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第5話 この後始末、どうしよう?
しおりを挟む「わ、私じゃないの……急に気が遠くなって、気付いたらあの場所に立っていて……」
磯崎先生は泣き崩れ、何度も謝罪の言葉を口にする。
俺はそんな彼女を慰めることもできず、ただ呆然としていた。
タカヒロが死んだ。
それも、こんな惨たらしい姿で。
だが俺が本当にショックを受けているのは、それではない。
タカヒロが死んでしまったことに対する悲しみや怒りよりも、もっと別の感情が胸の奥から湧き上がってくる。
「いったい誰が……こんなシナリオなんて無かったじゃないか」
本来ならこんなところで物語の主人公が死ぬわけがない。ヒロインとの恋愛フラグだって立っていないし、そもそもゲーム開始直後だ。
つまりタカヒロの死は、完全にイレギュラーな事態である。このままでは俺の知っている物語の流れにならない。
いや、それ以前にこの世界そのものが変わってしまうかもしれない。
「こ、これは夢よ……ねぇ虚戯くん、そうよね?」
トワりんが縋るように俺を見つめてくる。俺も夢だと言ってあげたかったが、彼女が持つ包丁から生々しい血がポタポタと滴り落ちていくのを見て、思わず言葉が詰まってしまう。
なによりも調理台の上にある生首が、否が応にもこれが現実だと訴えてきている。
そうだ、俺は現実逃避している場合じゃなかった。今はこの状況をどうにかしなくては。まずはトワりんを落ち着かせよう。
「だいじょうぶ。先生はそんな酷いことをしないって俺は分かってるから」
「うん……うん……!!」
トワりんを刺激しないよう、俺はなるべく言葉を選んで話を続ける。凶器を持ったまま、彼女が早まった行動してしまっては大変だ。
彼女はまだ混乱しているが、それでも俺の言うことは理解してくれているようだ。
(そもそも、トワりんは暗殺者なんかじゃない。それにアイツを殺す動機だって無いんだから……)
ハイクラのゲーム世界を知っている俺には、彼女がそんな人間では断じてないと断言できる。
仮に彼女以外に犯人がいるとしたら、それは暗殺ヒロインの誰かだろう。だが今の俺では特定することはできない。
(くそっ、どうしてこんなことに……)
いくら考えても答えは出ない。とにかく今はまず、この場をなんとか切り抜けなければ。
俺は思考をフル回転させ、この窮地を脱出する方法を探った。
「どうしよう、虚戯くん……私、タカヒロくんを……」
「大丈夫だから……全部、俺に任せて」
俺は話し掛けながら少しずつ近寄ると、手を広げて血塗れの彼女を優しく抱き寄せた。そして右手に握られたままの包丁をゆっくりとこちらに渡してもらう。
預かった包丁を彼女の手の届かないように地面に置いてから、刃の部分を足で踏みつける。よし、あとは……。
「安心して、今はゆっくり休んで……」
ポケットの中から人間を昏睡させるアイテムを召喚し、それを彼女に使用した。
取り乱した状態の彼女をこのまま放っておいたら、簡単に壊れてしまいそうだったから。それを回避するための、緊急手段だ。即効性の催眠スプレーなので、すぐに効果が現れるはず。
「虚戯……くん……」
アイテムが効いたのか、トワりんは俺の名前を呼びながら身体を預けるようにして意識を手放していった。これでしばらくは目を覚まさないだろう。
(取り敢えず、この現場を処理しないと。それには莉子が必要だ)
このままではトワりんが犯罪者として疑われてしまう。
俺は彼女をソファの上に寝かせると、最初のイベントで手駒にした柳嶋莉子を呼び出すことにした。
◇
「御主人様……これは拙と同じ、プロの犯行だにゃ……」
床一面に広がる赤い海。
その中にあるタカヒロの死体。
その隣には血まみれの包丁。
家庭科室にやって来た莉子は現場を見た瞬間、即座に状況を判断していた。
「男の首を包丁で一刀両断なんて、一般人には到底不可能にゃ。これは先生の犯行に見せかけた偽装殺人に違いないにゃあ……」
首の切り傷などを詳しく調べ、専門家のような口調で話す莉子。
血の固まり具合や死斑の様子から見るに、死後数時間は経っていないそうだ。
まだ多くの生徒たちが校内に残っていることを考慮すると、外部の人間が学校に侵入したとは考えにくい。つまり、この殺人を犯した人物は学校に居る可能性が高いという。
「でも誰がやったかまでは分からないんだよな……」
俺は寝息を立てるトワりんを抱き寄せながら、悔しげな表情を浮かべた。
こんな優しい人を犯人に仕立て上げ、傷付けるなんて許せない。
「おそらく拙の他にも、タカヒロ殿を狙う人間が居たんだにゃ。拙が暗殺に失敗したとみて、すぐに他の誰かに実行させたのかもしれないにゃ……」
「ってことは、あの授業に事件の黒幕が居たって事か!?」
「それは分からないにゃ。ソイツはただの監視だったかもしれにゃいし、実行犯は別にいる可能性だってあるにゃ……」
