60 / 106
第60話 魔王様、お、おお落ち着いて
しおりを挟む「んん~っ、これっ! すごいっ!! 美味しいですよ、勇者様!」
「どれどれ……おっ、確かに美味いな」
うんうん、チーズを変えてみたのが良い仕事をしてくれているようだ。
これは新しい発見だな……あとでまた作ってみよう。ソースもいろいろと試してみたいしな。
「でもこのチーズ、トロっとしていて……さっき私たちが作っていたものとは違いますね?」
「そう、ちょっと難易度を上げたチーズを試してみたんだ」
今回俺が試したのは、モッツァレラチーズだ。
カッテージチーズを作る途中で、高熱をキープしたまま捏ねて成型すると、プリッとまとまったモッツァレラになる。ピザにはそれをカットしたものを乗せてから焼いたのだ。このチーズにすると、よりミルキーな味わいと伸びる見た目が楽しめる。
「お酒にも合いますね~!」
「そうなんだよ、どっちも止まらなくなるんだ」
ピザの塩気をワインの酸味で舌が変わるので、無限に食べられてしまいそうだ。
ふとリディカ姫を見ると、またグラスを傾けていた。
「おいおい、あんまり飲み過ぎるなよ?」
姫様は「大丈夫ですよぉ~」とヘラヘラしているが、もうだいぶ酔っている気がする。
瓶の残りを見ると、まだグラス1杯分しか飲んでいないのだが……もしかして、かなり燃費がいい?
「ねぇ、ストラゼス様……」
とろん、とした瞳で俺を見上げるその仕草は、いつもの彼女とは違う色っぽさがあった。少し胸をドキドキさせながら「うん?」と返事をすると、彼女はゆっくりと話し始めた。
「私、勇者様のことを恨んでいる……って、前に川辺で打ち明けたと思うんですけど」
川辺? あぁ、姫様が川の毒を浄化したあとに、みんなで川釣りをしていたときか。
彼女にとって魔王は悪の存在ではなく、自分の命を救ってくれた恩人で。魔王を殺した(ことになっている)勇者は仇だって言ってたっけ。
「あのとき、私は“お互いのことをもっと知るべきだ”って言いましたよね?」
「ん、そうだな……」
「あれからこの村で一緒に暮らしてみて、私……やっぱり貴方を嫌いにはなれそうに無いんです」
小さな声で「本当に残念です」と付け加えて、困ったように笑う。
いっそのこと、俺が本来の勇者みたいなゲスな性格のままだったら。彼女は勇者に純粋な復讐心を持ったまま、苦悩することもせず過ごせていただろうな。
「勇者様に分かりますか? 私のこの相反する感情のせいで、貴方を好きにも嫌いになれないこの気持ちが」
宝石のようなスカイブルーの瞳が、俺を真っすぐに射抜く。体の芯の芯まで見通されているかのような感覚に陥ってくる――。
「姫様、実は俺……」
「いいんです。貴方をちょっとだけ困らせられたら、私は満足ですから」
俺が言い終わるよりも早く、彼女はそう言って笑みを浮かべた。酒のせいか、彼女の頬がさっきより少し赤くなっている気がした。
「それに勇者が魔王様を倒してくれたから、戦争は一旦の終息を見せました。危険と隣り合わせだった辺境の人たちが平穏に暮らしているのを見て、貴方が”魔王の死は必要だった”と言ったのも……今ではほんの少しだけ分かるんです」
そう零しながら、グラスに残っていた液体で口を湿らせた。ベリーワインの赤が彼女の唇をさらに蠱惑的にコーティングさせている。
「なにより、私は窮屈な王城から出て、こうして自由にのびのびと暮らせている。夢や憧れはみんな、魔王じゃなくって勇者様が叶えてくれた。だから私は……貴方にありがとうと言いたいです」
リディカ姫が頭を下げた。
彼女の髪がサラリと揺れて、良い匂いが鼻をくすぐる。
「……別に、お礼を言われるようなことは何もしてないよ」
実際そうだと思う。
俺がやったことなんて、ただ自分の目的に好き勝手しただけにすぎないし……。それで辺境の人々や姫様が幸せになったというなら良かったけれど。
「ねぇ、ストラゼス様」
「うん?」
そういえば、こうして意味深な感じに名前を呼ばれるのは、今日で二度目だ。段々と姫の言葉遣いが砕けて来ているのは、酒のせいなのか。でもそんなリディカ姫が、すごく新鮮に感じる。
そんなことを考えつつ、自分のグラスを傾けた。
「私とキスしてみませんか?」
0
お気に入りに追加
1,079
あなたにおすすめの小説
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。
秘密の聖女(?)異世界でパティスリーを始めます!
