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第82話 魔王様、乾杯の時間です
しおりを挟む妖精樹の果実で酒造りをすることに決めた俺たちは、さっそく収穫して村に持ち帰った。
といっても酒の造り方なんて誰も知らないので迷っていると、たまたま村に来ていたクリムが「おっ、今度は酒造りを始めるのか?」と反応を示した。
「ならナバーナ村にピッタリな人材が居るぞ。昔、酒造で働いていた職人だ」
「マジか!? それは助かるよ!」
大工や農家に養鶏、挙句の果てには酒職人かよ。なんであの村にはベテランの職人ばかり居るんだ? こうなったら全員、プルア村に引っ越してくれないかな。
「ハハハッ、それは貴様が相手でもお断りだ。あの村は国の功労者たちに、ゆっくりと余生を過ごしてもらおうと思って俺が作ったんだからな!」
「そのためにわざわざ、自分の財産と労力を使って? お前もよくやるよな……」
「そういうストラも、ある意味では俺と同じではないか! ……まぁプルア村の温泉には村人を通わせてもらうから、技術交流はそのついでで勘弁してくれ」
「ははは、分かったよ。ありがとう」
このクリムって男の凄いところは、自分が高位な貴族の生まれながら他人を決して見下さないところだ。キチンとその人の本質を見て判断する。
まぁそれぐらいの度量が無いと、クセの多い魔族軍の指揮は取れないんだろうけど。
そんなわけで、ナバーナ村から来てくれたジンさんという職人にやり方を習いつつ。幾つかの酒を造ってみた。
リンゴの酒だからシードルになるのかな? 妖精樹の果実を搾った汁を発酵させて作る、割とシンプルなお酒だ。
肥料づくりと一緒で、この村の裏の住人となっている“菌”に今回も協力を賜り……なんと2週間で完成してしまった。
本来なら2度発酵させた方が深みも出て美味しいらしいのだけど、みんなから「飲んでみたい!」という意見が続出。今日はその試作品を、村のみんなで試飲してみようという会を開くことになったのだが――。
「なぁ、ティターニア。アンタはいつまで俺の村に居るつもりなんだ……?」
会場となっている猫鍋亭に向かうと、そこには妖精女王のティターニアが。彼女はそこで、フシの作った川魚定食を堪能しているようだった。
「いいじゃないの。ちょっとだけ温泉で休暇を取っているだけよ」
そうはいっても、既にこの人は2週間もこの温泉宿でグータラしている。サラちゃんから妖精樹を譲ってもらったあの日からずっとだ。
おかげで獣人三姉妹や聖獣ミラ様ともすっかり打ち解けているし、まるでここの住人のように振舞っている。昨日なんて、アクアと同じ湯上がり姿で村を歩いていたし。わざわざ浴衣まで用意して、ちょっと馴染み過ぎじゃないか?
年齢がナン百歳といっていると、数週間なんて一瞬の感覚なのかもしれないけど……さすがに彼女の国が心配になってくる。
「なんならここに永住しちゃおうかしら?」
ティターニアのまさかの台詞に、俺は手に持っていたシードル入りのコップを落としそうになった。
「あのなぁ、仮にも妖精族の王なんだから……そんな無責任なことを口にするなよ」
「あら、でも取引先の状況を知っておくのも大切じゃない? そうだわ。せっかくだし、いつ来ても良いように私専用の家を建てちゃおうかしら」
「無茶言うなって……」
なんで一国の主が、そんな気軽に温泉宿へ遊びに来るんだよ。
「そんな怖い顔しないでちょうだいよ、ストラ。冗談に決まっているでしょう?」
「アンタが言うと、あんまり冗談に聞こえないんだが……」
「ふふっ。でも貴方には借りがあるし、何かあればいつでも飛んでくるからね」
そう言ってティターニアは悪戯っぽく微笑むと、俺から視線を外してコップを手に取った。
そんな何気ない仕草ですら絵になるのだから、美人ってズルいよな……。
「ストラ、全員にコップが行き渡ったわよ!」
「お、ありがとうアクア。それでは……プルア村の新たな特産品の誕生を祝して。乾杯!」
「「「かんぱーい!!」」」
グイッとシードルを喉に流し込むと、爽やかな味が鼻から抜ける。うん、なかなか美味しいじゃないか。
「悩みのタネだった金策も、これでどうにかなりそうですね」
「そうだな……」
少し赤ら顔になったリディカに、俺は微笑み返す。
まだ味が若々しいけれど、できたばかりのこの村に合っている気がする。なにより、みんなが幸せそうな顔なのがいい。
成熟はこれからのお楽しみってことで――。
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