18 / 19
平民の魔女に狂わされた男①
しおりを挟む
~ローグ視点~
貴族って悲しい生き物だ。
彼らは自分たちに貴い血が流れていると言うけれど、僕には呪いとしか思えない。
家族を自分が成り上がるための道具としか思えず、平気な顔で他人を蹴落としていく。愛した人でさえも信じられないような生き物が、どうして貴いなんて言えるのだろう?
「――クソッ。あの人でなしのクズ男め!」
母さんが魔力硬化症になったと伝えても、陛下は「そうか」しか言わなかった。それどころか、母さんのことを覚えてすらいない様子だった。きっと彼にとって、母さんはどうでもいい平民の一人としか考えていないんだろう。
自分で孕ませた女すら記憶に無いなんて、本当に人間の屑だ。アレが自分の父親だとも思いたくない。
「あの人は、下賤な平民の血には興味がないっていうのか? じゃあその半分が流れている僕は?」
きっと毛ほども興味が無いんだろう。
事実、兄さんたちに対しては猫かわいがりするのに、僕に対してはまるでいない者のように扱う。
「だったら……僕だって、好きに生きてやるさ」
僕は絶対に、父さんみたいにはならない。自分のことしか考えられない、欲にまみれた貴族の誇りなんてクソくらえだ。
自分で好きになった人を愛し、大切にする。仕事だって、ずっと好きだった魔法薬師になってやる。
「父さんが助けてくれないのなら、母さんのことは自分の手で治す。たとえどんな手を使ってでも――」
そう、利用できるものはすべて利用してやる。
この呪われた血でさえも。
僕は決意を胸に、その日のうちに実家を飛び出した。
自分の王子という立場は使いたくもなかったけれど、仕方ない。叔父が所長を務めていることを利用して、国立魔法薬研究所に入職した。
いずれコネなんて関係ないほどの実力を示して、成り上がってやる。そうすれば、母さんを治療するための新薬を開発できるはずだから……。
だけど現実は、そう甘くはなかった。
「駄目だよ、これ。こんなんじゃ低級魔法薬師にもなれないよ」
僕の指導役となった女性に、コテンパンに駄目出しされてしまった。
それも自信のあった魔法薬の抽出で。アカデミー時代は教本を一切見ずに作業できるほどだったのに、ここではまるで通用しなかった。
「僕が……間違っているって言うんですか」
「そうよ。キミはまだ、この研究所が何のための施設なのか分かってないみたいね」
「そんなの、分かってますよ!」
「ううん。全然分かってない。自分の実力を誇示する場じゃない。病気の患者さんのために、治療薬を早く正確に届けるための戦場よ。自分のことしか考えられない人間は要らないわ」
――衝撃だった。
あれほど嫌っていた自己中心的な貴族の人間に、いつの間にか僕自身がなっていた。それを会ったばかりの先輩は見抜いたんだ。
しかも彼女は、貴族しかいないはずの研究所にただ一人の平民出身の魔法薬師だった。
(こんな人がいるなんて……)
ディアナ先輩は失敗した僕の代わりに、嫌味な上司に頭を下げてくれた。先輩は何一つ悪くないのに、文句ひとつ言わずにだ。
「ディアナ先輩……僕のことを、どうして庇ってくれたんですか?」
「当たり前でしょ? 私はキミの先輩なんだから」
家族以外の人からそんな優しい言葉をかけられたのは、久しぶりだった。いや、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。
(この人は……僕を一人の人間として認めてくれているんだ)
貴族と平民という身分の違いを越えて、僕のためを思って行動してくれた。それがどれだけ嬉しかったか……自分の愚かさが悔しかったか……。
そんな先輩が憧れの人に変わるまで、時間は掛からなかった。
「ディアナ先輩。僕、魔法薬師になって母さんを救いたいんです」
気付けば、僕は自分の秘密を彼女に打ち明けていた。
「貴方のお母さん、ご病気なの?」
「はい」
そう頷くと、先輩はしばらく考え込むような素振りを見せた後……とんでもないことを言い出した。
「もし、特効薬の素材が手に入るって言ったら……どうする?」
「え?」
僕はどれだけ、先輩に驚かされれば良いんだろう。伝説ともいえる薬の素材を、彼女は僕に提供してくれると言うんだもの。
僕はどれだけ、先輩に感謝させれば気が済むんだろう。日々弱っていく母さんを見て絶望していた僕を、彼女はあっさりと救い出してくれた。
先輩はまるで、おとぎ話に出てくる女神様のようだった。
「だけどその代わり、キミには約束してほしいことがあるの」
「な、何ですか?」
先輩はそこで一度言葉を切ると……僕の目を真っ直ぐに見つめながら言った。
「どんなことがあっても、絶対に夢を諦めたりはしないって」
そんなの当たり前じゃないか!
