上 下
34 / 55

4-2 疑う聖女と疑われた魔王様

しおりを挟む
 
「お母さんを何処へやったの」

 モナはウルの家に入ってくるなり、有無を言わせぬ口調で目の前で座っている男を問い詰める。
 ここの現在の家主であるウルはリビングで、先日訪れたメルロー子爵の領で購入した赤ワインのボトルを片手に、優雅な晩酌をしていたところだった。

 契約の時ですら見せなかったような怒りの形相を見せる彼女をチラッと一瞥いちべつすると、グラスに入った血のように赤い葡萄酒をひと口だけ含んでから、コトリとテーブルに置いた。


「何の話だか「とぼけないで! アンタ以外に、いったい誰がお母さんを連れて行くっていうのよ!」……そんなの知らないよ。なにか用事があって出掛けているとかじゃないの? あぁーあ、せっかくのワインが……」

 惚けるウルに怒りが抑えきれなかったのか、モナは話の途中でテーブルをバァンと叩いた。衝撃でまだワインの残ったグラスは倒れ、机上の料理たちを紅く染めていった。
 モンスターをなぎ倒すほどのダメージを与える聖女の攻撃は、テーブルの上のディナーに甚大な被害を与えてしまっていた。

 クロスで机の上を綺麗にしながら、少し機嫌が悪そうにモナに苦言を呈す。

「だいたい俺は昨日から王都の外に居て、やっと帰って来たんだよ? それでどうやってモナの母上と接触するっていうのさ」
「そ、それは……」

 一緒に母を探していた妹のリザが一人で街の外へ出るレオを見たと言っていたので、それは恐らく事実だろう。だが魔王である彼ならば、なにか方法があるかもしれない。
 そもそも、あの強い母を誘拐できる人間と言ったらこの王都ではかなり限られているのだ。


「まず何があったのかちゃんと説明してくれ。母上が誰かに連れ去られるところでも誰か見たのか?」

 いつもの調子とは違った真面目な顔でそう問われると、さっきまでの勢いも削がれてしまった。
 この時点でモナの心中では、もしかしたら本当に魔王は無関係なのかもしれないと思い始めていた。

 少し冷静を取り戻したモナは、ウルに事情をイチから説明することにした。



「つまりキミの母君が家族の誰にも告げずに家を二晩ほど留守にした、と。……キミは本当にそれだけで俺を疑ったのか」
「……う、ううっ。だってあの真面目なお母さんが、そんな不良娘みたいなことをするなんて有り得ないんだもん」

 ここでいう不良娘というのはモナの双子の妹であるリザだ。彼女は良く街の宿屋兼居酒屋に入り浸って、数日家に帰ってこないこともしばしば。

 そんな不真面目なリザを良く叱っていた立場であるレジーナが、自らそんなことをするはずがない……というのが、モナの意見なのである。


「ふぅん、たしかに聞く限りではモナの母上らしいっちゃらしいね」
「なによ、なにか文句でもあるっていうの?」
「いや、ふふふ。聖女っていうのは性格まで受け継がれるんだなぁって思っただけさ」



 確かに先々代、つまりはモナの祖母にあたる人物も、穏やかでありながらも民の為ならば一歩も引かない優しさと強さを兼ね合わせた、とても高潔な人物だったと聞く。
 それはお腹の中に子どもが居たにもかかわらず、当時の魔王を討伐したほどに。


 親子三代で見てみても、モナも間違いなく聖女の血統というべき性格をしている。友人を大事にし、民を想い、愛に情熱を傾けられる人物だ。
 実際にはモナの中には前世の魂が紛れ込んでいるのだが、それをんでも彼女は間違いなく聖女の家系だと言っていいだろう。


「私のことはいいの。それよりも、本当にお母さんのことは知らないのね?」
「……だから俺は一切関与してないよ」
「そう……本当にどこに行っちゃったんだろう……」

 母もモナと同じように教会で育った身で、親戚や友人と言える人物も殆ど居ない。
 そちらは妹が今も探してくれているが、恐らくそちらのセンも薄いだろう。

 どちらにせよ、娘に黙って消えてしまう必要が無いからだ。


「……俺も独自のツテを使って捜索の手伝いをしてみよう。だけど今の俺はこの身体だ。あんまりアテにはしないで欲しい」
「本当!? ありがとう……ごめんなさい。私、つい貴方だと疑っちゃって……」


 母ほどでは無いが、モナもそれなりに聖女の仕事を通して人を見る目を鍛えているつもりだ。
 今までのやり取りで、ここまで来ればウルが今回の件とは無関係だという事もほぼ確信していた。

 相手が悪の魔王であろうとも、素直に謝れるのが彼女の美点である。


 そんな素直なモナを見て、ウルは少しほっとした顔になる。新しくグラスにワインを注ぎ直すと、それをくいっと飲み込んだ。
 そして空いていたグラスに新しく注ぐと、モナにも飲むように勧めた。

