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剣の章
♤11 待ち伏せ
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悠真が逃げようとしたのがバレた。彼が逃げようとするよりも速く、あの黒髪の女は電信柱からこちらへと猛スピードで駆けてくる。
「っ……!!」
悠真は来た道を引き返し、駆けだし始める。
その振り向きざま、チラと女の顔が見えた気がした。
悠真の全身に鳥肌が立った。遠くでも分かってしまった。生まれて初めて見た。あれは――本物の殺意が篭もった瞳だ。
どうしてそんな目を向けられているのか。そんな理由はまったく分からない。誰かに恨みを買った覚えなんて無い。だが、今すぐ逃げないとヤバいのは確かだった。
何でもいいから、とにかくアイツから離れないとマズい。
ニュースで聞くような、包丁やらナイフといった危なそうな物は持ってはいなかったと思う。思いたい。だが、あの女自体が凶器だと錯覚した。
「た、助けて……!!」
見えないが、もうすぐ後ろに居る気がする。
全力疾走は辛いが、サッカーで鍛えた身体はまだ行けると言っている。
女子には走りで負ける気はしない。
このまま、どうにか逃げきり――
「な、んで……?」
突然、まるで金縛りにあったかのように、身体がピクりとも動かなくなった。
最初は足が攣ったのかとも思ったのだが、手や首も動かない。
心臓だけが、バクバクと高鳴っている。
「影が伸びた――!?」
目だけを動かし、足元を見る。すると、自分の影が女の方に異様に伸びているのが見えた。
断じて太陽の加減では無い。まるでゴムのように、頭から引っ張られている。
「な、なんなんだよお前は……!!」
自分の影の先には、女の影があった。
動かない以外に身体には痛みも何もない。しかし、その光景がまるで、自分が女にバリボリと捕食されているに見えるのだ。
もはや何が起きているのか分からず、悠真の頭の中は真っ白になっていた。
「ねぇ……貴方、本……持ってない?」
「うわあっ」
それは身長一八〇センチ近い悠真と、そう変わらない身長の女だった。
ソイツは敢えて腰を折り、下から悠真の顔を覗くようにしながら「本はないか」と聞いてきた。
一体なにを食べたらそうなるのか。女の息が酷く、生臭い。
顔を背けようと思っても、動くことができない。
質問に答えない悠真に苛立ったのだろう。女は更に語気を上げて同じ質問を繰り返した。
「ねぇ、本……持ってるでしょぉ?」
「ほ、本だって……? な、何のだよ!!」
声が裏返ってしまった。それでも悠真は、勇気を振り絞って質問に質問を返す。
そもそも本と言われたって、なんのことか分からないのだから答えようがない。
気付けば悠真はボロボロと涙を流していた。汗と涙で顔がグチャグチャだ。
「あの人の本よぉ……返してよぉ……」
「し、知らない! 本なんて持ってない!」
「無い……持ってない?」
「本当だよ! だから……助けて……」
悠真の命乞いを聞いて、女は何もせず、しばらく無言になった。
何かを思案しているのだろうか。どうでもいいから、早く解放して欲しい。
悠真はこの時間が永遠のように長く感じた。
それは時間にして一分も経っていなかったのだが、女が突然、血のように赤い唇で弧を描いた。
そして肩のトートバッグから赤黒い鋏を出すと、ジョキジョキと鳴らしながら、悠真の頬をそっと刃の背で撫でまわし始めた。
「――嘘だったら殺す」
悠真の精神はそこで遂に限界を迎え、フッと意識を手放した。
「っ……!!」
悠真は来た道を引き返し、駆けだし始める。
その振り向きざま、チラと女の顔が見えた気がした。
悠真の全身に鳥肌が立った。遠くでも分かってしまった。生まれて初めて見た。あれは――本物の殺意が篭もった瞳だ。
どうしてそんな目を向けられているのか。そんな理由はまったく分からない。誰かに恨みを買った覚えなんて無い。だが、今すぐ逃げないとヤバいのは確かだった。
何でもいいから、とにかくアイツから離れないとマズい。
ニュースで聞くような、包丁やらナイフといった危なそうな物は持ってはいなかったと思う。思いたい。だが、あの女自体が凶器だと錯覚した。
「た、助けて……!!」
見えないが、もうすぐ後ろに居る気がする。
全力疾走は辛いが、サッカーで鍛えた身体はまだ行けると言っている。
女子には走りで負ける気はしない。
このまま、どうにか逃げきり――
「な、んで……?」
突然、まるで金縛りにあったかのように、身体がピクりとも動かなくなった。
最初は足が攣ったのかとも思ったのだが、手や首も動かない。
心臓だけが、バクバクと高鳴っている。
「影が伸びた――!?」
目だけを動かし、足元を見る。すると、自分の影が女の方に異様に伸びているのが見えた。
断じて太陽の加減では無い。まるでゴムのように、頭から引っ張られている。
「な、なんなんだよお前は……!!」
自分の影の先には、女の影があった。
動かない以外に身体には痛みも何もない。しかし、その光景がまるで、自分が女にバリボリと捕食されているに見えるのだ。
もはや何が起きているのか分からず、悠真の頭の中は真っ白になっていた。
「ねぇ……貴方、本……持ってない?」
「うわあっ」
それは身長一八〇センチ近い悠真と、そう変わらない身長の女だった。
ソイツは敢えて腰を折り、下から悠真の顔を覗くようにしながら「本はないか」と聞いてきた。
一体なにを食べたらそうなるのか。女の息が酷く、生臭い。
顔を背けようと思っても、動くことができない。
質問に答えない悠真に苛立ったのだろう。女は更に語気を上げて同じ質問を繰り返した。
「ねぇ、本……持ってるでしょぉ?」
「ほ、本だって……? な、何のだよ!!」
声が裏返ってしまった。それでも悠真は、勇気を振り絞って質問に質問を返す。
そもそも本と言われたって、なんのことか分からないのだから答えようがない。
気付けば悠真はボロボロと涙を流していた。汗と涙で顔がグチャグチャだ。
「あの人の本よぉ……返してよぉ……」
「し、知らない! 本なんて持ってない!」
「無い……持ってない?」
「本当だよ! だから……助けて……」
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何かを思案しているのだろうか。どうでもいいから、早く解放して欲しい。
悠真はこの時間が永遠のように長く感じた。
それは時間にして一分も経っていなかったのだが、女が突然、血のように赤い唇で弧を描いた。
そして肩のトートバッグから赤黒い鋏を出すと、ジョキジョキと鳴らしながら、悠真の頬をそっと刃の背で撫でまわし始めた。
「――嘘だったら殺す」
悠真の精神はそこで遂に限界を迎え、フッと意識を手放した。
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