(僕は母さんを助けるって決めたんだ。そしてもし治せたら、その後は――)
「もちろんです! 絶対に助けて、先輩の元に帰ってきますから!」
そんな僕の言葉に、先輩は何故か嬉しそうに笑ったけど……きっと僕の本心には気が付いていなかったんじゃないかな。
僕はもう、先輩なしには生きていけない。先輩が側に居てくれないと、きっと僕は駄目になってしまうんだ。
彼女の為なら、命を捨てたって構わない。それほどまでに心酔してしまっていた。
(母さんを助けたら、後輩としてディアナ先輩に生涯を懸けて尽くそう)
僕は特効薬を手に、研究所を後にした。
そして母さんを治し、再び王都へと帰還した。
だけど研究所に向かった僕を迎えたのは、先輩ではなかった。
「あの平民女は退職したよ」
「――は?」
貴族って悲しい生き物だ。
彼らは自分たちに貴い血が流れていると言うけれど、僕には呪いとしか思えない。
家族を自分が成り上がるための道具としか思えず、平気な顔で他人を蹴落としていく。愛した人でさえも信じられないような生き物が、どうして貴いなんて言えるのだろう?
「――クソッ。あの人でなしのクズ男め!」
母さんが魔力硬化症になったと伝えても、陛下は「そうか」しか言わなかった。それどころか、母さんのことを覚えてすらいない様子だった。きっと彼にとって、母さんはどうでもいい平民の一人としか考えていないんだろう。
自分で孕ませた女すら記憶に無いなんて、本当に人間の屑だ。アレが自分の父親だとも思いたくない。
「あの人は、下賤な平民の血には興味がないっていうのか? じゃあその半分が流れている僕は?」
きっと毛ほども興味が無いんだろう。
事実、兄さんたちに対しては猫かわいがりするのに、僕に対してはまるでいない者のように扱う。
「だったら……僕だって、好きに生きてやるさ」
僕は絶対に、父さんみたいにはならない。自分のことしか考えられない、欲にまみれた貴族の誇りなんてクソくらえだ。
自分で好きになった人を愛し、大切にする。仕事だって、ずっと好きだった魔法薬師になってやる。
「父さんが助けてくれないのなら、母さんのことは自分の手で治す。たとえどんな手を使ってでも――」
そう、利用できるものはすべて利用してやる。
この呪われた血でさえも。
僕は決意を胸に、その日のうちに実家を飛び出した。
自分の王子という立場は使いたくもなかったけれど、仕方ない。叔父が所長を務めていることを利用して、国立魔法薬研究所に入職した。
いずれコネなんて関係ないほどの実力を示して、成り上がってやる。そうすれば、母さんを治療するための新薬を開発できるはずだから……。
だけど現実は、そう甘くはなかった。
「駄目だよ、これ。こんなんじゃ低級魔法薬師にもなれないよ」
僕の指導役となった女性に、コテンパンに駄目出しされてしまった。
それも自信のあった魔法薬の抽出で。アカデミー時代は教本を一切見ずに作業できるほどだったのに、ここではまるで通用しなかった。
「僕が……間違っているって言うんですか」
「そうよ。キミはまだ、この研究所が何のための施設なのか分かってないみたいね」
「そんなの、分かってますよ!」
「ううん。全然分かってない。自分の実力を誇示する場じゃない。病気の患者さんのために、治療薬を早く正確に届けるための戦場よ。自分のことしか考えられない人間は要らないわ」
――衝撃だった。
あれほど嫌っていた自己中心的な貴族の人間に、いつの間にか僕自身がなっていた。それを会ったばかりの先輩は見抜いたんだ。
しかも彼女は、貴族しかいないはずの研究所にただ一人の平民出身の魔法薬師だった。
(こんな人がいるなんて……)
ディアナ先輩は失敗した僕の代わりに、嫌味な上司に頭を下げてくれた。先輩は何一つ悪くないのに、文句ひとつ言わずにだ。
「ディアナ先輩……僕のことを、どうして庇ってくれたんですか?」
「当たり前でしょ? 私はキミの先輩なんだから」
家族以外の人からそんな優しい言葉をかけられたのは、久しぶりだった。いや、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。
(この人は……僕を一人の人間として認めてくれているんだ)
