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杖の章
♣25 デリバリー豚
しおりを挟む紅莉が部屋の扉を開けると、豚のモンスターが出待ちをしていた。
「ふ、ふ、アカリ君かい?」
「え? あ、はい」
「ふぅ、ふぅ。はいはい。それじゃお邪魔しまーす」
「あ、ちょっ……」
――あの野郎。
悠真はつい、クローゼットから飛び出しそうになる。
扉の隙間から見えたカズオらしき人物は、サングラスにマスクをした巨体の男だった。
その男は紅莉の許可を得もしないで、マスクの下でフゴフゴと鼻息を荒くしながら部屋の中へと入ってきた。
歳は二十代後半から三十代。横幅が大きすぎて、玄関の扉がギリギリ通れるぐらいだった。身長は紅莉と大して変わらない。一七〇は無いと思う。
カズオはサングラス越しにジロジロと紅莉を見て品定めしていたが、どこか納得した表情になった。
「ふぅん」
「あ、あの……?」
「チッ、安物か。これだからラブホは……」
「……えぇ?」
そしてドカッとソファに腰掛けると、背もたれの表面を手で撫でて鼻白んだ。合皮が気に入らないのだろうか。
いや、あれはクッションもヘタって座り心地がご不満だったのだろう。ヘタって見えるのはお前の体重のせいだよ、と悠真は突っ込みたくなった。
この男、髪は油でも塗ったのかテカテカしているし、何より臭い。
こちらはクローゼットの中に居るはずなのに、あの男の異臭がぷんぷんと漂ってくるのだ。
それは香水と汗、そして公衆便所の臭いが混ざったような臭さだ。
間違いなくあれは、剣道部の部室の数十倍は臭い。
――紅莉が可哀想になってきた。
必然的にそれを間近で嗅ぐ羽目になっている紅莉は、顔面が蒼白になっている。
これから騙す相手を不快にさせまいと、表情を崩さないようどうにか頑張ってはいるのだが……あれではそう長くはもたなさそうだ。
「うん、アカリ君は良いオーラを持っているな。きっと君には、秘められた……そう、特別な力があるはずだ。それを僕が引き出してあげるからね」
「はぁ……」
「ん? 緊張しているのかい?」
「え? あ、いや……」
「安心して、みんな最初はそうなんだよ。でも、僕がほぐしてあげると、トブほど気持ち良くなれるからね。みんな『もっと、もっと』って言うんだ」
カズオは物凄い早口で捲し立てるように説明しているのだが、俺は――きっと紅莉もだが――頭が理解するのを拒んでしまっていた。コイツの言っている意味が分からない。
紅莉が力を持っている云々はまぁ、いい。彼女は禍星の子なのだから、力があるのは事実だろう。
しかしコイツの言っていることは、危ない薬をやっているようにしか聞こえなかった。
「(中止だ。これ以上はマズい。紅莉が危ない)」
そう判断し、クローゼットに手を掛けた悠真だったが、ギリギリのところで踏みとどまった。
紅莉が右手でキツネを作ったのだ。
あれは事前に決めておいた、『大丈夫』のハンドサインだった。
助けを呼ぶときは左手のピースサイン。まだそれは出ていない。
思わず録画中のスマホを持つ手に力が入ったが、紅莉がそう言うのであれば計画は中止できない。
「取り敢えず、ちゃっちゃとパワーを溜めちゃおっか。ねぇ、電話を取ってくれる?」
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