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一難去ってまた……災難?②
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「……っ!?」
「そうじゃなきゃ、わざわざ魔法薬師の腕を上げたいなんて思わないもの」
ここにいる研究員のほとんどは、この職場に就いた時点でやる気をなくした連中だ。
だけど私にとって就職はゴールじゃない。残念ながらスタート地点に立っただけ。ここから多くの研鑽を重ねて初めて、患者さんに手を差し伸べることができるのだ。
ただ優しくても腕のない人間は他人を救えない。だって私たちは神様じゃないんだから。
「功を焦って無茶をしても、良いことは何も無いわ」
「ちがう……僕はただ、早く偉くなろうと……」
「嘘ね。高い給料に眩んでいるような目はしていないもの」
私にはわかる。
自分の魔法薬で人を救えると信じて、アカデミーを卒業したときの瞳とそっくりなのだから。
たしかに彼は高貴なる生まれなんでしょう。あの課長ですら、最初はローグ君に気を使っていたもの。だけど根っこの部分では、私と同じモノを持っているはずだわ。
「だから私は、貴方に期待しているの。ローグ君ならいつか、同じ志を持った仲間になってくれるかもしれないって」
それは単に私の我が儘かもしれない。だけど彼には、こんなところで腐ってほしくないのよね。
「だから一緒に頑張りましょう?」
「……はい。本当にすみませんでした」
その日私たちは朝方まで共に作業を進め、どうにか既定の数を揃えることができた。
……結局、課長には仕事が遅いって怒られたけど。私の隣で一緒に頭を下げてくれた誰かさんのおかげで、お説教はいつもより短い時間で済んじゃった。
「ディアナ先輩。僕、魔法薬師になって母さんを救いたいんです」
新人君が入所して1か月近くが経った、ある日の午後。
研究所の屋上で一緒にお弁当を食べていたローグ君が、不意にそんな告白をしてきた。
「貴方のお母さん、ご病気なの?」
そう訊ねると、彼は静かに頷く。
「僕の母さんは魔力硬化症で、その所為でずっと寝たきりなんです」
「魔力硬化症……」
その病気は奇しくも、私のお父さんが亡くなった原因と同じだった。
特効薬を使わないと治せない難病で、徐々に体が弱っていき、やがて死に至ってしまう。そしてその特効薬を作るためには、たいへん希少な素材が必要とされる。
「僕、早く一流の魔法薬師になって、代わりの特効薬を開発したかったんです。だからつい焦ってしまって……先輩には、随分と酷いことを……」
そう言って申し訳なさそうにうなだれる新人君。
まったく、何か訳ありだとは思っていたけれど……そういうことなら、早く言ってくれたら良かったのに。
「いいの。私も言い過ぎたと思うし……」
私は彼がどんな気持ちでいたのか考えもしなかった。
それはつまり、彼に自分の理想を押し付けていたことに他ならない――。
「先輩?」
「ううん……なんでもないわ」
私は首を横に振って、彼に向けて微笑む。
「でもどうして急に打ち明けてくれたの?」
「先輩が前に言っていたじゃないですか。“自分と同じ目をしている”って。」
彼は自分の目元を指さす。
「先輩なら、僕のことを理解してくれるかもって……僕みたいな生意気な男にも優しく接してくれるから、つい……」
その言葉に私は嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。
「ふふ、ありがとうね」
「いえ……こちらこそ、ありがとうございます」
ローグ君は照れくさそうに頬をポリポリとかく。その仕草が可愛くて、思わず胸がキュンとする。
「でも、ローグ君の実家は貴族でしょう? 伝手を使えば、特効薬を探すこともできるんじゃない?」
私みたいな平民が、手に入れることはまずありえない。けれど貴族階級が上であればあるほど、入手の可能性は高いはず。少なくとも彼は、伯爵家出身の課長よりも上なのでは……?