貴族と平民という身分の違いを越えて、僕のためを思って行動してくれた。それがどれだけ嬉しかったか……自分の愚かさが悔しかったか……。
そんな先輩が憧れの人に変わるまで、時間は掛からなかった。
「ディアナ先輩。僕、魔法薬師になって母さんを救いたいんです」
気付けば、僕は自分の秘密を彼女に打ち明けていた。
「貴方のお母さん、ご病気なの?」
「はい」
そう頷くと、先輩はしばらく考え込むような素振りを見せた後……とんでもないことを言い出した。
「もし、特効薬の素材が手に入るって言ったら……どうする?」
「え?」
僕はどれだけ、先輩に驚かされれば良いんだろう。伝説ともいえる薬の素材を、彼女は僕に提供してくれると言うんだもの。
僕はどれだけ、先輩に感謝させれば気が済むんだろう。日々弱っていく母さんを見て絶望していた僕を、彼女はあっさりと救い出してくれた。
先輩はまるで、おとぎ話に出てくる女神様のようだった。
「だけどその代わり、キミには約束してほしいことがあるの」
「な、何ですか?」
先輩はそこで一度言葉を切ると……僕の目を真っ直ぐに見つめながら言った。
「どんなことがあっても、絶対に夢を諦めたりはしないって」
そんなの当たり前じゃないか!
(僕は母さんを助けるって決めたんだ。そしてもし治せたら、その後は――)
「もちろんです! 絶対に助けて、先輩の元に帰ってきますから!」
そんな僕の言葉に、先輩は何故か嬉しそうに笑ったけど……きっと僕の本心には気が付いていなかったんじゃないかな。
僕はもう、先輩なしには生きていけない。先輩が側に居てくれないと、きっと僕は駄目になってしまうんだ。
彼女の為なら、命を捨てたって構わない。それほどまでに心酔してしまっていた。
(母さんを助けたら、後輩としてディアナ先輩に生涯を懸けて尽くそう)
僕は特効薬を手に、研究所を後にした。
そして母さんを治し、再び王都へと帰還した。
だけど研究所に向かった僕を迎えたのは、先輩ではなかった。
「あの平民女は退職したよ」
「――は?」
9
お気に入りに追加
476
あなたにおすすめの小説
限界王子様に「構ってくれないと、女遊びするぞ!」と脅され、塩対応令嬢は「お好きにどうぞ」と悪気なくオーバーキルする。
待鳥園子
恋愛
―――申し訳ありません。実は期限付きのお飾り婚約者なんです。―――
とある事情で王妃より依頼され多額の借金の返済や幼い弟の爵位を守るために、王太子ギャレットの婚約者を一時的に演じることになった貧乏侯爵令嬢ローレン。
最初はどうせ金目当てだろうと険悪な対応をしていたギャレットだったが、偶然泣いているところを目撃しローレンを気になり惹かれるように。
だが、ギャレットの本来の婚約者となるはずの令嬢や、成功報酬代わりにローレンの婚約者となる大富豪など、それぞれの思惑は様々入り乱れて!?
訳あって期限付きの婚約者を演じているはずの塩対応令嬢が、彼女を溺愛したくて堪らない脳筋王子様を悪気なく胸キュン対応でオーバーキルしていく恋物語。
【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。
お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。
少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。
22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
【完結】契約の花嫁だったはずなのに、無口な旦那様が逃がしてくれません
Rohdea
恋愛
──愛されない契約の花嫁だったはずなのに、何かがおかしい。
家の借金返済を肩代わりして貰った代わりに
“お飾りの妻が必要だ”
という謎の要求を受ける事になったロンディネ子爵家の姉妹。
ワガママな妹、シルヴィが泣いて嫌がった為、必然的に自分が嫁ぐ事に決まってしまった姉のミルフィ。
そんなミルフィの嫁ぎ先は、
社交界でも声を聞いた人が殆どいないと言うくらい無口と噂されるロイター侯爵家の嫡男、アドルフォ様。
……お飾りの妻という存在らしいので、愛される事は無い。
更には、用済みになったらポイ捨てされてしまうに違いない!
