上 下
24 / 28
悲しき暗澹の王

第22話 本音

しおりを挟む






 やっとわかった。
 彼が、「彼女に再会した後なにをしたいか」、なかなか答えられなかった理由。


 やっとわかった。
 そのあたりのことを「夢物語だ」と言っていた理由。


 やっとわかった。
 「生き抜いてくれ」って言った理由。


 ごめんね、ごめんね、ごめんなさい。
 わたし、何も知らなかった。気づけなかった。
 「未来さきなんてない」って、抱えてると思わなかった。







 歪んだ世界に、煌々と光る月の下。
 わたしは、ぼーっと眺めて思ってた。


 
 新月っていつだっけ。
 たしか、月が見えなくなる夜だっけ。

 
 昔の人は凄いよね。
 そういうので季節を数えて暦を作った。
 わたしなんか、そんなのに気づかず毎日へらへら生きてたと思う。


 あー空がよく見えるなあ。穴の底にいるんだから当たり前か。


 ……雨なんて降ったの、少し前なのにね。
 葉っぱが湿って、何度も滑ってこの状態。
 『地味石ミリーはどろんこミリーになりました。めでたしめでたし』って?
 全然笑えないよ。なーんにも面白くない。



「────あ────っ! 『死ぬとか信じらんない!』って言っといて、自分がこうじゃ顔向けできない────ッ!!」



 くぼみの底から、空に向かって思いっきり叫んだ。
 何の音もしない。
 鳥も飛ばない。
 何か反応してくれてもいいのに。もう。
 

 駄目だ、どうも感情が忙しい。
 虚無と苛立ちが行ったり来たりする。
 たまにぶり返す悲しみがめんどくさい。
 気を抜くとエリックさんの顔が出てくる。
 そのたびに心が揺れる。
 あの直後よりは落ち着いたけど。


「…………出なきゃ。こっから」
 


 ぐっと膝に手をついて、わたしは立った。
 泥まみれの手で頬を拭い、睨み据えるのは泥の坂だ。
 なんとしても登らなければならない。
 こんなところで死んでたまるか。



「……そうだ、木の棒でも差して足場作れば行けるかな……」
 


 閃きに促されるように、わたしは足元を見まわして──


「…………ミリアさん?」
「……! ヘンリーさん!?」


 突然降ってきた声に顔を上げた。
 暗がりを照らすランタンの中、ヘンリーさんがぼんやりと浮き上がり、がさがさと近づいてくる。



「ああ、よかった、見つけた。探しましたよ」
 

 言いつつ、彼はぴぃ──と笛を吹き、流れるように縄を取り出すと、


「そこの木に縄、縛るんで。少し待っててもらえます? あ、歩けますか?」



 いつもの口調の問いかけに、わたしは『はい』とひとつ答えた。


■■




 二人で行く夜道は、決して心地いいとは言えなかった。

 雰囲気はさしずめ、葬儀の前だ。
 ヘンリーさんの内情すべてはわからないが、歩調を合わせながらも何も言わない彼はおそらく、わたしに良い感情は抱いていない。


 それはそうである。
 彼からすれば、今のわたしは「覆らない事にパニックになって逃げだした上、自力で帰れず探させた考えなし女」。迷惑千万・怒られたって仕方ない。


 自分に反省しかない。
 が、彼は何も言わなかった。それが逆に胃を縮めていく。


 ──ごめんなさい。
 何度目かの謝罪を胸の内に、さりげなく意識だけを向けるわたしの視線に気づいたのか、ヘンリーさんは前を向きながら小さく口を開くと、




「……良かったです。野犬とかに襲われてなくて」
「……ご迷惑、おかけしました」



 口調は丁寧だけど温度のないそれに謝る。
 じっとりと湧き出る自責の念。 
 釣られて先ほどの場面が蘇る。
 激情に走った自分・平静だったエリックさん・そして、。エリックさんの後ろから、「言うな」を叩き込んでいた彼の顔。



「これで貴女まで死んだら、陛下になんて言えばいいか。心配されていましたよ?」
「…………ヘンリーさんは」


 言葉は口を突いて出た。
 抱えきれないやるせなさの中、聞きたいことが飛んでいく。


「ヘンリーさんはいいんですか? エリックさん……エリック陛下が死んじゃっても「そういうものだから仕方ない」で済むんですか?」
「────済むわけないでしょう」



 怒りを孕んだ答えは、勢いよく返ってきた。
 思わず喉を詰めるほどの剣幕は、彼の本音・・を、ありありと表していた。

 

「…………僕はね、貴方に感謝していますが、腹も立ててます。陛下の前で、僕らが言えなかったことを簡単に言った。それは誰もが考えたことですけど、陛下の前では口に出さなかったんですよ。この気持ちがわかりますか?」
「…………」