「そ、そうか……」
確かにあの時の授業中に、怪しい動きをしていた生徒は一人もいなかった気がする。
そもそも俺が知っている他のヒロインは他の学年やクラスにいるため、予想がつかない。
「というより、拙が気になる点は他にあるにゃ」
すると突然、莉子が俺の方に近づいてきた。そして顔を近づけると、まじまじと見つめてくる。
キスでもされるのか? 俺は思わずドキッとしたが、今はそんな場合じゃないと思い直し平静を保った。
「御主人様はいったい何者なのにゃ? 死体を見ても平気そうだし、拙みたいな暗殺者のことも知っている。どう考えてもカタギの人間とは思えないのにゃ」
鋭い眼差しでこちらを見据える莉子。彼女の言う通り、普通の高校生なら死体を見た時点で悲鳴を上げているだろう。
……別に俺だって動揺していないわけじゃないさ。
でも自分の事よりもトワりんを護らなきゃってことで頭がいっぱいだっただけだ。
「……? なんにゃ? 急に黙り込んでどうしたんだにゃ?」
「いや……」
そろそろ莉子には、俺の事情を説明しておいた方がいいかもしれない。
もしかしたら俺の知らない情報を持っている可能性もあるから。今は少しでも情報が欲しい。
俺は覚悟を決めると彼女に真実を話すことにした。
「聞いてくれ、莉子。実は……」
――――――
――――
――
「うにゃにゃにゃ。にわかには信じられないことだにゃ」
「だが、俺は……」
「分かってるにゃ。素人の嘘にしては拙の業界を知りすぎてるにゃ。だから御主人様の言う通りなんだにゃ」
俺の話を莉子は終始腕を組みながら真剣に聞いていた。
話が終わると彼女は少しだけ考えるような素振りを見せたが、すぐに納得してくれたようだ。
正直、もう少し疑われると思っていたのだが……。
「それにそのふざけたアイテムを見たら、信じざるを得ないにゃ」
「そ、そうだよな……」
でもまぁ信じてくれたのならばありがたい。にしてもコイツ……ギャルっぽい見た目に反して、素直だし理解力もあるよな。もしかしたら意外と良い奴なのかもしれない。
「それで、これからどうするんだにゃ?拙はまだ御主人様のために働くつもりだけどにゃ」
「そうしてくれると助かる。莉子にはこの現場の処理をしてほしい。あとは犯人を見付けてトワりんの疑いを晴らすことができれば……」
「前半は承ったにゃ。だけどタカヒロ殿を殺した犯人は残念にゃがら分からないのにゃ。そもそも拙に依頼してきた人物も匿名で正体不明だったんだにゃあ」
少し期待を込めて莉子を見たのだが、あっさりと躱されてしまった。
だけど、わざわざ自己紹介して殺しを依頼して来る奴もいないか。
「だけどまぁ、莉子が味方になってくれたのは心強いよ。でもいいのか? 莉子が危険な目に遭うかもしれないぞ?」
「どちらにせよ、拙は依頼に失敗した身にゃ。しくじった暗殺者なんか二度と依頼なんかもうこないにゃ。だったら暗殺者は廃業して、御主人様のボディーガードをするのにゃ」
「悪い、助かるよ……これから、よろしく頼む」
俺は改めて莉子に頭を下げると、彼女が差し出してきた手を握った。
昨日の敵は今日の友……ではないが、彼女が居ればいろいろと相談ができそうだ。
「それに拙に使ったあの不可思議な道具には、とても驚かされたにゃん。アレの力を知ってしまったら、御主人様から離れられないにゃん……」
「いやいやいや。もうちょっとその言い方はどうにかならないのか……?」
「強制的に従わせ、理性を狂わせ、女としての悦びをカラダに叩き込む……アレがあれば、どんな女でもイチコロだにゃ!」
「おい、なんか余計に表現が酷くなっていないか!?」
たしかにエロゲー特有の即堕ち、精神崩壊アイテムだってゴロゴロしてるけどさ!
俺はリアルの女性相手にそんな鬼畜なことはしないってば!
何を勘違いしているのか、目をキラキラをさせて俺を見詰める莉子。
そもそも俺が凄いんじゃなくって、アイテムのおかげだしな。
「ひとまず、タカヒロ殿の死体の処理は拙に任せるにゃ。たしかタカヒロ殿は独り暮らしだったでござるよにゃ?」
「あぁ。たしか両親は海外暮らしで不在のはずだ。当分の間は誤魔化せるだろう」
俺が情報を伝えると、莉子はうむ、と力強く頷いた。
そしてどこからともなくブルーシートを取り出すと、タカヒロの遺体を包み始めた。
うーん、やっぱり頼りになるな。
見た目はこんなキャラでも、殺しの事に関しての知識や技術は彼女の方が圧倒的に上だ。
「とにかく、俺はトワりんを最優先で守りたい。莉子には、次の暗殺者を見付けて無力化する手伝いをしてもらうぞ」
こうなったら次のイベントを悠長に待っている余裕なんて無い。暗殺ヒロインたちには悪いが、こちらの命を狙ってくる前に俺の方から出向いてやろうじゃないか。
俺は拳を強く握り締めると、決意を新たにした。
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