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悲しき暗澹の王

第23話 ありったけ

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 ──「月光の浄化」をご存知だろうか。
 セント・ジュエルでは古来より、「月の光には浄化の力がある」と信じられてきた。


 静寂の闇夜・天から降り注ぐ銀の光に、我々は身を委ね、その力が満ちていくのを感じ眠りにつく。「月光浴」「浄化浴」とも言われ、わたしたちの楽しみ。



「……ヘンリーさん。これは予想ですけど、化生けしょうが湧くのが新月なのは、月の加護が届かなくなるからだと思うんです」



 王家の霊廟。
 英傑が眠る墓の前。
 ぐらぐらと音を立てる墓蓋を横に、ヘンリーさんに語るわたし。
 高く吹き抜けた夜空を見上げて、続きを述べる。




「「冥界と現世をわかつ石」・「現世を護る石」と言われてる御影石も、月光の加護のもとにあると思います。けど、墓の奥の世界に月光それが届くとは思えない」


 言いながら、見つめるのは音を立てる墓の蓋。
 縁に手をかけ、押し出しながら息を吸い込むと、


「……仮に・・、今までの封印が「月光補助のない状態の御影石の力」を「魂で補っていた」……つまり「ほぼ魂だけで頑張っていた」として」


 ぐっと押し込みながら、靴を脱ぎ捨てる。
 ヒールなんて履いちゃいられない。



「その、魂が切れた時と新月が重なり溢れ出す──としたならば」



 墓蓋を押し出すわたしの隣から、手が伸び手元が軽くなった。
 ヘンリーさんと共に蓋を押しながら言い続ける。




「「満月の夜・月の加護が最大に効いた状態で」・「冥界の奥まで力を注いだら」どうなると思います?」



 ガッ、ごろんっ。
 けたたましい音ともに、ズレた墓蓋が地に転がった。
 ぽっかりと開いた闇を横目にそう問うと、ヘンリーさんは顔をしかめて



「……どう……って。そんな前例ありませんよ」
「ですよね。だから、試してみたくて」


 予想通りの答えに手を打ち、払う。
 不気味な呼び声がうっすらと響く中、脳をちらりと横切ったのはエリックさんの怒り顔だ。

 ……怒るんだろうな……

 かすめた想いに胸が痛むが──わたしは落ち着きを装いヘンリーさんに向き直る。



「「御影の楔は退魔の石で出来ている」。「御影石は、封じる力を持っている。だから墓蓋にも選ばれている」。そこに、月の光を注ぐことで「封印の期間の延長──もしくは冥界の破壊」を期待できたとして。でも、それだけじゃちょっと弱い」



 紡ぐのは「仮定」の話。
 だけどわたしは、真剣に説く。
 黙って聞いてくれているヘンリーさんに、布袋を抱えて申し立てた。



「もう少し勝率をあげるために「退魔の石を追加」します」
「……追加・・?」
「はい。例えば水晶。〈自浄作用もある最強の浄化石〉」

 

 云いながら、”くんっ”と腕を上げる。
 意思に呼応して、袋の中から浮かび出てくれたのは、透き通った水晶。
 とっても綺麗な子。



「例えばアメジスト。〈水晶の仲間で、霊に対して効果抜群〉」


 もう一度、”呼ぶ”。
 くるくるしゅるしゅると指先で踊るのは、色鮮やかな紫の子。
 そんなアメジストに心が緩んで、指の先で回る宝石を手のひらに収めたわたしは、続きを語った。



「もっとあります。わたしみたいな地味な石は効力なんかも語り継がれなかったけど、華やかな石の力は周知されていました。そしてここはセント・ジュエル。地味な石から華やかな宝石まで勢ぞろい。退魔・浄化石の調達には事欠かない」


 袋の中で石がカチンと音を立てた。
 いつもより一層煌びやかな宝石たちを抱えて、言った。



「浄化・退魔の石の総力をもって、御影石を助けます。石には”気を吸う”力もあるから、わたしが可愛がってきたこの子たちは気力をため込んでいるはず」
「……なるほど……」
「──で。ここからさらに勝率をあげます」
「……どうするんです?」



 静かに聞いてくれていたヘンリーさんが眉を寄せる。
 わたしは、自分の胸をぐっと押さえ彼を正面から見据えると、



「それは、鍾乳石わたし。「全ての宝珠の力を引き出す、土台の力」をもっているので、一緒に飛び込んで石の力、引き出します。御影石にも水晶にも、助けてもらうんです。大丈夫、きっと応えてくれるから」



 はっきりと言いながら見つめるのは、袋の中の宝珠たち。


 元はくすんでたこの子たちも、今はほら。こんなに綺麗。
 拾ってからずっと愛でてきた。


 煌めく手元とは対照的に、足元に暗澹が広がる。
 怨嗟の声も徐々に大きくなる中、わたしは──ひとつ。
 瞼を閉じて思いを告げた。



「……それを、はっきり教えてくれたのは、おにーさ……いいえ、エリック陛下でした。驚いたけど嬉しかった。わたし、彼には生きてほしいんです」

「……いや、それは、」
「「命は平等。でも。王族と民草では重みが違う」。「陛下と第26王女」じゃ……どっちが重いですか?」



 渋るヘンリーさんに軽めの口調で問いかける。

 場違いかもしれないが……こういう時、深刻を出さない口調で話をしてしまう。
 ”あまり責務をかけたくない”そんな気持ちで述べたが──返ってきたのは怒り交じりの難色だった。



「…………アナタ、陛下のために命を捨てる気ですか」
「あ、いえいえ」



 怒りに首を振った。
 違うの、そうじゃないの。


「わたし、別に「陛下の代わりになろう」ってわけじゃないんです。死ぬ気無いし。生きていきたいし。「生き抜いて」って言われてるし。そんなんで彼の記憶に残ろうとも思わない。そんな恩の売り方したくない。彼の悲しい顔なんて見たくない。でもただ、「可能性があるなら試したい」。「生きていてほしい」の」



 「生きていてほしい」。
 誰よりも長く。
 ずっとこの先はないと思っていたのなら、なおさら。
 彼には、生きていてほしい。


 それを思い浮かべながら、ヘンリーさんに顔を向け──苦笑気味に問いかけた。



「──でも、こんなこと言ったら、エリックさん、絶対怒るし死にものぐるいで止めるでしょ? エリックさんってそういう人。「自分の命は差し出しちゃうけど、仲間の命は絶対差し出させない」人」



 ヘンリーさんが頷く。痛烈を湛えて。
 そうですよね、わかります。彼ってそういう人。



「でも「生きていてほしいのはこっちも同じ」。だから、少し試すだけです。ダメだったらなんとかして帰ってきます。絶対」



 ”ヘンリーさん、わたしと貴方、気持ちは一緒でしょ?”


 それを込めながらはっきりと告げた。


 ──我ながら、残酷な手を使う。
 エリックさんじゃ止めると解っていたから、彼に説明した。

 彼なら止めないと思ったから。


 
 答えを待つわたしに、ヘンリーさんは、徐々に、纏う痛烈を平静へと整えて──



「…………お願いします。陛下が知ったら殺されそうですけど」
「じゃ、彼がくる前に行きますかっ」

「まってくださいミリアさん。楔はどうします? 用意できてないんですよ。核に傷をつけなければ、力を叩き込むことも──」
「あ、その「楔」なんですけど、わたしのぺーパー……」


 「────ミリア!!!」


「…………!」


 言いかけて、響いた声に心が揺れる。
 意識せずに顔が向く。

 堰き止めるような焦りを孕んだその声は、大好きな彼の声。





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