基本緊急時ぐらいしか使われないといっていい。
 しかし改ざんを使える者であるならばその通信回線に細工をほどこし、安全に通話できるようにすることが可能。しかも現在使っている通信回線に干渉して傍受や居場所を突き止めようとする者を、逆探知することさえ可能なのである。ただ細工するには、使用する前にいろいろと面倒な作業をしないといけないらしく、おまけに外部からの干渉を随時ずいじ警戒しなければいけないと聞いたことがあった。

「おぉ、あの脳筋バカだったくおんが、こんなにもおりこーさんに……。ふふん、ようやくゆきのしつけがきいてきたかぁ。あとはゆきに絶対の忠誠心を植え付ければ完璧だぁ!」

 レイジの質問に対し、ゆきはどこかバカにしたような感じで返してくる。

「おい、それ完全に犬だろ。まったく……、だれがゆきみたいな人使いが荒すぎるご主人様にしっぽを振るかよ」
「あーあ、これだからバカは困るー。才気あふれ、地位や権力までもゆうしてるこのゆき様のもとで働けるんだから、光栄に思わないとなぁ」
「ははは、あとそこにもう少し色気でもあれば考えないでもないが、さすがにわがままなお子様相手だと無理だわ」

 自身のことをこれでもかというほど持ち上げるゆきに、レイジは意地の悪い笑みを浮かべて本当のことを突きつけた。

「あぁん? くおん、なんか言ったぁ?」

 返ってきたのはゆきの殺気がこもった声。
 完全にきれかけ寸前といったところで、もし目の前に彼女がいたら、攻撃態勢に入っているところであろう。あまり怒らせると後が怖いので、とりあえず誤魔化しておく。

「――いや、なにも……。そ、そんなことより用件を言え、用件を」
「――ふんだ、まぁ、いい。用件をと言いたいけど、くおんには用がないから少しだまってて。――さっ、バカはほっといて、初めましてかたぎりゆづき。剣閃の魔女ことゆきだよぉ」

 ゆきはそう言い捨てて、結月に自己紹介を。
 どうやら今レイジとゆきが使っている通信回線に、結月をまねいたようだ。こうすることでこの回線の周波数とパスワードが結月のクリフォトエリア用の通話張に記録され、いつでも使えるようになるのである。

「あなたが剣閃の魔女さん? ええと、初めまして片桐結月です。よろしくお願いします」
「よろしくー。それとゆきに対して、そんなかしこまらなくてもいいからぁ」
「じゃあ、そうさせてもらうね。――ところで質問なんだけどクリフォトエリアでの通話は、傍受とかでいろいろ危ないんじゃなかったけ?」
「なにかと思えばそんなことぉ? すでにこの回線にはセキュリティーをほどこし、網も仕掛けてるー。だからもしどこぞのバカがこの回線に干渉しようものなら、即刻逆探知して、改ざんの格の違いというやつを思い知らせてあげるもん。このゆきに楯突いたむくいを存分とねぇ……、ふふん!」

 ゆきは不敵に笑いながら宣言する。
 その刃向かう者には相応の罪を、と言いたげな気迫がこもった言葉に、結月は引きつった表情に。

「――あはは……、それは頼もしいね……」
「――ゆづき、それでさっそくだけど、あなたに依頼してあげるー。今さっきどこぞの狩猟兵団が、運ばれてたメモリースフィアを奪ってったからそれを奪還だっかんして」

 メモリースフィアとはアーカイブスフィアに大きく関係する代物であり、このクリフォトエリアでなくては欠かせない存在。簡単に説明するとデータを保管するため専用の記憶端末といっていい。

「おいおい、結月にいきなり実戦をさせる気か? 本来のデュエルアバターでもないのにさすがにきついだろ?」
「あのねぇ、くおん。文句を言いたいのはほかでもない、ゆきの方なんだからなぁ。なにがちょうどいい敵を探して、ゆづきの実戦をサポートしてくれだよぉ。あー! なゆたの奴ー、よりにもよってこんなめんどすぎる依頼をゆきに押し付けやがってぇ」

