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第18話 酒を得たオッサン

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 紙パックの野菜ジュースをポイっと放り投げると、ニシキはその場にドカッと腰を下ろした。

「まぁまぁ。お前らも突っ立ってないで、こっち座れよ」

(いや、なんでこの人が仕切ってるんだ?)

 ニヒルな笑みを浮かべて座っているオッサンを、俺たちはジト目で見下ろす。

 そんな視線を気にもせず、オッサンは大股開きのまま懐からライターを取り出したかと思えば――火をつける煙草が無いことを思い出し、シュンと肩を落とした。


「はぁ~。こんな世の中、やんなっちまうよなぁ。俺が何したってんだよ……」
「取り合えず、ニシキのオッサンに何があったのか聞かせてよ。何か助けになれるかもしれないからさ」
「聞いてくれるか、心優しき少年よ。実はな――」

 オッサンはポツリポツリと、自分の身の上話を語り始めた。


「会社帰りに突然、異世界に呼び出されたんだ。そんで向こうの王様に『魔王を倒してこい』って言われてよぉ」
「『魔王を倒してこい』、ねぇ」

 どこかで聞いたことのあるフレーズに、俺は思わず苦笑する。

 オッサンも癖の強い髪をガリガリと掻きながら、「小説の中じゃあるまいしなぁ」と同調した。


「で、オッサンはどうしたんだ?」
「もう大変だったんだぜ? 言葉も通じないし、装備もない。あるのはこの拳と――」

 地面に転がっていた空の酒瓶を握り、「命の水だけよ」とドヤ顔で掲げた。


 チートや聖剣を貰ったとかならともかく、それでどうにかなっちゃうのか……。しがないサラリーマンとか言っていたけど、実はとんでもない人だ。

 しかし、異世界召喚かぁ。まぁ宇宙人が目の前にいるぐらいだし、今さら何が起きても別に驚かないけど。

 異世界帰り……この酔っ払いのオッサンが妄想を吐いているんじゃないとすれば。さっき小鬼を楽々と一掃したことにも、一応の納得がいくか。


「でもオッサンは異世界よりも、こっちの世界に戻ることを選んだんだな」

 向こうじゃ英雄なんだろ? 俺だったらその世界で一生を終えそうだ。
 それとも、こっちの世界に未練があったのかな?

「……いや。姫さんに手を出したら殺されかけてな。召喚士に頼んで、こっち逃げてきた」
「おいおい、何やってんだ。異世界でセクハラかよ」
「いや、向こうも満更じゃなかったんだが。一緒に旅してた聖女がブチ切れてな。『誰かに奪われるくらいなら、貴方を殺して私も死ぬ』なんて言ってきてよぉ。アレは魔王よりも怖かった……」

(いや、聖女が魔王化ってどういう状況!?)

 状況を整理すると、つまりニシキのオッサンは聖女から逃げるために異世界から帰ってきたと。

 それでオッサンを追いかけてきた聖女から逃げている内に、このダンジョンに来たってこと?

(そんな無茶苦茶な……)


「聖女も顔は良いんだから、向こうで男を作りゃいいのによぉ」
「それほどまでに、ニシキのオジサマの方が好きってことじゃないですか! いいなぁ、私もそんな熱い恋愛に憧れます!」
「んー、そうなのかねぇ。モテる男はつれぇよな~、ははは」

 そこまで誰かに溺愛されるって、たしかに凄い。あのヴァニラでさえも、頬を染めながら興味津々に聞いている。しかもオジサマ呼びに変わっているし。

 そこまで熱烈な恋愛をしたことが無いので、俺には分からない感情だ。


「まぁ、それでもやっぱりなぁ。俺は美人な姉ちゃんよりも、心から癒してくれる酒の方が恋しいと思っちまう訳さ」
「いや、それはもうアル中の発言じゃねぇか」

 どんだけ酒が飲みたいんだよこの人は。

「まったく。酒なんて希少品、今の日本にあるわけが……」
「あの、ナオトさん。ちょっと良いですか?」
「ん、なんだよヒルダ。そんな小声でどうした?」
「実は……」

 後ろからツンツンと指で突かれたので、振り返ってみれば。
 いつの間にかどこかに行っていたヒルダが気まずそうに、一本の酒瓶を手に提げていた。

「さっきの宝箱の中に入っていた物なんですが……これってもしかして」
「わーお、なんちゅうタイミングだよ……」


 ◇

「はぁ~、キタキタキタ! 喉と胃がカッカと燃えてきたぜぇ!」

 ゴクゴクと喉を鳴らしながら、ニシキのオッサンは酒をあおっている。

 そんなオッサンを見下ろしながら、俺はなんとも言えない気持ちで野菜ジュースを飲んでいた。


「っくぅ! 生き返るっっ……やっぱ酒は命の水だねぇ!」
「おい、アル中のオッサン。酒との交換条件も忘れるなよ?」
「わーってらい! 酒で唇を濡らさねぇと、喋れるモンも喋れねぇだろうがよぃ!」

 そんな小芝居まで始めて、このオッサンは本当に大丈夫なんだろうか?


 ちなみに交換条件というのは、料理の作り方だ。

 レシピはヒルダにお願いすればネットで検索してくれるし、調理の動画も見せてもらえる。だけど本格的な料理を作るためにも、実際に誰かに教えてもらいたかったんだ。

(あのシルヴィアを唸らせるほどの料理。絶対にものにしてみせる)


 なので料理店でバイト経験があるというニシキのオッサンに、指導を頼む約束をしたというわけだ。

「まぁ任せろって。何がいいんだ? イカリング? から揚げ? それともキノコのバター炒めか?」
「それ全部、酒のツマミじゃねぇか!」

 ったく、大丈夫かなホントに……。

 そんな心配をよそに、ニシキのオッサンはウキウキ顔で立ち上がるのであった。
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