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第22話 秘儀、Wなでなで。

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「おい、莉子! 無事だったか!?」
「……」
「情報屋が皆殺しにされたって、どういうことなんだよ……なぁ、どうして黙ってるんだよ!?」

 俺はトワりんの家を飛び出し、近くの公園に莉子たちを呼び出した。

 だが莉子は一向に口を開こうとしない。それどころか、俺と目を合わせてもくれなかった。


「なぁ、宇志川。潜入先でいったい何があったんだ?」

 仕方なく、莉子の隣にいた宇志川に声を掛ける。


「報告の通りですわ。わたくしたちがスパイダーのアジトに潜入したときにはもう、彼らは全員お亡くなりになっていたんですの」

 宇志川いわく、奴らのアジトは自衛隊基地のすぐそばにあったらしい。


「国を守る自衛隊のそばに拠点を置いたら、逆に自分たちまで危険なんじゃないか? 情報屋って別に正義の味方じゃないんだろ?」
「えぇ、普通はそうですわね。でも基地の特性を考えれば、上手く裏をかいたとも言えますの」

 日本の自衛隊基地には、あらゆる特別措置がされており、逆に安全なんだそうだ。

 たとえば緊急時に停電にならないよう配電設備が強化されていたり、国防のため常に外敵が侵入できないようセキュリティ対策がされていたりするのだとか。


「ここで問題なのは、わたくしたちでさえ潜入に苦労した場所に先回りをし、どうやってターゲットたちを皆殺しにしたかですわ」
「たしかに……」
「潜入したタイミング的に、わたくしたちの動向を知っていた可能性も考慮しなくてはなりませんわね」

 たしかに、それは重要なポイントだ。
 もし俺たちの行動が事前にバレていて、その上で待ち伏せをされていたとしたら……。

 そんな嫌な想像をしていたとき、ようやく莉子が口を開いた。


「もしかしたら、せつのせいかもしれないのにゃ」
「莉子、お前のせいだってどういうことだ?」
「実は拙たちがスパイダーの情報を掴んでから、ずっと尾行していた人物がいたみたいなんだにゃ」
「まさか、そんなことが――」
「プロである拙たちを欺くなんて真似ができるのは、業界でも一握りにゃ。そしてその一握りは身内なのにゃ」

 その声は普段の明るい彼女からは考えられないほど暗く、とても弱々しいものだった。まるで別人のような変わり様に、俺は思わず息を飲む。


「それに関して、わたくしも謝罪しなければなりませんわ」
「宇志川が?」

 俺の疑問に答えるように宇志川が放った言葉は、あまりにも衝撃的なものだった。


「おそらく、わたくしのクソ親父も噛んでいるんですわ。あの人格破綻者は平気な顔で身内を切り捨てますから」
「おいおい、マジかよ……」

 どうやら今回の一件、思っていたよりも事が大きそうだ。


「これで情報が分からなくなっちゃったのにゃ。拙がもっと早く尾行のことに気付いていれば……」

 たしかに唯一の情報源が死んだことで、俺たちは行き詰ってしまった。

 今のところ、他にいい案も思いつかない。
 だが今はそれよりも、莉子を慰めてやるべきだ。俺は彼女の小さな頭に手を置き、静かに撫でた。すると莉子の瞳にじわりと涙が浮かぶ。


「大丈夫だよ、莉子。きっと何かほかに方法があるはずだ」
「マコト……」
「だから元気出せよ。ほら、せっかくの可愛い顔が台無しじゃないか」
「うぅ、御主人様……やっぱり拙は御主人様に一生ついていくにゃ~!!」
「おっと!」

