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一難去ってまた……災難?③

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 彼は驚いた様子で目を丸くする。

「実は私、その素材を持っているの」

 私はニヤリと笑う。
 素材となるのは月光狼の牙。伝説の魔獣と言われ、人の前に姿を現すのは百年に一度と言われている。気性も荒く凶暴で、そんな獣の牙を入手することは非常に困難を極める。

 私は父の死後に偶然、それを手に入れることができたけれど……量は二人分にしかならない。


「それ、本当ですか!?」
「父みたいな人を救いたくて、昔ちょっと無茶をしてね……でも貴方になら、ひとつ譲ってあげる」

 だからそう易々とは使えない代物だし、本当なら誰にも話すつもりはなかったんだけどね。でも彼になら……自分と同じような境遇の彼だったら、託せると思ったから。


「で、でもそんな貴重なものを……」
「私は大事な人を救うことができなかった。でも貴方はまだ間に合う。……私と同じ思いをさせたくないのよ」

 まだ遠慮しているローグ君の背中をポンと叩いてあげる。彼は一瞬ビクッとして、それから恐る恐る聞いてきた。

「……じゃあ、本当に?」
「ええ」
「ありがとう、ございます……っ! この恩は必ず返します!」

 ローグ君は声を詰まらせながら、泣き始めた。

 私は新人君の肩に手を置いてから、小さく囁く。


「その代わり、お願いがあるの」
「僕にできることがあれば、たとえ命を捧げてでも……」
「ふふっ、そんなのは要らないわ。でも、貴方にしかできないことよ」

 私がそう言うと、彼は涙を拭ってこちらを見つめてきた。

 そんな彼の目をじっと見つめ返してから――口を開く。

「――ローグ君。貴方は必ず、人々の役に立つ魔法薬師になって頂戴」


 ◇

 それからローグ君はお母様を助けるべく、あちこちを奔走していた。
 上級魔法薬師しか調合のできない特効薬は、アカデミーの校長先生にお願いして調合してもらった。

「ローグ君に恩を売れたのは幸運でしたな」

 校長先生はそう笑って、彼の頼みを聞いてくれた。
 そして無事に完成した特効薬を手に、彼はお母様の休養している街へと旅立っていった。


「次に会えるのは、今から半年後かぁ……」

 お母様がしっかりと治るまでということで、彼は長期の休暇を取った。ということで、私の隣は再び空席となってしまっている。

 若干の寂しさを感じつつも、私は充実感を覚えていた。間接的でも、お父さんと同じ病気の人を助けられた嬉しさが心を満たしていたから。

 ローグ君、うまくやれるといいけれど――。

「……でも、やっぱり寂しいな」



 彼がいなくなってから、1か月近く経った頃のこと。
 いつものように定時を越え、今日も残業を迎える心の準備をしていたときに、事件は起きた。

「おい、ディアナ。ちょっと俺のデスクに来い」
「課長の……? はい、分かりました」

 珍しく私の名前をちゃんと呼んだかと思いきや、課長は不愛想な顔のままそれだけ告げて去っていった。

「なんだろう……怒られるようなことをしたかしら?」

 最近は残業も減ってきているし、心当たりがまるでないわね。でも思い当たる節がないからといって、それが良いこととは限らない。


「……ううん! 気持ちを切り替えていかなきゃ!」

 私は両手で頰をパチンと合わせてから、課長の元へと向かった。


「ディアナ、お前にリケット男爵家との縁談話がきた」

 ――はい? 縁談??

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