「死んでほしいわけがない。僕らの王だ。人柱なんて、避けられるもんなら避けたいですよ。……でも、本人がああでしょう? あの方は元々、自分の命を勘定に入れないところがあります。その上、人柱になることを──いや、自分の命を差し出すことに抵抗がないんです」



 堰を切ったように話す彼。
 痛いぐらいの虚しさとやるせなさ。
 前を行く彼の表情はわからないが、憤りを放つその声は、怒りと悲しさが混濁し、震えていた。



「〈探し人〉のせいです。いや、「おかげ」って言うべきなんでしょうね……、陛下は「彼女のおかげで生きてこられた」っつってるんですから。失う方の身にもなってほしいですけど」
「〈彼女〉は、なにをしたんですか……?」
「────さあ。そればっかりは僕らも知りません」



 吐き捨てるような言葉の後、澱みなく動いていたヘンリーさんの足が止まる。
 釣られて立ち止まるわたしの前で、彼の手元……先を照らしていたランタンが、力なく……下がっていく。



「──……陛下は、本当に」


 ぽつり。


「本当に、出来たお方で……いつも先陣を切って僕らを護ってくださいました。国のことを、民のことを考え、先代王・王妃さまが御隠れになられた時も、ご兄弟の心の安寧に全力を尽くしていた。人柱になるお方じゃないんだ!」
「……その気持ち、伝えないんですか……?」

「伝えたらいけないんです。わかるでしょう? 陛下は精一杯務めを果たそうとしていらっしゃる。自らの命も礎になるのだと言い聞かせている。そこまで覚悟を決めていらっしゃる陛下を、僕らの我儘で惑わせるなんて、そんなこと!」
「…………」

「ならば、最後の一刻いっときまで、陛下が後悔なさらないよう努めるのが──家臣の勤めってものじゃないですか?」
「…………」



 わたしは、何も言えなかった。
 愚問だった、バカだった。
 
 ヘンリーさんは、自身の痛みの上で彼に寄り添っていた。
 人柱の件を今日初めて知ったわたしが思ったことなんて、何万回も考えたんだろう。


 わたしは、馬鹿だなあ……
 一番痛い思いをしてる人に、こんなこと聞いた。
 恥知らずもいいところ。自分が情けない。


 ああもう、言葉にならないよ。
 命を捧げる運命を受け入れているエリックさんと、大切な主が消えゆくのを見守るヘンリーさん。
 どっちも可哀想じゃ済まされない。




 ────ねえ、それで……”わたしは”?


 ぐるりぐるりと渦を巻く。
 自分自身に問いかける。
 

 ここまで知って、寂しさと、悲しみと、苦しさとでやるせなくなってるだけ?
 何とかできないの?
 何とかできない? 



 踏みしめる枯草の音を聞きながら、取り巻く想いに思考を巡らせ息を詰める。


 どうしたらいい? どうすればいい? 国を、彼を護るため。どっちも犠牲にしない方法はない? セント・ジュエルのこの地で、全部を護る方法は、ない?



 考えろ、考えて。
 ヒトには脳がついてるんだから。
 なんとかしようがいつだって、モノを動かしてきたんだから。



 並べて・並べて・考えて。
 ありったけを並べて考えて。


 「新月には化生けしょうが沸く」
 「闇夜に誘われて彼らが動き出し、それが一番活発になるのが新月」


 
 ……「御影石」・「石の力」・「魂」・「封印」……

 
 今あるカードを並べてぐるぐる渦巻くわたしの視界、落ちた影・・・・真っ黒で・・・・・



 誘われるように、空を見上げた。
 高く高く伸びゆく空の中心に、煌々と光り輝くのは────


 
「────”満月”…………」

 
 ────”満月”。



「…………」
「……さあ、早く着替えて宴のほうへ。そして、陛下に謝ってくださいね? 戻らない貴方を一番心配していたのは、陛下ですから」
「────ヘンリーさん」


 王城を前にして。
 わたしは、空高く、煌々と光る月から目を離し──彼に告げた。


「……試したいことがあります。協力していただけませんか」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

喋ることができなくなった行き遅れ令嬢ですが、幸せです。

加藤ラスク
恋愛
セシル = マクラグレンは昔とある事件のせいで喋ることができなくなっていた。今は王室内事務局で働いており、真面目で誠実だと評判だ。しかし後輩のラーラからは、行き遅れ令嬢などと嫌味を言われる日々。 そんなセシルの密かな喜びは、今大人気のイケメン騎士団長クレイグ = エヴェレストに会えること。クレイグはなぜか毎日事務局に顔を出し、要件がある時は必ずセシルを指名していた。そんなある日、重要な書類が紛失する事件が起きて……

処理中です...