 莉子は感極まったのか、勢いよく抱き着いてきた。俺はそれを受け止め、そのまま彼女を抱きしめ返す。


「あー! ちょっと莉子様、何をしてますの!? そんなお猿さんに抱き着いたら、くっさい匂いが映ってしまいますわよ!」

 後ろでは宇志川が騒いでいるが、今は無視する。

 莉子は鼻水を垂らしながら泣きじゃくり、俺の胸に顔を擦り付けていた。俺は彼女が落ち着くまで、ずっと頭を優しくなで続けてやった。


「ありがとうにゃ。ちょっと落ち着いたのにゃ」

 そう言いつつも俺から離れようとしない莉子。ずっと引っ付いていたおかげで、俺が着ているTシャツは莉子の鼻水と涙でグショグショだ。だがまぁ、今回は目をつぶろう。


「まったく。女の弱みに付け込むなんて、最低の行いですわよ?」
「なんだ、嫉妬か? 宇志川も頭を撫でてほしけりゃ、こっち来いよ」
「おっ、おおおおお断りですわよ!! 誰が男に撫でてほしいなんて!!」

 一瞬で顔を真っ赤にした宇志川は、両手をブンブンと振り回しながら抗議してくる。

 まぁコイツが嫌がるなんて分かっていたし、単純に普段の仕返しがしたかっただけなんだけど。


「で、でもちょっとだけなら……」
「――えっ?」
「ほ、ほら。撫でたければ撫でればいいじゃないですの。今回は特別ですわよ!?」

 突然どうしたんだコイツ? 男嫌いであるはずの宇志川が、自ら俺に触られようとするなんて。

 すると莉子がすっと俺の隣に立ち、耳元でコソコソと呟いた。


「宇志川殿は今まで任務を達成しても、誰からも感謝されてこなかったのにゃ。おそらく拙がねぎらわれているのを見て嫉妬したんだにゃん」
「えぇっ、コイツが嫉妬!?」
「父親への反抗心も、男嫌いも、愛情が裏返って憎いと思っているだけなのにゃ」

 そ、そういうものなのか……?

 いったいどんな心境の変化が起きたのかは分からないが、たしかに目の前では宇志川が頭をこちらに突き出している。

 いつまでも撫でてこないことに痺れを切らしたのか、宇志川殿が半目になって俺を睨む。


「ほら。せっかくこうして待っているのですから、早く撫でてくださいませ!」
「お、おう……怒るなよ?」

 俺は恐る恐る手を伸ばした。そしてそっと優しく、壊れ物を扱うようにその金髪に触れる。すると彼女はビクッと体を震わせ、ゆっくりと目を閉じた。

 そしてすぐにデレッと頬を緩ませた。俺はいつでも逃げられるよう、警戒していたのだが……ヤバイ、めちゃくちゃ可愛いぞ。不覚にも俺はその表情にドキッとしてしまう。

 しかしそこで、莉子が不満げな声を上げた。


「むむむ、なんか拙のときとは反応が違うのにゃ」
「あっ、いや。別にそんなことはないぞ!?」
「ずるいのにゃ。拙のことももう一度撫でるのにゃ」

 そう言って莉子は頭を差し出してきた。その姿はまるで飼い猫が餌をねだってきているようだ。

 俺は莉子の頭に手を伸ばし、再びそのサラリとした髪に触れた。そして先ほどの宇志川に負けず劣らずの、蕩けるような笑みを浮かべた。あぁもう、マジ天使。

 俺はそのあまりの可愛さに、思わずギュッと強く抱きしめてしまった。


「あわわわわわわ」
「御主人様、大胆……なのにゃ」

 莉子と宇志川が何か言っている気がするが、今の俺には聞こえない。

 俺はひたすら莉子たちを愛で続けた。


「うぅ、さすがにこれ以上は恥ずかしいのにゃ」
「わたくしも少し調子に乗り過ぎましたわ……」

 二人とも満足してくれたみたいだし、名残惜しいがこの辺にしておこう。

 俺は最後に莉子の頭をひと撫でしてから、ようやく彼女から手を離す。


 莉子は少し顔を赤くしながらも、嬉しそうに微笑んでいた。


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