中野莉央
ファンタジー
将来の夢はケーキ屋さん。そんな、どこにでもいるような学生は交通事故で死んだ後、異世界の子爵令嬢セリナとして生まれ変わっていた。学園卒業時に婚約者だった侯爵家の子息から婚約破棄を言い渡され、伯爵令嬢フローラに婚約者を奪われる形となったセリナはその後、諸事情で双子の猫耳メイドとパティスリー経営をはじめる事になり、不動産屋、魔道具屋、熊獣人、銀狼獣人の冒険者などと関わっていく。
※パティスリーの開店準備が始まるのが71話から。パティスリー開店が122話からになります。また、後宮、寵姫、国王などの要素も出てきます。(以前、書いた『婚約破棄された悪役令嬢は決意する「そうだ、パティシエになろう……!」』というチート系短編小説がきっかけで書きはじめた小説なので若干、かぶってる部分もありますが基本的に設定や展開は違う物になっています)※「小説家になろう」でも投稿しています。
「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。
亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません!
いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。
突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。
里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。
そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。
三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。
だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。
とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。
いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。
町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。
落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。
そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。
すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。
ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。
姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。
そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった……
これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。
※ざまぁまで時間かかります。
ファンタジー部門ランキング一位
HOTランキング 一位
総合ランキング一位
ありがとうございます!
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
(完結)異世界再生!ポイントゲットで楽々でした
あかる
ファンタジー
事故で死んでしまったら、神様に滅びかけた世界の再生を頼まれました。精霊と、神様っぽくない神様と、頑張ります。
何年も前に書いた物の書き直し…というか、設定だけ使って書いているので、以前の物とは別物です。これでファンタジー大賞に応募しようかなと。
ほんのり恋愛風味(かなり後に)です。
転生してギルドの社畜になったけど、S級冒険者の女辺境伯にスカウトされたので退職して領地開拓します。今更戻って来いって言われてももう婿です
途上の土
ファンタジー
『ブラック企業の社畜」ならぬ『ブラックギルドのギル畜』 ハルトはふとしたきっかけで前世の記憶を取り戻す。
ギルドにこき使われ、碌に評価もされず、虐げられる毎日に必死に耐えていたが、憧れのS 級冒険者マリアに逆プロポーズされ、ハルトは寿退社(?)することに。
前世の記憶と鑑定チートを頼りにハルトは領地開拓に動き出す。
ハルトはただの官僚としてスカウトされただけと思っていたのに、いきなり両親に紹介されて——
一方、ハルトが抜けて彼の仕事をカバーできる者がおらず冒険者ギルドは大慌て。ハルトを脅して戻って来させようとするが——
ハルトの笑顔が人々を動かし、それが発展に繋がっていく。
色々問題はあるけれど、きっと大丈夫! だって、うちの妻、人類最強ですから!
※中世ヨーロッパの村落、都市、制度等を参考にしておりますが、当然そのまんまではないので、史実とは差異があります。ご了承ください
※カクヨムにも掲載しています。現在【異世界ファンタジー週間18位】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる