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第30話 魔王様、卑怯です
しおりを挟むくっそ! さすがは魔王軍の四天王だ!
火山弾に例えられた魔法だけあって、とにかく速い上に一撃の威力もバカみたいに高い。
しかも厄介なことに、追尾機能まで備えている始末だ。両手の指と炎弾の動きをそれぞれリンクさせているのか、人形遣いのように器用に操って執拗に俺を追い詰める。
なんでコイツこんなに強いんだよ! 味方だった時はこれ以上なく心強かったんだが。
「……ほう。下手に魔法で打ち消さずに避けたのは、良い判断だ。俺の炎は、ただの火魔法ではないからな」
言葉で発する余裕はないので、心の中で「知ってるよ!」と叫ぶ。
クリムの魔法は『炎』という概念だ。
対象を燃やさず、熱いとも感じさせず。ただ敵に燃焼という事象を生じさせる。つまりクリムが『燃やす』と念じた相手に炎を接触させると、その部分が『焼失』する。
しかもそれは普通の炎ではないので、普通の水魔法などでは消火することができない。術者が解除しない限り、一度触れた場所にあり続けるのだ。
ゆえに対処法は、炎に触れないように逃げ回るか、炎を何かにぶつけるしかない。
ただ裏を返せば、狙った対象以外に炎が触れても燃えないわけで。敵味方が入り組んだ戦場や森の中でも、安心して魔法を使えるメリットがある。
使い勝手が良く、それでいて殺傷能力の高い恐ろしい魔法だ。だが――。
「よし、体が慣れてきたぜ!」
幸いにも、ここは森の中。
障害物ならいくらでもある。
木々を壁にしながら、飛翔魔法で縦横無尽に飛び回る。
贅沢を言えば、この勇者の体がもう少しスリムだったら良かったんだが。何度か枝に腹を引っ掛けて、墜落しそうになっちまったぜ。
「今度はこっちが攻撃をする番だ」
殺しはしないが、せめて戦闘不能にしたいところ。そう思った矢先――。
「むっ!?」
最後の炎弾を大木の枝にぶつけて無効化した直後。背後から気配を感じて、俺はすぐさま振り向いた。
「俺が十個しか炎を操れないと、いつから勘違いしていた?」
「うっそだろお前……」
さきほどの切り株の上に立ち、俺に向けて不敵な笑みを浮かべている。
奴の背後には闇。いや、違う。そう見紛うほどの、おびたたしい数の黒い炎が浮かんでいたのだ。
炎たちは攻撃を指示されるその瞬間を、今か今かと揺れながら待ち構えている。その中心に居るクリムの姿は、さながらオーケストラの指揮者だ。
いや、アンタ。ちょっと殺意が高すぎません?
「さぁ始めようか、死の円舞曲を」
「し、死ぬ……!」
初撃はギリギリのところで回避に成功。
だが安堵する暇もなく、クリムが生み出した黒い炎弾が次から次へと俺目掛けて飛んでくる。
このままじゃ確実に殺されちまう。かといって逃げようにも、コイツには村のことがバレているから逃げようがない。
くそ、どうする!?
「……あっ」
そのとき俺は、この状況を打開するための方法をひらめいた。
「ん? どうした、いきなり立ち止まって」
賭けか? うん、コレは賭けだ。
失敗すれば死ぬ。だけど試すしかない。
「貴様にもう逃げ場は無いぞ? それとも勇者が命乞いをするか?」
「いいや、違うね。命乞いをするならば、それはアンタの方だ」
俺は自分の策を悟られないように、クリムの挑発に堂々と乗った。
「ふっ。負け惜しみを……」
クリムが鼻で笑う。
ふふふ。その余裕の表情、いつまで続くかな?
「では証拠を見せてもらおう。だが――簡単には死ねると思うなよ?」
クリムは黒い炎の大群を、まっすぐ俺目掛けて飛ばしてきた。
よし、予想通り!
タイミングもバッチリだ。
その場で棒立ちする俺の様子に眉をひそめたクリムだが、すぐにハッと目を見開いた。
「おーい、クー! こっちに来てくれ!!」
「あれ? ストラ兄さん! こんなところで何をやっているです!?」
俺の呼び声に応じて森の中から現れたのは、犬獣人のクー。彼女は片手に木の実を抱えながら、俺に向かって走ってきた。
「ま、まさか……貴様!」
さすがは四天王クリム。
俺の狙いにいち早く気づいたらしい。
だけどもう手遅れだ。
俺と炎弾の間にはすでに、クーが割り込んでいるんだから。
「貴様! 子供を盾にする気か!?」
「俺はゲスな白豚勇者なんでな! 使えるもんは何でも使うさ!!」
「くっ! 貴様、どこまで卑怯なのだ!」
そうしている間にもクーが黒の炎たちに飲み込まれた。
可愛い顔を驚愕に染め、彼女は地面に倒れ込む。それを見たクリムは、慌ててクーの元へ駆け寄っていく。
「クソッ! 魔法は解除だ。おい、娘よ大丈夫か――っ!? こ、これは!?」
「悪いな、そりゃ魔物の死体を使ったフェイクだ」
先ほど森の中で狩った魔物を俺の魔法で操っていただけ。だが騙されたクリムはそれに気付かず、膝を地面につけ、両手に魔物を抱えている。致命的な大きな隙を作ってしまった。
「チェックメイトだな、クリム」
「――降参だ」
首筋に剣を当てられたクリムは両手を上げ、降参のポーズをとった。
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