 レイジの抗議に、ゆきは声を張り上げて文句を。
 ゆき個人の依頼かと思ったが、那由他の差し金だったらしい。

「那由他が? なるほど。アラン・ライザバレットの件もあるし、早いとこ実戦を積ませておくってことか……」 

 のちほどレーシスから正式に、アラン・ライザバレットと狩猟兵団たちの動向について調査の依頼が来るはず。
 そうなると結月も連れていくことになるので、戦闘にいつ直面するかわからない。そのため今のうちに、少しでも実戦経験を積んでおいてほしいのだろう。あとついでに結月の戦闘スタイルの把握はあくなども出来るので、一石二鳥というわけだ。

「あー、だるいー。やっぱあの時、なにがなんでも断るべきだったぁ……」

 ゆきの後悔の声から察するに、今ごろ机にふせて嘆いているのだろうと容易に想像できた。

「ははは、その様子だとまた那由他のペースにはまったみたいだな」
「――はぁ……、那由他ってゆきがいくら嫌だと言っても、あらゆる手で懐柔かいじゅうしやがるからほんとやっかいすぎるー……。しかもあの明るすぎて親しげな性格は、日陰でひっそりと生きる引きこもりのゆきの、まさに天敵そのものだしー。――あー、早く縁を切らないと、ゆきの身がマジでヤバイよぉ……。なぁ、くおん、どうにかしやがれぇ……」

 どんよりとした声色で助けを求めてくるゆき。

「いや、あれはさすがに無理だろ……。――というか逆にオレの方がなんとかしてほしいぐらいだし」
「チッ、この役立たずがぁ……」
「あのー、依頼の件なんだけど……」

 二人でため息をついていると、結月がおずおず説明を求めてくる。

「はっ、そうそう、ゆきとしたことがうっかりしてたぁ。それで受けるー? もちろん、ことわってくれてもいいからねぇ! むしろそっちにした方がいいよぉ、絶対!」

 ゆきはもはや断ってくれと言いたげに、二択を突き付ける。
 そのあまりのめんどくさいオーラを感じ取ったのか、結月は答えづらそうにしながらも肯定の意を。

「――あはは……、――ええと、受けようかな。私も少し自分の力を試してみたいし」
「大丈夫なのか、結月? 初めての実戦だし、オレとしてはゆきからデュエルアバターを受け取って、万全な状態でやることをお勧めするけど」
「安心して、久遠くん。私こう見えてサーバーエリアで戦うゲームを、やり込んでる方だから。それに私の戦闘スタイルは、あまりアバターのスペックを必要としないタイプだし」

 結月が胸に手をやり、少し得意げに伝えてくる。

「――あーあ……、じゃあ、決まりかぁ……。仕方ない、ゆきはこの子を使って危なくなったら手を貸してあげるから、適当に頑張っといてねぇ」

 ゆきのだるそうな言葉と共に、上空から一羽の鳥が降下して来る。そしてゆっくりレイジの肩に着地した。
 その鳥はシルバーを基調とした見るからにメカメカしいワシ。するどいくちばしと爪を持っており、なかなか強そうな機体である。これが機械人形であるガーディアンというやつだ。

「わー、すごい! これってガーディアンだよね?」

 そんなワシのガーディアンに対し、結月は物珍しそうにさわりだす。

「こんだけ距離が離れてるっていうのに、よく戦闘用のを操作できるな。こういうのは使用者が近くにいないと、起動すらしないだろ?」
「ふっふーん、まっ、当然だぁ! ゆきは世界で五本の指に入るほどの電子の導き手だもん! この程度のことできなくて、どうするって話だぁ!」

 実際ガーディアンは改ざんの力を持っていなくても使えるので、その道のスペシャリストであるゆきならば、これぐらいの操作どうってことないのだろう。
 ちなみにゆきの声はさっきまでの通信回線からとは違い、ワシのガーディアンの方から直接聞こえてくる。実際ガーディアンには会話する機能などない。だが高位の電子の導き手だとガーディアンそのものに通信回線を付け加え、通話機のようにできるのだ。もちろんこれだとさっきまでのように内密の会話ができず、相手にれる可能性がある。しかしこの方法だと人数分の回線のラインを管理せずに済み、ガーディアンの回線一本にしぼれて楽ができるのだとか。それゆえ労力を嫌うゆきは、ガーディアンを使う場合基本こっちで会話するのであった。

「そうだったな。それじゃあ、オレも結月のサポートを頑張るとするか」
「うん、お願いするね。二人とも」

 こうして話がまとまり、結月はレイジたちにぺこりと頭を下げてくるのであった。

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