上 下
7 / 19

想像していた結婚生活じゃない①

しおりを挟む

「花嫁ディアナ。貴女はリケット男爵を夫として永遠に愛し続けることを、神に誓いますか?」

(……うーん、ごめんなさい。ちょっと自信がないです)

 女神様の像と神父様、そして私の旦那様となる男性の視線が重なる中。純白のドレスを身にまとった私は、引きつった笑顔のまま固まっていた。


「ディアナ?」
「え? あー……えっと」
「形だけでいい、とりあえず頷いておきなさい」
「……はい」

 私の旦那様となる人……壮年のリケット男爵は、爽やかな笑みを浮かべて優しげな言葉をかけてくれた。私は彼の笑顔に応えようと、コクリと頷きながら――内心ではひたすら現実逃避していた。

 シャーレ=リケット男爵。
 金髪碧眼に高身長。齢30を前にして、彼が始めた事業は軒並み急上昇中。
 祖父の代に叙爵した新規貴族でありながら、現在もっとも有望視されている男爵様だ。顔も世の女性なら羨むほど、非常に整った形をしている。

 そんな人が、いったいどうして私を妻にする?


「ねぇ、あの花嫁って平民らしいわよ」
「しかも血のように赤い髪って、品が無いわよねぇ」
「なんだか田舎者の臭いが、こっちにまで漂ってくる気がするわ」

 うるさいわね、ヒソヒソ声がこっちまで聞こえてきているのよ。どうせ私は平民で田舎者ですよ。大正解だわ。

 でも髪の色は気に入っているんだから馬鹿にしないで。


「では神の御名において、この婚姻の成立を認めます」

 神父様の宣言と共に、周囲から拍手の音が鳴り始める。

「あ……あはは……」

 私はどうにかぎこちない笑みを浮かべながら、呆然と立ち尽くす。

(どうしてこうなった)

 いやまぁ、理由はちゃんと分かっているんだけどね。

 課長に呼び出されたあの日。部屋に入って早々、私に告げられたのは”男爵から縁談がきた”という話だった。


「彼は若いながら、我が研究所に出資をしている傑物だ。そんな人物が直々にお前を指定して、嫁にしたいと言っている」
「はぁ……」

 まるで光栄に思えと言わんばかりの言い草に、思わず素っ気ない返事をしてしまう。正直私には、何の興味もそそられない話だったから。

「ともかくお前に拒否権は無い。そもそも、平民が貴族の妻に選ばれること自体が異例なのだ。謹んで受けるがいい」

 つまりそれは私に拒否権は無いってことだ。課長は私が断るという可能性をはなから想定していないのだろう。

 そうしてあれよあれよといううちに数か月が経ち、結婚式を迎えることになってしまった。

 ちなみにリケット男爵と会ったのは、この結婚式で二度目。顔合わせで互いに軽い自己紹介を交わしただけで、いつの間にやら結婚式当日を迎えたという始末だ。


「はぁ……」

 私は今日何度目かわからない溜め息をつきながら、教会の祭壇から神父様を見つめていた。

「これでお前の顔を見なくて済むようになると思うと、清々するな」

 結婚式に来ていたピペット課長から、そんな捨て台詞を頂戴して私は確信した。建前上は寿退社ということになっているけれど、これは実質クビだ。この縁談に、課長も一枚嚙んでいたに違いない。

 過程はどうであれ、これで魔法薬師になるという私の夢は潰えてしまった。あーあ。課長に気に入られるよう、もっと媚でも売っておくべきだったかな。


 憂鬱な感情とは裏腹に式そのものは順調に進み、私は男爵の妻となった。誓いのキスはさすがに遠慮してもらって、ファーストキスだけは私の唇に残しておいたけれど。

(私ってば、一体何をしているんだろ)

 専用にあてがわれた、男爵家の自室の窓を少しだけ開いて、夜空を見上げる。月の光が差し込んでくる部屋の中、私は今日の出来事を思い返していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子様、あなたの不貞を私は隠します

岡暁舟
恋愛
アンソニーとソーニャの交わり。それを許すはずだったクレアだったが、アンソニーはクレアの事を心から愛しているようだった。そして、偽りの愛に気がついたアンソニーはソーニャを痛ぶることを決意した…。 「王子様、あなたの不貞を私は知っております」の続編になります。 本編完結しました。今後続編を書いていきます。「王子様、あなたの不貞を私は糧にします」の予定になります。

仲良く政略結婚いたしましょう!