そんな覚悟で嫁いだのに、
旦那様となったアドルフォ様は確かに無口だったけど───……
一方、ミルフィのものを何でも欲しがる妹のシルヴィは……
侯爵令嬢は罠にかかって
拓海のり
恋愛
ラシェルは候爵家の一人娘だったが、大人しくて地味な少女だった。しかし、どういう訳か王太子アーネストの婚約者に内定してしまう。断罪もざまぁもない地味な令嬢のお話です。設定は適当でふんわり設定です。
他サイトに投稿していた話です。
黒猫にスカウトされたので呪われ辺境伯家に嫁ぎます〜「君との面会は1日2分が限界だ」と旦那様に言われましたが、猫が可愛すぎるので平気です
越智屋ノマ@甘トカ【書籍】大人気御礼!
恋愛
22歳のクララは、父の爵位を継いでマグラス伯爵家の当主となるはずだった。
しかし、妹のイザベラに次期伯爵の座を奪われてしまう。イザベラはさらに、クララの婚約者デリックまで奪っていった。実はイザベラとデリックは、浮気関係にあったのだ。
でも。クララは全然悔しくない。今日ものんびりまったりと、花壇で土いじりをしている。
彼女は社交場よりも花壇を愛し、花や野菜を育てるスローライフを切望していたのだ。
「地位も権力も結婚相手もいらないから、のんびり土いじりをしていたいわ」
そんなふうに思っていたとき、一匹の黒猫が屋敷の庭へと迷い込んでくる。艶やかな黒い毛並みと深緑の瞳が美しい、甘えん坊の仔猫だった。
黒猫を助けた縁で、『飼い主』を名乗る美青年――レナス辺境伯家の次期当主であるジェドとも妙なご縁ができてしまい……。
とんとん拍子に話が進み、レナス家に嫁入りしてしまったクララ。嫁入りの報酬として贈られた『わたし専用の畑』で、今日も思いきり家庭菜園を楽しみます!
病弱なジェドへのお見舞いのために、クララは花やハーブ料理を毎日せっせと贈り続けるが……
「あら? ジェド様の顔色、最近とても良くなってきたような」
一方、クララを追い出して喜んでいた妹&元婚約者のもとには、想定外のトラブルが次々と……?
――これは予期せぬ嫁入りから始まった、スローライフな大事件。
クララと甘えん坊の仔猫、そして仔猫にそっくり過ぎる訳アリな旦那さまが繰り広げる、ハッピーエンドの物語。
※ ざまぁ回・ざまぁ前振り回は、サブタイトルの数字横に『*』記号がついています。
拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!
枢 呂紅
恋愛
「わたしにだって、限界があるんですよ……」
そんな風に泣きながら、べろべろに酔いつぶれて行き倒れていたイケメンを拾ってしまったフィアナ。そのまま道端に放っておくのも忍びなくて、仏心をみせて拾ってやったのがすべての間違いの始まりだった――。
「天使で、女神で、マイスウィートハニーなフィアナさん。どうか私の愛を受け入れてください!」
「気持ち悪いし重いんで絶対嫌です」
外見だけは最強だが中身は残念なイケメン宰相と、そんな宰相に好かれてしまった庶民ムスメの、温度差しかない身分差×年の差溺愛ストーリー、ここに開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
鐘が鳴った瞬間、虐げられ令嬢は全てを手に入れる~契約婚約から始まる幸せの物語~
有木珠乃
恋愛
ヘイゼル・ファンドーリナ公爵令嬢と王太子、クライド・ルク・セルモア殿下には好きな人がいた。
しかしヘイゼルには兄である公爵から、王太子の婚約者になるように言われていたため、叶わない。
クライドの方も、相手が平民であるため許されなかった。
同じ悩みを抱えた二人は契約婚約をして、問題を打開するために動くことにする。
晴れて婚約者となったヘイゼルは、クライドの計らいで想い人から護衛をしてもらえることに……。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる