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2 神様は創造したい

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 まばゆかった閃光がやみ、次第に感覚が戻ってきた。

 ぼんやりする視界を取り戻そうと、腕で目をこする。


「く、そ……いったい何だったんだ……」


 フラつきながらも、どうにか状況を確認する。
 すると俺の目の前には、先程まで存在しなかったナニカが鎮座していた――


「これは……たま……ご?」


 そこには深みのあるブルーに、昏いモスグリーンがまだらにり混じった、リンゴほどの大きさの球体が転がっていた。

 決して鶏卵のような形状ではなく、真円に近いナニカ。何故かは分からないが、俺にはそれが何かのに思えた。


「うーん、なんでタマゴに見えたんだ? なんつーか、まるで地球のような……」


『続いてチュートリアルを開始します。ユーザー名を入力してください』


 左手に握り締めていたスマートフォンから、先程と同じ無機質な女の声が流れた。
 ユーザー名? 俺の名前を言えばいいのだろうか。


御神本みかもと 那由多なゆただ。……これでいいのか?」

『ユーザー名、ミカモト=ナユタ様。……認証完了。第一段階ファーストステップ星の揺籠スタークレイドルに生命エネルギーを転送してください』

星の揺籠スタークレイドル? 生命エネルギーってなんのことだ?」

『ヘルプを起動アクティベート。星の揺籠ゆりかごは宇宙の卵。全ての起源オリジンであり、全ての終末アポカリプス。貴方は世界のマザーとなり、世界の子どもチャイルドは貴方となる』

「い、意味が分からん。つまり俺はどうすればいいんだ?」


 ていうか無駄に横文字が多い。
 どこの意識高い系ビジネスマンだよ。


『……星の揺籠に手を当て、温めてください。ナユタ様のその生命の鼓動が、ここに新たなる世界を創るのです』


 ヘルプにならない説明を言い終えると、ガイドは遂に沈黙した。

 気は進まないが……ここまできたら最後まで付き合ってやろうじゃないか。


 転がっている“星の揺籠”とやらを両手に持ち、目を閉じて集中する。

 ――なんだかSFのような話だ。そういえば最近は忙しくて映画やラノベも読めてなかったな。追っかけてたあの小説、新刊出ていたっけ……?

 そんなことをつらつらと考えていると、段々と手のひらがじんわりと暖かくなり、タマゴが熱を持ち始めた。

 気のせいか、ドクンドクンと脈を打っているような感触もしてくる。


「ちょ、ちょっと不味くないか!? おいっ、なんだかブルブル震えてるぞ? ってあつッ! 熱くて持てねぇぇえ!」


 まるで火にくべた焼き石のような熱さだ。
 俺は高熱になったタマゴを手に持ち続けることが出来ず、地面にパッと落としてしまった。

 どうやら足元に落ちても、鳥の卵のようにグシャリと潰れることはなかったみたいが……



 ――ピキリ。ピキピキピキ……


「や、やっちまったか!?」


 潰れはしなかったが、明らかに割れている音が響いている。それになんだか、不穏な雰囲気が辺りを包み始めている気が……


『星の揺籠の胎動フェイタルムーブ確認チェック第二段階セカンドステップ移行シフト。これにより世界を始動します。おめでとうございます、元気な世界ベイビーですよ?』


 スマホの音声ガイドの巫山戯フザケたメッセージが流れる。

 ――勝手に人を訳の分からないタマゴの親にするな。そう文句を返そうと口を開いた瞬間。

 割れたタマゴの中からピンポン球の大きさのナニカが飛び出し――――そのまま俺の左眼球に突き刺さった。


「――ッッガァァァアアアア!?!?」


 俺は顔面からボタボタと血を流し、洒落にならない痛みに絶叫をあげながらうずくまる。
 幸いにして頭部を貫通することは無かったが、左眼の視界は完全に喪失ロストした。


 医者である俺なら、応急処置ぐらいは出来たかもしれない。

 だがそれも、正常な状態であればだ。
 何しろ、自分の左眼を失う事態など初めて。

 抑えようのない痛みに、もだえ苦しむ俺がかろうじてできたことは――自ら意識を手放すことだけだった。





「うっ……ぐうぅう……」


 あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。
 なぜか左眼からの流血は治まり、痛みも無くなっていた。

 割れた眼鏡を外し、顔面を撫でてみるが――特に違和感は感じない。

 ……いや、明らかな変化があった。


 なぜか眼鏡をしていなくても視界がハッキリとしている。むしろ視力が上がった気がする……が、どこか俯瞰ふかん的というか。

 自分の眼で見ているのではなく、一度カメラのレンズを通して映像をモニターで観ているような感覚。まるで誰かが視界に介入してしているような……そんな錯覚に陥りそうだ。


「いったい俺は……クソッ。そもそも、ここは何処なんだよ!!」


 現在俺が立っているのは先程まで居た暗黒空間ではない。そこは茶色一色の岩が転がる――荒れ果てた大地だった。
 背後を振り返れば、どこまでも続くブルーの絨毯が波打つ平原。つまり、大海原だ。