スズキアカネ
恋愛
養女として子爵令嬢になったレイアに宛がわれた婚約者は生粋の貴族子息様だった。 彼が婿入りする形で、成り立つこの政略結婚。 きっと親の命令で婚約させられたのね、私もかわいそうだけど、この方もかわいそう! うまく行くように色々と提案してみたけど、彼に冷たく突き放される。 どうしてなの!? 貴族の不倫は文化だし、私は愛人歓迎派なのにオリバー様はそれらを全て突っぱねる。 私たちの政略結婚は一体どうなるの!? ◇◆◇ 「冷たい彼に溺愛されたい5題」台詞でお題形式短編・全5話。 お題配布サイト「確かに恋だった」様よりお借りしています。 DO NOT REPOST.

【完結】最初からあなたは婚約対象外です

横居花琉
恋愛
王立学園へ通うことになった伯爵令嬢グレースに与えられた使命は良い婚約者を作ること。 それは貴族の子女として当然の考えであり、グレースは素直に受け入れた。 学園に入学したグレースは恋愛とは無関係に勉学に励んだ。 グレースには狙いがあったのだ。

おしどり夫婦を演じていたら、いつの間にか本当に溺愛されていました。

木山楽斗
恋愛
ラフィティアは夫であるアルフェルグとおしどり夫婦を演じていた。 あくまで割り切った関係である二人は、自分達の評価を上げるためにも、対外的にはいい夫婦として過ごしていたのである。 実際の二人は、仲が悪いという訳ではないが、いい夫婦というものではなかった。 食事も別なくらいだったし、話すことと言えば口裏を合わせる時くらいだ。 しかしともに過ごしていく内に、二人の心境も徐々に変化していっていた。 二人はお互いのことを、少なからず意識していたのである。 そんな二人に、転機が訪れる。 ラフィティアがとある友人と出掛けることになったのだ。 アルフェルグは、その友人とラフィティアが特別な関係にあるのではないかと考えた。 そこから二人の関係は、一気に変わっていくのだった。

泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される

琴葉悠
恋愛
 エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。  そんな彼女に婚約者がいた。  彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。  エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。  冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──

なんでも報告してくる婚約者様

雀40
恋愛
政略結婚を命じられた貴族の子どもは、婚約中にどういうふうに関係を築いていくかを考えた。 そうしてふたりで話し合って決めたのは「報告すること」。 お互いの感情と情報のすれ違いによるトラブルの防止を目的とした決め事だが、何でもオープンにすることに慣れてしまうと、それはそれで問題に……? ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 真面目女子✕真面目男子。 双方真面目が過ぎて若干ポンコツ気味なカップルのゆるい話。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

第十王子との人違い一夜により、へっぽこ近衛兵は十夜目で王妃になりました。

KUMANOMORI(くまのもり)
恋愛
軍司令官ライオネルとの婚約を強制された近衛兵のミリアは、片思い相手の兵長ヴィルヘルムに手紙を書き、望まぬ婚姻の前に純潔を捧げようと画策した。 しかし手紙はなぜか継承権第十位の王子、ウィリエールの元に届いていたようで―――― ミリアは王子と一夜を共にしてしまう!? 陰謀渦巻く王宮では、ウィリエールの兄であるベアラルの死を皮切りに、謎の不審死が続き、とうとうミリアにも危険が迫るが――――

処理中です...