「なんだか悪いわね……何だか気疲れちゃったし、一杯だけいただくわ」
「ところでモナ」
「なぁに? あ、やっぱり子爵のワインは美味しいわね」

 注がれたワインを一気にあおる。さらに自分で再びなみなみになるまで淹れたグラスに口を付けながら、ウルに話の続きを促す。

「キミ、昨日教会で母君に契約のことをバラそうとしたよね?」
「ぶふあ」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

騎士団長様、ぐちゃぐちゃに汚れて落ちてきて

豆丸
恋愛
  騎士団長が媚薬を盛られて苦しんでいるので、騎士団の文官ソフィアが頼まれて、抜いてあげているうちに楽しくなっちゃう話。 

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

完結 R18 聖女辞めるため娼婦にジョブチェンジしたい。氷の騎士団長は次期娼婦館のオーナーでした。

シェルビビ
恋愛
 アルシャ王国に聖女召喚された神崎穂乃花。この国に大聖女がいるのに何故聖女召喚したと聞いてみると後継者が異世界にいるということで召喚されたらしい。  召喚された次の日に瘴気に満たされた森が浄化された。聖騎士団が向かうと同じく異世界からやってきた少女、園田ありすが現れたのだった。  神官たちが鑑定すると2人とも聖女だったが、ありすの方が優秀でほのかは現地の聖女くらいの力しかない。聖女を辞めたいと言っても周りが聞いてくれず、娼婦館で治癒師として表向きは働き研修を受けることに。娼婦館で出会ったルイに惚れて、聖女なので処女を捨てられずにアナル処女を捧げる。  その正体は氷の騎士団長ゼエルだった。  召喚されて3年も経つと周りもありすを大聖女の後継者と言うようになっていた。でも辞めさせてくれない。  聖女なんてどうでもよくなり処女を娼婦館で捨てることにした。 ※相変わらず気が狂った内容になっています。 ※ブクマ300ありがとうございます! ※純愛バージョンも書こうと思います。今は修正をしています。

オークションで競り落とされた巨乳エルフは少年の玩具となる。【完結】

ちゃむにい
恋愛
リリアナは奴隷商人に高く売られて、闇オークションで競りにかけられることになった。まるで踊り子のような露出の高い下着を身に着けたリリアナは手錠をされ、首輪をした。 ※ムーンライトノベルにも掲載しています。

【R18】聖女のお役目【完結済】

ワシ蔵
恋愛
平凡なOLの加賀美紗香は、ある日入浴中に、突然異世界へ転移してしまう。 その国には、聖女が騎士たちに祝福を与えるという伝説があった。 紗香は、その聖女として召喚されたのだと言う。 祭壇に捧げられた聖女は、今日も騎士達に祝福を与える。 ※性描写有りは★マークです。 ※肉体的に複数と触れ合うため「逆ハーレム」タグをつけていますが、精神的にはほとんど1対1です。

【R18】少年のフリした聖女は触手にアンアン喘がされ、ついでに後ろで想い人もアンアンしています

アマンダ
恋愛
女神さまからのご命令により、男のフリして聖女として召喚されたミコトは、世界を救う旅の途中、ダンジョン内のエロモンスターの餌食となる。 想い人の獣人騎士と共に。 彼の運命の番いに選ばれなかった聖女は必死で快楽を堪えようと耐えるが、その姿を見た獣人騎士が……? 連載中の『世界のピンチが救われるまで本能に従ってはいけません!!〜少年聖女と獣人騎士の攻防戦〜』のR18ver.となっています!本編を見なくてもわかるようになっています。前後編です!! ご好評につき続編『触手に犯される少年聖女を見て興奮した俺はヒトとして獣人として最低です』もUPしましたのでよかったらお読みください!!

異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」

マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。 目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。 近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。 さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。 新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。 ※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。 ※R15の章には☆マークを入れてます。

完結 チート悪女に転生したはずが絶倫XL騎士は私に夢中~自分が書いた小説に転生したのに独占されて溺愛に突入~

シェルビビ
恋愛
 男の人と付き合ったことがない私は自分の書いた18禁どすけべ小説の悪女イリナ・ペシャルティに転生した。8歳の頃に記憶を思い出して、小説世界に転生したチート悪女のはずが、ゴリラの神に愛されて前世と同じこいつおもしれえ女枠。私は誰よりも美人で可愛かったはずなのに皆から面白れぇ女扱いされている。  10年間のセックス自粛期間を終え18歳の時、初めて隊長メイベルに出会って何だかんだでセックスする。これからズッコンバッコンするはずが、メイベルにばっかり抱かれている。  一方メイベルは事情があるみたいだがイレナに夢中。  自分の小説世界なのにメイベルの婚約者のトリーチェは訳がありそうで。

処理中です...