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メイドの土産にアップルパイはいかが?
しおりを挟む「どういうことだ、シードル侯爵! 貴様、依頼を失敗しておいて、ただで済むと思っておるのか!!」
王城の一角にある、王族だけが使用できる小部屋。
そこに呼び出されたヴィクターは、国王から叱責を受けていた。
「恐れながら申し上げます、陛下。シードル家の仕事は暗殺であって、警護ではありません」
「なにを……」
「聞いたところ、姫の住む家には警備や侍女をつけていなかったそうではないですか。他国の王子との婚約を控えた姫にもかかわらず」
床に跪くヴィクターはあくまでも冷静に、事実だけを述べていく。
だが国王はそれが癪にさわったようだ。目の前にあった机に、拳をバァンと叩きつけた。
「ふっ、ふざけるな!! そんな言い訳が通用すると思っているのか!!」
「しかし、それが事実です。まさか陛下は自身の娘の様子を、御存知なかったので?」
警備の目を付けていなかったのは、完全に国王側の手落ちだ。
とはいえ、放ったらかしにした娘が、自分達以外の者に殺されるとは思いもしなかっただろうが。
それでも国王は納得がいかず、激しい剣幕でまくし立てる。
「知るか! どうにかしろ!! これでは計画がすべて台無しではないか!」
「申し訳ありません。我がシードル家は殺すことはできても、死者を生き返らせる術は持ち合わせておりませぬゆえ……」
怯まず嫌味の応酬をするヴィクターに、国王の怒りは頂点に達した。
「黙れ!! 使えぬ犬め! この場で貴様を殺してやってもいいんだぞ!!」
「どちらにせよ、もう手遅れですよ。陛下も駄犬に構うより、外交のやり直しに気を割いた方がよろしいかと」
「この……!!」
怒りのあまり立ち上がるも、ヴィクターはギロリと国王を睨み返す。
圧倒的に修羅場をくぐってきた数が違う。
本物の殺気にあてられ、国王はすごすごと席へと戻った。
「今回のことは覚えておけ。事が済んだら、貴様のその舐めた口を一生利けなくしてやるからな……!!」
ヴィクターはそれ以上は何も言わなかった。
ゆっくりと立ち上がると、一礼をして部屋を退室していった。
「おい! なにか甘味をもて! 酒もだ!!」
部屋からはそんな声が上がった。
直後にメイド服を着た少女が部屋から飛び出し、半泣きになりながら調理場の方へと駆けて行った。
そしてすぐに別のメイドがトレーを持ってやって来ると、王の待つ部屋へ入っていく。
「どうぞ。焼きたてのパイでございます」
「ちっ、アップルパイか。林檎なぞ忌々しい……が、パイには罪はないか」
湯気が立っているアップルパイは見るからに美味しそうだ。
ナイフを入れればパイ生地がサクサクと音を立て、口に入れれば砂糖と林檎の甘みが王の舌を満足させた。
「ん? メッセージカード?」
ふと、王はパイの横に小さな紙切れが添えてある事に気が付いた。
「なになに? 『さようなら、お父様。このパイはお別れの印です』……ま、まさか!?」
「お待たせいたしました。急いで焼き菓子を作らせて……あれ? 誰がアップルパイなんて……」
「お、お前! さっきのメイドは……待て、アップルパイだと!?」
アップルパイ。
それはある家が絡むと、全く別の意味となる魅惑のスイーツだ。
「う、うーん……」
「陛下!? た、大変……お医者様ぁあ!!」
そうしてこの日以来、モンドール王国の国王は床に臥すようになった。
何も知らぬ民は、第二王女が亡くなったことで心を痛めたのだろうと、心優しい王を憐れんだ。
やがて体調不良を理由に、王弟だった公爵に王の座を渡し、王妃と共に王城を去った。
そしてどこか静かな場所で、残りの人生を穏やかに過ごしたという。
◇
「はぁ……」
「溜め息なんて吐いてどうしたんですか、旦那様」
王が倒れた次の日。
シードル侯爵邸にて、当主のヴィクターは執務室の椅子にもたれ掛かりながら溜め息を吐いた。
「育てていた豚を潰したことを、まだ悔やんでおられるのですか」
「だってさぁ……酒のツマミにしようと、楽しみにしていたんだぞ?」
ニーナ姫の死を偽装するため、代わりの死体が必要だった。
そのためにヴィクターはセバスに言って肉や骨を用意させていたのだ。
「しかし、ニーナ様の変装と演技には舌を巻きましたな」
「あれには俺も冷や汗を掻いたが……いや、あの胆力には恐れ入ったよ。惚れ直した」
ニーナ姫が国王に釘を刺しに行くと言った時には、二人とも驚かされた。
だが彼女なりにケジメをつけたかったのだろう。
実際、それは上手くいったようだった。
「あとは公爵閣下が上手くやってくれるだろう」
「閣下も旦那様には感謝しておりましたよ。今後ともよろしくと」
「それはいいが、今度からはあの無礼な代理人以外の奴を使って欲しいな」
ヴィクターは失礼な代理人の本当の雇い主を思い浮かべて笑った。
――コンコン。
ノックの音の後に、執務室のドアが開かれる。
思い出のアップルパイと同じ甘い香りが、執務室に漂ってきた。
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