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第99話 魔王様、魔道船『アングラーフィッシャーズ』でございます
しおりを挟む「な、なんなのよコレ……でっかい魚?」
口をあんぐりと大きく開けたシャルンが、呆然と目の前の巨大魚を見つめている。
「か、変わったお魚さんね……もしかしてこの中にドワーフが住んでいるの?」
「いや、この中に住んでいるのは正解だが、これは生き物じゃない。機械仕掛けの動く要塞ってところだな」
「これが機械仕掛け……これ全体が魔道具ってこと!?」
シャルンは信じられないと言った様子でさらに目を大きくした。
まぁ無理もないだろう。俺自身もティターニアから説明を受けていなければ、もっと驚いていた自信があるしな。
そんな二人を尻目に俺はゆっくりと高度を下げていくと――アンコウの頭の一部がマンホールのようにカパッと開いた。
「初めましてじゃのう! ワシはドワーフ族の王……バギンズと申す者じゃ!」
マンホールから出てきたのは、背の小さな爺さんだった。
キャップ帽にパーマの掛かった白髪、丸眼鏡にオーバーオールという、王というよりも何かの作業員と言った方がしっくりくる風貌だ。
「ご丁寧にどうも。俺はティターニアの紹介できた勇者ストラゼス。そんでもってこっちが」
「妻のシャルンよ」
「さらっと嘘を付くんじゃない。シャルンが義妹で、こっちのサラマンドラがサラちゃんだ」
俺の隣に並び立つと、シャルンもペタっと手をあげて自己紹介をした。さらに隣ではサラちゃんが小さく「ぐぁ~」と鳴いた。
そんな俺たちを見て、バギンズと名乗った爺さんは髭をさすりながら大笑いした。
「ガッハハハ! 勇者に魔王に魔物か! 随分と面白いメンツじゃのう!!」
そう言ってバギンズは、自らの胸に手を当てて名乗り返した。
「歓迎しよう、妖精の友たちよ。さぁ、我がドワーフ族自慢の『底を泳ぐ者』を案内しようではないか」
◇
バギンズの案内で、俺たちはアングラーフィッシャーズと呼ばれる巨大な魔道船の中を見学させてもらった。
外見こそ金ピカのメタリックな魚だったが、内装は落ち着いた壁紙やカーペットが敷かれており、まるで動くホテルのようだった。
さらに応接間のような場所に入ると、中には魔道具製の冷蔵庫や冷暖房などが完備されており、シャルンはもう何度目かも分からないほどの声を上げた。
「に、兄様! すごいわコレ!! どんな仕組みで動いているのか、全然分からないわ!」
「いやはや、ドワーフ族の技術力おそるべしだわ」
俺たち三人はふかふかのソファーに座ったまま、部屋の中をアチコチと視線をさまよわせ続ける。
たしかに魔王城や各街にも魔道具はある。だが俺たちが普段見ているようなのは、ドワーフのそれに比べてもっと簡易的で大型の物が多い。例えるなら、電話ボックスとスマホぐらいの差がある。
「ガッハハ! そこまで驚いてくれると、招待した甲斐があるのう!」
バギンスは部屋の冷蔵庫から飲み物を取り出し、俺たちに褐色のお茶を出してくれた。匂いは……うん、ウーロン茶っぽいな。
さらに彼はもう一度冷蔵庫の元に戻ると、別の瓶を持って帰ってきた。
それを見て俺はピン、ときた。おそらく中身はドワーフの定番、酒精の強いアルコールだろう。瓶からコップにトクトクと粘性のある黄金色の液体が注がれていくのを見て、俺は「やはりな」と一人納得していた。
「あぁ、すまんの。我らドワーフ族にとっちゃコイツが茶なんでな」
「ん? 気にしないでくれ。俺も酒は嫌いじゃない……っておいシャルン、お前はまだ子供なんだから飲もうとするんじゃない!」
俺が話している間に、バギンスのコップにコッソリと手を伸ばしていたシャルンをたしなめる。
だがそれよりも彼女は素早くコップを奪い去ると、ソファーから離れて逃げていった。
まったく、このお転婆娘め。てへっ、と可愛く舌を出しているが、保護者として見逃すわけにはいかない。
「酒? 違うぞ、これはマグマフィッシュの体液から抽出した健康ジュースじゃ。生臭いが、慣れるとクセになる旨さでの」
「ぶふぉっ! げほっ、ごほっ! うえぇぇ、なにこれぇ……!!」
「ん? 嬢ちゃんはコレが飲みたかったのではないのか?」
「ちがうわよ!!」
バギンスの説明を聞く前に口にしてしまったシャルンが涙目で抗議する。
「うぅ、酷い目に遭ったわ……」
「だが100%悪いのはお前の方だぞ、シャルン」
ソファーに戻ってきた義妹に、俺はキッパリと言い放った。
彼女からはプーンと生臭い香りが漂っており、思わず俺とサラちゃんが距離をとった。
「ほれ、嬢ちゃん。茶菓子も用意してあるぞ」
「……いらないわ」
コップに半分以上残っているマグマフィッシュのジュースを見つめながら、シャルンは俯いてしまった。
もう完全にふてくされてしまった義妹を無視して、俺はバギンスに色々と質問をしてみた。
どうしてこんな場所で生活しているのか? ドワーフ族に何があったのか?
そんな俺たちの質問に、彼は楽しそうに答えてくれた。
「そうさな……語るべきことは多々あるが、端的に言えば我らの気質じゃな」
「気質?」
「おうさ。我らドワーフ族は、根っからの職人気質じゃ。新しい技術を発見すれば、試さずにはおれん。あらゆる環境に適応する魔道船もその一環での、試運転を兼ねて大海原に飛び出したってわけじゃ」
「……海っていっても、マグマだけどな」
その探求心や心意気は買うが、あまりにも危険すぎやしないだろうか。しかも一族総出でひとつの船に乗るなんて……。
「あれ? でもティターニアからは『ドワーフ族が助けを求めている』って」
「あぁ。それは事実じゃ。運航自体は順調じゃったんじゃが、このところとある魔物に困らされておっての」
バギンスはあごのヒゲをしごきながら、肩を落とした。
「巨大なマグマワームがこの辺りを荒らしまわっておっての。マグマの海を泳ぐアングラーフィッシャーズの脅威となっておるんじゃ」
「マグマワーム? またここでもワームが……」
ワームと聞いて、プルア村の川を汚染していた魔物を思い出した。
そういえばアイツもどこからやってきたのか不明だったが、もしかすると魔族領全体でワームが大量発生しているのだろうか。
「ワシらの魔道船はそう簡単には齧られんが、対抗する手段も無いんじゃ。せめて地上なら手を出せるんじゃが……」
「うーん、なるほどな。たしかにマグマの中じゃ戦いようがないか」
俺もどうやって討伐すればいいのか、パッと良い案が思い浮かばない。
しばし二人で悩んでいると、隣で話を聞いていたシャルンが、突然立ち上がった。
「じゃあ私がその魔物を倒せばいいのね!」
「は?」
突然の申し出に、俺は呆気にとられてしまった。
「いやいや、それができないから悩んでいるんだろ……ってシャルン。お前そのジュースどうした?」
先ほどまで中身が残っていたはずのコップが空になっていた。捨てた様子もないし、いったいどこへ……。
「けぷっ。慣れたら案外クセになる美味しさだったわ。お代わりを頂けるかしら?」
呆気に取られた俺たちは、満面の笑みで口元を腕で拭うシャルンの姿をただ眺めることしかできなかった。
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