 地球で感じた時と同じ、海の香りと潮騒しおさいの音楽。
 そして肌を刺すような太陽の熱い光が、呆然とする俺の頭を更に混乱させる。


「ここは……地球のどこかなのか?」

『いいえ、違いますよナユタ様』

「うわっ!? な、なんだよ。お前か……」

『ここは新たな世界。そして貴方は新世界の神となりました。御誕生、ハッピーおめでとうございますバースデー


 これまでの出来事全ての原因としか思えないガイドの声が、再び俺の耳をいらつかせる。


「お前ッ、いい加減にしろよ!! ここはどこだ! 全部分かるように説明しろよ!!」


 普段は冷静で温厚な俺だが、こればっかりは流石にキレてしまった。電話の向こうに何者がいるのかは不明だが、現状では唯一会話ができる相手だ。

 俺は正体不明なアプリを開いたまま、スマホを片手に怒鳴りつける。パッと見はただのクレーマーだけど、そんなの知ったことか。


 ……だがスマホから返ってきたのは、相変わらず感情を感じさせない平坦な音声だった。


『……ナユタ様が居られた地球に帰還することは、です』

「な、なんでだよっ!? お前……いったい俺に何をした!?』


 帰れないって……俺にいったいどうしろっていうんだよ!
 訳が分からなさ過ぎて、また頭痛がしてきそうだ……。


『私は策定されたガイドラインに従い、ユーザーであるナユタ様にサービスをご提供しているだけでございます。そしてここは、です。したがって、今ここでこの世界について最もお詳しい方は創造主であるナユタ様、貴方ですよ。……それでは時間も限られておりますので、第三段階サードステップを開始してよろしいでしょうか?』

「……お前に聞いた俺が馬鹿だったよ。どうせこれは俺が見ている夢でも何でもなく、どっかの誰かさんが引き起こした面倒事に巻き込まれたってヤツだろ……あぁもう、好きなように進めてくれよ」


 これ以上コイツに何かを聞いたところで答えてくれそうもない。もうこうなったらなるようになれ、だ。

 既に自分で解決することを半ば諦めた俺は、ゴツゴツとした岩肌の地面に足を投げ出すようにして座った。


『…… 第三段階サードステップの遂行が承認されました。それではナユタ様。メイキング製作を始めましょう。まずはアプリのエディター編集画面を開いてください』

「……エディター? えぇっと、この歯車のマークか?」


 スマホの設定や編集モードによくあるマークをタップし、エディター画面を出してみる。

 そこには色々な名称の項目や時計のマーク、音量のようなスライダーゲージなどが沢山並んでいる。中には操作していないのに、勝手に変動している数値もあった。


『現在は誕生からある程度経過済みの地球をモデルとした、初期設定デフォルトモードとなっております。ただし、生物は必要最低限しか存在しておりません。また温度、空気組成、その他の環境はエネルギー残量の関係上、保持される設定となっています。ナユタ様は一ヶ月以内に生活環境を整え、この生まれたばかりの星で生き残ることが当面の目標となります』


 ――ちょっと待て。なんだそれは?

 俺がこの星全ての環境を整え、生物が暮らせるようにしなくてはならないと!? そんな無茶苦茶なことが出来るんだったら、俺は医者なんてやらずに辺境の田舎でスローライフをしているわ!


「それは本当に……俺一人でやらなくてはならないのか?」

『いいえ、ナユタ様。貴方様のその神としての権能を用いれば、新たな生命体を創造クリエイトすることができます。早速お試しになられますか?』

「仲間がいるのか!? 是非とも頼む!!」


 どうやらアシスタントを創ることが出来るらしいと聞いて、俺は安堵の溜め息を吐いた。
 流石に独りでこの星を、地球のような生命あふれる状態にするのは無理だ。


 ……それにしても、医者として生命体を創り出すというのは非常に興味深い。遺伝子データからモデリングして、培養育成でもするのだろうか。


 実験大好きな俺は好奇心に完全敗北し、ガイドの声に期待を込めてイエスと答えた。


『それではアプリのカメラ連携を許可してください』


「……は?」


『カメラとの接続をとっとと速やかに許可しやがれください』


 ――どうやら俺は耳までコイツに侵されてしまったらしい。


 (だけど……なんかもう、どうでもいいや)


 いちいち分からないことを考えていても、何も始まらない。考えることを放棄した俺は、大人しくスマホのアプリのカメラスキャン機能を呼び出し、カメラとの連携を許可することにした。


『そうやって最初から素直に従えばいいのです。……試しに、その壊れた眼鏡をスキャンしてみてください』

「眼鏡? はぁ、まぁもう壊れちまったから別にどうなってもいいけどさ……それよりもお前、もはやガイドとしてのキャラが崩壊してきていないか?」


 呆れ顔になりながらも、レンズが割れてしまっている黒縁の眼鏡を地面に置いた。そしてカメラを起動したスマホをかざし、撮影ボタンを押す。


「はい、チーズ」


 カシャリ、と定番のシャッター音が鳴ると、何かをロードしている画面が表示された。

 これで良いのか?と首をかしげているうちに、完了のボタンが出てきた。


「『クリエイトしますか?』ってあるけど、これをタッチすれば良いのか? って悩んでいても仕方がないか……よし、ポチっとな」


 スマホを持つ身体から何か力が抜けていく感覚と共に、地面に置いていた眼鏡がバチバチと紫電を帯びて光り出す。


「これが生命体の創造クリエイト!? ……なんだ、何か出てくる!?」


 眼鏡だったモノはモコモコと盛り上がっていき、次第にヒトガタを造り始めた。

 数十秒もしないうちに体型にまで成長し、遂にその姿を俺の前に現し始めた。そしてその姿は――


「おいおい、それは少々アダルト過ぎないか……!?」




 ◇現在のデータ◇
 日付:一日目
 世界レベル:ゼロ
 環境:デフォルトモード【残り三〇日】
 所持物:スマホ、スーツ、メガネ、買い物袋、鞄


 To_be_continued....
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