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金貨の章
♢16 オモテとウラ
しおりを挟む夜六時過ぎ。
悠真たちと別れた後、キッチリと仕事を終えた花音は私服へと着替え、一人自宅のマンションへと向かっていた。
彼女は敢えて普段とは違う、人通りのない住宅街の道を選択して歩いている。
太陽が沈みかけ、昼と夜の景色が入れ替わるこの時間帯には、あの世とこの世の境界線が曖昧になるという。通称、逢魔が時。
読んで字の如く、魔に逢う時間という意味であるのだが。
花音は今、鬼に遭遇していた。
「見ていたんでしょう? 私はやるべきことはやったわよ!?」
花音は急に丁字路で立ち止まると、誰も居ない空間に向かってそう叫んだ。
「ほ、本当に妹は助けてくれるんでしょうね!? あ、あの子は本当に無関係なの……何も知らないのよ……!!」
いつもの自信たっぷりの彼女とは思えないような、震えた声だ。
辺りをキョロキョロと見渡しながら、脂汗をダラダラと流している。
「本なら……ほら、ちゃんとあるわよ! これが欲しいなら持って行きなさいよ!」
仕事用の肩掛け鞄から一冊の青色の本を取り出すと、花音は道端に放り投げた。
瞬間、辺りが急に暗くなった。
まだ辛うじて太陽は地平線を漂っているにもかかわらずである。そして、花音の身体を強烈な殺意が突き抜けた。
「……っ! はやくっ、持って行きなさいよ! 影だってくれてやるわ! だから……お願い……妹だけは……」
涙で滲む彼女の瞳が、丁字路にあるカーブミラーを捉えた。
そこには形容しがたい黒い何かが蠢いていて……。
「ごめん、なさ……」
その言葉ははたして、誰に対するものだったのだろうか。
それを知る術はもう、どこにもない。
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