「……いえ、母さんは平民の出身なんです。父さんとは縁が切れているので、僕がどうにかするしかなくって」
「そうなの……」
うわぁ、貴族ってそういうしがらみがあるのよね。思わず同情しちゃうわ。
「ねぇ、ローグ君」
「なんです?」
私は彼の方を向き直ってから、口を開く。
「もし、特効薬の素材が手に入るって言ったら……どうする?」
「そうじゃなきゃ、わざわざ魔法薬師の腕を上げたいなんて思わないもの」
ここにいる研究員のほとんどは、この職場に就いた時点でやる気をなくした連中だ。
だけど私にとって就職はゴールじゃない。残念ながらスタート地点に立っただけ。ここから多くの研鑽を重ねて初めて、患者さんに手を差し伸べることができるのだ。
ただ優しくても腕のない人間は他人を救えない。だって私たちは神様じゃないんだから。
「功を焦って無茶をしても、良いことは何も無いわ」
「ちがう……僕はただ、早く偉くなろうと……」
「嘘ね。高い給料に眩んでいるような目はしていないもの」
私にはわかる。
自分の魔法薬で人を救えると信じて、アカデミーを卒業したときの瞳とそっくりなのだから。
たしかに彼は高貴なる生まれなんでしょう。あの課長ですら、最初はローグ君に気を使っていたもの。だけど根っこの部分では、私と同じモノを持っているはずだわ。
「だから私は、貴方に期待しているの。ローグ君ならいつか、同じ志を持った仲間になってくれるかもしれないって」
それは単に私の我が儘かもしれない。だけど彼には、こんなところで腐ってほしくないのよね。
「だから一緒に頑張りましょう?」
「……はい。本当にすみませんでした」
その日私たちは朝方まで共に作業を進め、どうにか既定の数を揃えることができた。
……結局、課長には仕事が遅いって怒られたけど。私の隣で一緒に頭を下げてくれた誰かさんのおかげで、お説教はいつもより短い時間で済んじゃった。
「ディアナ先輩。僕、魔法薬師になって母さんを救いたいんです」
新人君が入所して1か月近くが経った、ある日の午後。
研究所の屋上で一緒にお弁当を食べていたローグ君が、不意にそんな告白をしてきた。
「貴方のお母さん、ご病気なの?」
そう訊ねると、彼は静かに頷く。
「僕の母さんは魔力硬化症で、その所為でずっと寝たきりなんです」
「魔力硬化症……」
その病気は奇しくも、私のお父さんが亡くなった原因と同じだった。
特効薬を使わないと治せない難病で、徐々に体が弱っていき、やがて死に至ってしまう。そしてその特効薬を作るためには、たいへん希少な素材が必要とされる。
「僕、早く一流の魔法薬師になって、代わりの特効薬を開発したかったんです。だからつい焦ってしまって……先輩には、随分と酷いことを……」
そう言って申し訳なさそうにうなだれる新人君。
まったく、何か訳ありだとは思っていたけれど……そういうことなら、早く言ってくれたら良かったのに。
「いいの。私も言い過ぎたと思うし……」
私は彼がどんな気持ちでいたのか考えもしなかった。
それはつまり、彼に自分の理想を押し付けていたことに他ならない――。
「先輩?」
「ううん……なんでもないわ」
私は首を横に振って、彼に向けて微笑む。
「でもどうして急に打ち明けてくれたの?」
「先輩が前に言っていたじゃないですか。“自分と同じ目をしている”って。」
彼は自分の目元を指さす。
「先輩なら、僕のことを理解してくれるかもって……僕みたいな生意気な男にも優しく接してくれるから、つい……」
その言葉に私は嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。
「ふふ、ありがとうね」
「いえ……こちらこそ、ありがとうございます」
ローグ君は照れくさそうに頬をポリポリとかく。その仕草が可愛くて、思わず胸がキュンとする。
「でも、ローグ君の実家は貴族でしょう? 伝手を使えば、特効薬を探すこともできるんじゃない?」
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「……いえ、母さんは平民の出身なんです。父さんとは縁が切れているので、僕がどうにかするしかなくって」
「そうなの……」
うわぁ、貴族ってそういうしがらみがあるのよね。思わず同情しちゃうわ。
「ねぇ、ローグ君」
「なんです?」
私は彼の方を向き直ってから、口を開く。
「もし、特効薬の素材が手に入るって言ったら……どうする?」
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